初めての兵団業務を終えたアデル達は、その足で王都に戻った。
 王都に戻ってからは特にやる事はなく、報告書に記入をして文官に提出。捕えた山賊達については、王宮にいた別の兵団に引き渡して終わった。
 とは言え、生き残った山賊は数人だけで、殆どがアデルの手で屠られてしまっていた。生き残ったとは言え、彼らに待つのは剣闘士として死ぬまで戦う運命だ。あの場で死んでいた方がおそらく幸せだっただろう。
 報告を終えると、アデル達は早速休暇と少しばかりの褒美をもらった。ヴェイユ王国兵団は新人を大切にするという話を聞いていたが、どうやら本当の様だった。
 王宮兵団にも二種類あり、常に城内で城を守る警備兵としての役割と、アデル達の様に治安維持をする部隊に分かれられる。治安部隊は、今回の様に賊の討伐や、暴動等が起こった時も鎮圧部隊として派遣される。
 アデルは城でじっとしているよりも動き回る方が好きなので、この配置には感謝していた。
 ちなみに、王宮兵団兵士には宿舎で暮らす事も可能で、家のないアデルは宿舎で暮らす事を選んだ。部屋の割り当ては、カロンとルーカスの三人部屋。どうやら暫くはこの三人一組で行動させられるようだ。
 アデルとしては一人で行動したかったが、規律には逆らえない。ただ、仲間から裏切られてここに来るに至ったアデルからすれば、仲間は面倒なものだった。現に、今回の山賊討伐もアデル一人で可能だった。もはや人を信じられない彼にとって、同期との共同作業が心理的にストレスとなっていたのだった。

「ア~デルっ」

 何となく一人になりたくて中庭を歩いていると、背後から天使の様な声色が聞こえてきた。
 振り返ると、そこには〝大地母神フーラの生まれ変わり〟ことアーシャ姫がいた。

「アーシャ王女、ご機嫌麗しゅう」

 アデルが恭しく頭を下げると、アーシャ王女は露骨に嫌そうな顔をした。

「やめて下さい、そういう他人行儀なの。悲しくなってしまいます」
「いや、今はこの国の兵士なので」

 これが俺の役目でもあります、と付け加える。

「でも、アデルは私のお友達でもあります」

 しかし、アーシャ王女も引き下がらない。にこにこ笑顔で彼女からこう言われてしまうと、何も言えなくなってしまうアデルである。

「えっと……わかったよ、アーシャ王女」

 アデルは中庭を見渡して周囲に人がいない事を確認してから、言葉を崩した。
 わかればよろしい、と言いたげでアーシャが満面笑顔となる。

「アーシャって呼び捨てにしてもいいんですよ?」
「それだけは勘弁して下さい」
「そですか、それは残念です」

 あたふたするアデルを見て、アーシャはころころ笑った。完全に遊ばれている様だ。
 ただ、あながち冗談でもなさそうというところが怖いところである。王女様命令だと言って、呼び捨てにしろと命じてくる可能性も彼女の場合はある。肝が冷える思いだった。

「それはそうと、初任務お疲れ様でした」

 アーシャが姿勢を正して、ぺこりと頭を下げた。

「アデル達の御蔭で、民の不安も取り除かれたと思います。王に代わって、私が御礼申し上げます」
「いえいえ、俺の方こそ! お役に立てて光栄でございます」

 アデルも慌てて平伏すると、またアーシャはくすくす笑った。

「すみません、畏まるなと言ったばかりなのに、私から畏まらせてしまいました。楽にして下さい」

 彼女の言葉と共に、顔を上げるアデル。内心では、どっちだよ、と若干不満に思うのであった。
 アーシャはそのまま噴水の近くまで歩み寄ると、その横にあった長椅子に腰掛けた。

「アデルもどうぞ」

 王女はそのまま横ずれると、アデルに座る様に手で指示をする。

(王女様と並んで座るとか、それは大丈夫なのか? 不敬罪で処罰されたら堪ったもんじゃないぞ)

 アデルは内心でそんな不安を覚えながらも、恐る恐るアーシャの横に腰掛けた。
 触れてはまずいと思い、可能な限り彼女とは離れて座る。

「もう……アデルは私の事が嫌いなんですか? そんなに隙間を空けられると」

 悲しいです、とアーシャは寂しそうな表情を作った。

「いや、でも……」
「嫌いなんですか?」

 ずいっと身を乗り出して訊いてくる。
 いきなり近くに宝石の様に綺麗な浅葱色の瞳が近付いてきて、しかもその瞳はうるうると潤んでいる。

「嫌い、じゃ、ないです……」

 どう返して良いかわからず、とりあえず身を引いてしまうアデルであった。