「アデルさん、こんなに早くからどこ行くんですか?」

 朝九時を回ったところで、平服の下に鎖帷子を纏っていると、目覚めたカロンが目を擦って訊いてきた。
 同室なので、どれだけ静かに行動していても物音で気付かれてしまう。カロンとルーカスは昨夜は夜の見回りだったらしく、まだ眠そうだ。ルーカスに限っては爆睡している。

「ああ、俺は今日はアーシャ王女の護衛なんだ」
「え、アーシャ王女の!? アデルさんは凄いですねぇ……」

 カロンは寝ぼけ眼をぱっちりとさせて、驚いていた。

「そんなに凄いのか?」
「そりゃ凄いですよ……だって僕ら、まだ入隊して間もないんですよ? それがいきなり王女殿下の護衛だなんて……まあ、でもそれで昨夜の見回りにアデルさんがいなかったのも説明がつきましたよ」

 さすが銀等級の冒険者は信用が違いますね、とカロンはもう一度ごろりとベッドに寝転がった。
 そうなのである。昨夜はアデルもカロン達と同じく、夜の見回りの任務だった。しかし、アデルだけが急遽予定を外され、今日の王女護衛の任務を与えられたのだ。
 ここで、ようやくアーシャ王女の『それなら大丈夫です!』の意味がわかったというもので、無理矢理アデルのスケジュールを変更させたのだ。王女の権力は凄まじい。

「護衛ってどこにいくの?」
「闘技場の競技会って言ってたよ」
「あれ? 競技会ってお昼からじゃなかったでしたっけ?」

 窓の外の日を見てカロンが首を傾げる。
 今はまだ九時を回ったところだ。お昼には程遠い。

「ああ……なんでも、今日は露天商がたくさん来てるから、大会の前に見たいんだとさ。困った姫さんだよ」

 露天商が出ている通りは人通りが多く、常に周囲へ注意を払わねばならない。一応は街娘の様な服装をすると言っていたが、この国でアーシャ王女の顔を知らない者がいるとは思えない。アデルからすれば、気の重くなる護衛だった。

「なんですか、それ。デートじゃないですか」
「あのなぁ……」

 アデルはカロンのぼやきに呆れを隠さず溜め息を吐いた。

「そんな不敬な事、冗談でも外で言うなよ。俺が捕えられる」
「ほんとですかねぇ?」

 目を細めてカロンが訝し気にアデルを見た。

「なんだよ」
「中庭でよくこっそり二人で話してるじゃないですか。しかも、王女様に呼び捨てにしろだなんて言わせておいて。逢瀬ですよ、逢瀬」
「バッ……!」

 一気に顔が熱くなるアデルであった。
 何という事を言うのだ、この騎士見習いは。しかも、あの密会を見られていたというのが予想外だった。
 アデルとて周囲に気を配っていたつもりだったが、舞い上がっていたのか、彼がいた事に気付けなかったのだ。

「あれはアーシャ王女が俺を困らせて楽しんでるだけだっつの!」
「ほんとですかねぇー?」

 相変わらず訝しむ様な視線をカロンは変えなかった。
 言い訳をしても聞いてもらえそうにないので、アデルは「もういい」と大剣を背負って、部屋の出入り口へと向かった。

「デート楽しんできて下さいね~」
「お前、ぶっ殺すぞ」

 親しみを持ってくれるのは良いが、こうも舐められっぱなしだと調子が狂うアデルであった。
 彼は冒険者時代〝漆黒の魔剣士〟と呼ばれており、気軽に話しかけてくる者はいなかった。それこそ、〝紅蓮の斧使い〟オルテガが唯一対等な態度で話しかけてきた男なのである。

「ま、冗談はさておき……ルーカスには内緒にしておいてくださいね、その護衛の事」

 カロンは欠伸をしてから寝返りを打つと、眠そうな声で言った。

「なんでだよ?」
「彼はアーシャ王女のファンなんですよ。ファンというか片思いというか。まあ、王女殿下はあの通り綺麗だし、そういう兵士も結構多いらしいです」

 幸せそうに眠るルーカスをちらりと見てカロンは言う。
 アーシャ王女は〝ヴェイユの聖女〟と呼ばれる程の、この国の宝の様な存在だ。おそらく、誰しもが彼女に一度は憧れた事があるのだろう。

(俺もその一人なのかもな)

 アデルは心の中でそう思い、苦笑いを浮かべた。

「了解、気を付けるよ」

 アデルはそう言って部屋を出て、アーシャ王女との待ち合わせ場所──即ち、王宮の中庭──に向かった。