「うっ……ギルマス」
「ギルドは彼と癒着などしていない。それは、アデル=クラインの功績と努力、信頼の賜物でしかないのだよ」
ギルドマスターの登場には、さしものオルテガも大人しくなる。
ギルドマスターはランカールの町の冒険者ギルドの実質的な最高権力者だ。彼に除名処分を与えられたならば、この町以外でも除名処分者として共有され、国内で仕事を引き受けられなくなってしまうのである。
「アデル=クラインが冒険者になって何年か知っているかね?」
ギルドマスターに質問されるが、オルテガ達は首を横に振る。
アデルは過去を語らなかったので、彼らはそういった情報を知らないのだ。
「彼は十四の頃から冒険者になっていたから……もう六年になるね」
「じゅ、十四!? そんなガキの時分から……」
「驚くのはそこじゃない。彼は、十四から今に至るまで──ギルドの依頼を、全て完遂していたんだ」
「なッ、全部──!?」
その言葉には、オルテガだけでな彼と交際関係にあったフィーナも驚いていた。
アデルは自分の過去を語りたがらないし、更に自慢話もしない。どういった依頼をこなしてきたか等殆ど知らないのだ。
それでいて、十四の頃から依頼成功率一〇〇%。これはかなりの逸材だと言えた。
冒険者になりたての白磁等級の頃は力を見誤って失敗したり、依頼者の無理難題に応えるスキルがなくて失敗してしまったりというのは、よくある事だ。中にはその時に命を落としてしまう冒険者も少なくない。
そういった初心者時代の失敗は、フィーナは勿論、オルテガにもある。それを、初心者の頃から全ての依頼を達成していたとなると、並大抵の事ではないのである。
「そ、それは野郎が簡単な仕事をしていただけで──」
「今の自分の実力でその依頼が達成できるかどうかを鑑み、より確実に達成できる依頼を受け、確実に経験を積んでいく。それが初心者時代からできるのが、どれほど凄い事かわからんとでも言うのかね?」
「うぐ……」
ギルドマスターの言い分は全く以て正しかった。自分の力量を見誤らない判断力は、冒険者にとって最も重要な要素の一つだ。
「それでいて、彼は常にソロで依頼を熟してきた。一度でもソロで依頼を受けた事があるなら、それがどれだけ過酷な事かはよくわかるだろう?」
ギルドマスターの言葉に、オルテガ達は言葉を失くした。
ソロで依頼を受けるという事は、自分の苦手分野も全て一人で対処しなければならないという事である。
頭を使う仕事や魔法戦など、自分の苦手な事を強いられる依頼はいくつもある。通常の冒険者はパーティーメンバー同士で得手不得手を庇い合って依頼を達成するのだが、アデルはそれらを全て一人でこなしていたのである。
「ソロで六年間依頼を受け続け、その一度も依頼に失敗した事がない。しかも皆が嫌がり受け手のいない仕事でも彼は引き受けていた。それがどれだけの偉業かは、君達も冒険者ならばわかるだろう?」
ギルドマスターはオルテガ、ギュント、イジウドの三人を睨みつける様に見つめた。
「この町の大口の依頼主は、皆アデル=クラインの仕事ぶりをよく知っている。だからこそ彼には信頼を置いているし、彼に仕事を引き受けてもらえるのなら、と料金を上乗せしてくれる。彼はソロしかやらなかったから銀等級で留まっていたが、本来ならば白銀等級を与えてもよかったと思う冒険者だったと私は評価しているよ」
「は、白銀等級だと……!?」
白銀等級は、金等級の更に上の冒険者だ。それこそ各王国内に一人いるかどうかといったレベルの冒険者なのである。
(アデル……やっぱりあなたは、本当にすごい人だったのね)
フィーナは心の中でアデルを思い出して、胸がずきずきと痛んだ。
自分がどれほどの人を失ってしまったのか、フィーナはより一層この時に痛感したのである。
「それよりも──それほど優れた冒険者であったアデル=クラインが落石事故で死亡、という方が私は信じられないがね……本当に事故だったのかね?」
ギルドマスターは訝しむ様な目を向けた。
それはまるでオルテガ達が何かしたのではないかと言いたげな目だった。
「お、お待ちください、ギルドマスター。私達は、パーティーです。彼を失ってつらいのは、私達も同じですから……その様な物言いは、どうか控えて頂けませんか」
思わずフィーナがオルテガ達を庇っていた。
仲間を失って悲しいのは皆も同じだと思っていたからだ。それを、まるでこちらが何かしたという様な言いたげな視線に、彼女は憤りを感じたのだった。
「ふむ、そうか。君はアデルくんの……」
何かを思い出した様いに、ギルドマスターが呟いた。
フィーナがアデルと交際関係にあった事を思い出したのだろう。
「いや、失礼。今の言葉は忘れてくれ。だが、どれだけ抗議しても依頼料は変わらないぞ。理由は『アデル=クラインがいないから』だ。以上だ。嫌なら他の町のギルドに行く事だな」
そう言い捨てると、ギルドマスターは奥の部屋へと戻って行った。受付嬢はほっとした様子だ。
「ちっ……わかったよ! これで受けりゃいいんだろ、これで受けりゃ!」
オルテガは受付嬢から依頼書をひったくり、承諾の判子を押してのしのしと不機嫌そうにギルドを出て行った。ギュントとイシウドが気まずそうにその後をついていく。
フィーナは一人取り残されて、ふとギルドの隅っこの椅子に目を奪われた。
その椅子は、いつもアデルが座っている場所だった。彼はあそこで座って新しい依頼書が張り出されるのを待っていたのだ。
フィーナは彼がパーティーに加入する前から、そうして寂しげに座っている〝漆黒の魔剣士〟に目を奪われていた。その時から彼には惹かれていたのだろう。
(アデル……ねえ、やっぱりあなたのいない生活なんて……慣れられないわよ)
フィーナの視界がじわり涙で歪んだ。
しかし、もうこの町には、いや、この世界には、彼はいない。
少なくとも、フィーナはそう思っていた。
「ギルドは彼と癒着などしていない。それは、アデル=クラインの功績と努力、信頼の賜物でしかないのだよ」
ギルドマスターの登場には、さしものオルテガも大人しくなる。
ギルドマスターはランカールの町の冒険者ギルドの実質的な最高権力者だ。彼に除名処分を与えられたならば、この町以外でも除名処分者として共有され、国内で仕事を引き受けられなくなってしまうのである。
「アデル=クラインが冒険者になって何年か知っているかね?」
ギルドマスターに質問されるが、オルテガ達は首を横に振る。
アデルは過去を語らなかったので、彼らはそういった情報を知らないのだ。
「彼は十四の頃から冒険者になっていたから……もう六年になるね」
「じゅ、十四!? そんなガキの時分から……」
「驚くのはそこじゃない。彼は、十四から今に至るまで──ギルドの依頼を、全て完遂していたんだ」
「なッ、全部──!?」
その言葉には、オルテガだけでな彼と交際関係にあったフィーナも驚いていた。
アデルは自分の過去を語りたがらないし、更に自慢話もしない。どういった依頼をこなしてきたか等殆ど知らないのだ。
それでいて、十四の頃から依頼成功率一〇〇%。これはかなりの逸材だと言えた。
冒険者になりたての白磁等級の頃は力を見誤って失敗したり、依頼者の無理難題に応えるスキルがなくて失敗してしまったりというのは、よくある事だ。中にはその時に命を落としてしまう冒険者も少なくない。
そういった初心者時代の失敗は、フィーナは勿論、オルテガにもある。それを、初心者の頃から全ての依頼を達成していたとなると、並大抵の事ではないのである。
「そ、それは野郎が簡単な仕事をしていただけで──」
「今の自分の実力でその依頼が達成できるかどうかを鑑み、より確実に達成できる依頼を受け、確実に経験を積んでいく。それが初心者時代からできるのが、どれほど凄い事かわからんとでも言うのかね?」
「うぐ……」
ギルドマスターの言い分は全く以て正しかった。自分の力量を見誤らない判断力は、冒険者にとって最も重要な要素の一つだ。
「それでいて、彼は常にソロで依頼を熟してきた。一度でもソロで依頼を受けた事があるなら、それがどれだけ過酷な事かはよくわかるだろう?」
ギルドマスターの言葉に、オルテガ達は言葉を失くした。
ソロで依頼を受けるという事は、自分の苦手分野も全て一人で対処しなければならないという事である。
頭を使う仕事や魔法戦など、自分の苦手な事を強いられる依頼はいくつもある。通常の冒険者はパーティーメンバー同士で得手不得手を庇い合って依頼を達成するのだが、アデルはそれらを全て一人でこなしていたのである。
「ソロで六年間依頼を受け続け、その一度も依頼に失敗した事がない。しかも皆が嫌がり受け手のいない仕事でも彼は引き受けていた。それがどれだけの偉業かは、君達も冒険者ならばわかるだろう?」
ギルドマスターはオルテガ、ギュント、イジウドの三人を睨みつける様に見つめた。
「この町の大口の依頼主は、皆アデル=クラインの仕事ぶりをよく知っている。だからこそ彼には信頼を置いているし、彼に仕事を引き受けてもらえるのなら、と料金を上乗せしてくれる。彼はソロしかやらなかったから銀等級で留まっていたが、本来ならば白銀等級を与えてもよかったと思う冒険者だったと私は評価しているよ」
「は、白銀等級だと……!?」
白銀等級は、金等級の更に上の冒険者だ。それこそ各王国内に一人いるかどうかといったレベルの冒険者なのである。
(アデル……やっぱりあなたは、本当にすごい人だったのね)
フィーナは心の中でアデルを思い出して、胸がずきずきと痛んだ。
自分がどれほどの人を失ってしまったのか、フィーナはより一層この時に痛感したのである。
「それよりも──それほど優れた冒険者であったアデル=クラインが落石事故で死亡、という方が私は信じられないがね……本当に事故だったのかね?」
ギルドマスターは訝しむ様な目を向けた。
それはまるでオルテガ達が何かしたのではないかと言いたげな目だった。
「お、お待ちください、ギルドマスター。私達は、パーティーです。彼を失ってつらいのは、私達も同じですから……その様な物言いは、どうか控えて頂けませんか」
思わずフィーナがオルテガ達を庇っていた。
仲間を失って悲しいのは皆も同じだと思っていたからだ。それを、まるでこちらが何かしたという様な言いたげな視線に、彼女は憤りを感じたのだった。
「ふむ、そうか。君はアデルくんの……」
何かを思い出した様いに、ギルドマスターが呟いた。
フィーナがアデルと交際関係にあった事を思い出したのだろう。
「いや、失礼。今の言葉は忘れてくれ。だが、どれだけ抗議しても依頼料は変わらないぞ。理由は『アデル=クラインがいないから』だ。以上だ。嫌なら他の町のギルドに行く事だな」
そう言い捨てると、ギルドマスターは奥の部屋へと戻って行った。受付嬢はほっとした様子だ。
「ちっ……わかったよ! これで受けりゃいいんだろ、これで受けりゃ!」
オルテガは受付嬢から依頼書をひったくり、承諾の判子を押してのしのしと不機嫌そうにギルドを出て行った。ギュントとイシウドが気まずそうにその後をついていく。
フィーナは一人取り残されて、ふとギルドの隅っこの椅子に目を奪われた。
その椅子は、いつもアデルが座っている場所だった。彼はあそこで座って新しい依頼書が張り出されるのを待っていたのだ。
フィーナは彼がパーティーに加入する前から、そうして寂しげに座っている〝漆黒の魔剣士〟に目を奪われていた。その時から彼には惹かれていたのだろう。
(アデル……ねえ、やっぱりあなたのいない生活なんて……慣れられないわよ)
フィーナの視界がじわり涙で歪んだ。
しかし、もうこの町には、いや、この世界には、彼はいない。
少なくとも、フィーナはそう思っていた。