「でも、どうして俺なんかの為に……」
「前にも言いませんでしたか? わからないです」
困った様にくすっと笑って、アーシャは首を少しだけ傾げて続けた。
「でも、私がそうしたいんです。私がアデルにこの国に居て欲しいって思っていて……だから、そう言いました。半分は私の我儘ですね」
相変わらず彼女は微苦笑を浮かべたままだった。
だが、おそらく大地母神フーラが困った様に笑うとこんな顔をしていたのだろうと、アデルは思わされた。
「それに、私はよくこの容姿から大地母神フーラの生まれ変わりだって言われるんですけど、全然そんな事ないんですよ?」
「どういう事だ?」
まるで自分が考えていた事を言い当てられた気がして、ぎくりとする。
「アデルが思っているより……ううん、皆が思ってるより、私は性格が悪い女だって事です」
言っている意味がわからずアデルが首を傾げていると、アーシャは恥ずかしそうに笑ってから、少しだけ俯いた。その表情は笑顔を被ってはいるが、ほんの少しだけ翳りがある。
「だって……私、アデルがそうして傷付いているのに、その女の人に傷つけられているのに……嬉しいって思ってます」
「え? 嬉しい?」
その言葉はアデルの予想していたものとは異なってた。
アーシャは一瞬だけアデルを見て「はい」と頷くと、また顔を伏せた。
「こうして、私のところに来てくれて、とっても嬉しいって。その人と一緒にどこか遠くに行かなくてよかったって……思っちゃってます。アデルが傷ついているのに、本当はそうして傷付かない方がアデルは幸せだったのに、私はそれを嬉しいと感じてしまっているんです。ひどい女じゃないですか?」
「そんな事……」
「そんな事ありますよ。アデルが傷ついてるのに、私はアデルの気持ちよりも、無意識に自分の気持ちを優先してしまっていました。大地母神フーラ様なら、きっとこんな事は考えません」
幻滅しましたよね、とアーシャは付け加えて、苦々しい笑みを浮かべた。
「だから、アデルも『俺なんかがどうして』だなんて言わないで下さい。私だって、ただ偶然王家に生まれて、ただ聖魔法を扱う力が人より長けていて、容姿が少し特徴的だっただけなんです。聖人でも女神の生まれ変わりでもありません」
私もアデルと何も変わらないんですよ、とアーシャは付け足した。
おそらく彼女は昔から〝大地母神フーラの生まれ変わり〟だの、〝ヴェイユの聖女〟だのと言って讃えられてきたのだろう。そしてその希望に沿う様に行動もしてきたし、皆の願望を叶え続けてきた。
しかしその実、彼女はその人々が自分に抱く幻想──それは彼女にこうあって欲しいという願望でもある──と本当の自分との乖離に苦しんできたのではないだろうか。
そこで、アデルはアーシャがどうして自分を特別視するのかの理由が少し見えた気がした。アーシャにとって、アデルは初めて自分という人間を素で見せられる者だったのだ。
アデルがその様に考えていると、次の瞬間、王女の口からとんでもない言葉が小さく飛び出してきた。
「ただ、気になる男性が傍に居てくれたらいいなって……そう考えちゃうだけの、女の一人に過ぎないんです」
おそらくこれは、アーシャとて言葉にするつもりはなかったのだろう。無意識にぽそりと心の言葉が漏れてしまったかの様な独り言だった。
アデルがぽかんとして彼女を見つめていると、王女は怪訝そうに顔を上げて、そのぽかんとしているアデルに気付く。
「えっ……? あッ!」
そこで、王女は自分の口を慌てて押さえた。
「その……今、私……なんか言ってました?」
浅葱色の瞳を泣きそうな程潤ませて、ちらりと上目遣いで訊いた。
「いや、まあ……割とはっきりと」
「ッ~~~~────!!」
アデルの言葉を聞いてアーシャが息を詰まらせたかと思うと、顔を両掌で覆って、その林檎の様にまっかっかに染まった顔を隠した。
「えっと……その」
「アデル!」
何とかしようとした発したアデルの言葉を、王女は唐突に遮った。
アデルは慌てて「はい!」と返事をする。先程の兵長の様に敬礼までしそうになった程だ。
「今、こっちを見るのはダメです……見ないで下さい」
彼女は顔を覆ったままそう言った。
「どうして……?」
「だって、今きっと顔赤いですから……」
指の隙間から、ちらりと浅葱色の瞳を覗かせて言った。
そこには白い顔をまっかっかにして、浅葱色の瞳は今にも雫が零れ落ちるのではないかと思う程潤んでいた。
「嫌だ。あんたのその顔を見るなってのは……あまりに酷だ」
「アデル、いじわるです! どうしてそんな事言うんですかぁっ」
「そりゃ見るだろ!」
「どうしてですか!」
アーシャが恥ずかしさのあまり、怒って少し身を乗り出した。
顔を真っ赤にしたアーシャの顔がアデルの鼻先からほんの少しの距離にあって、胸がどきりと高鳴った。
「だって……今のあんたの顔は、きっと大地母神フーラよりも可愛くて、綺麗だ」
心の声が漏れてしまったのは、アデルも同じだった。
お互いに一気に顔に炎が灯ったかの様に真っ赤になり、慌てて互いに明後日の方向へと視線を向ける。
それから暫く沈黙が続いた。
「えっと……今のはナシ、にしてください。私もよくわからないので……」
「え、あ、ああ……じゃあ、俺のもナシで」
それから二人は気分を落ち着けるまでの間、気まずい時間を過ごしたのだった。
「前にも言いませんでしたか? わからないです」
困った様にくすっと笑って、アーシャは首を少しだけ傾げて続けた。
「でも、私がそうしたいんです。私がアデルにこの国に居て欲しいって思っていて……だから、そう言いました。半分は私の我儘ですね」
相変わらず彼女は微苦笑を浮かべたままだった。
だが、おそらく大地母神フーラが困った様に笑うとこんな顔をしていたのだろうと、アデルは思わされた。
「それに、私はよくこの容姿から大地母神フーラの生まれ変わりだって言われるんですけど、全然そんな事ないんですよ?」
「どういう事だ?」
まるで自分が考えていた事を言い当てられた気がして、ぎくりとする。
「アデルが思っているより……ううん、皆が思ってるより、私は性格が悪い女だって事です」
言っている意味がわからずアデルが首を傾げていると、アーシャは恥ずかしそうに笑ってから、少しだけ俯いた。その表情は笑顔を被ってはいるが、ほんの少しだけ翳りがある。
「だって……私、アデルがそうして傷付いているのに、その女の人に傷つけられているのに……嬉しいって思ってます」
「え? 嬉しい?」
その言葉はアデルの予想していたものとは異なってた。
アーシャは一瞬だけアデルを見て「はい」と頷くと、また顔を伏せた。
「こうして、私のところに来てくれて、とっても嬉しいって。その人と一緒にどこか遠くに行かなくてよかったって……思っちゃってます。アデルが傷ついているのに、本当はそうして傷付かない方がアデルは幸せだったのに、私はそれを嬉しいと感じてしまっているんです。ひどい女じゃないですか?」
「そんな事……」
「そんな事ありますよ。アデルが傷ついてるのに、私はアデルの気持ちよりも、無意識に自分の気持ちを優先してしまっていました。大地母神フーラ様なら、きっとこんな事は考えません」
幻滅しましたよね、とアーシャは付け加えて、苦々しい笑みを浮かべた。
「だから、アデルも『俺なんかがどうして』だなんて言わないで下さい。私だって、ただ偶然王家に生まれて、ただ聖魔法を扱う力が人より長けていて、容姿が少し特徴的だっただけなんです。聖人でも女神の生まれ変わりでもありません」
私もアデルと何も変わらないんですよ、とアーシャは付け足した。
おそらく彼女は昔から〝大地母神フーラの生まれ変わり〟だの、〝ヴェイユの聖女〟だのと言って讃えられてきたのだろう。そしてその希望に沿う様に行動もしてきたし、皆の願望を叶え続けてきた。
しかしその実、彼女はその人々が自分に抱く幻想──それは彼女にこうあって欲しいという願望でもある──と本当の自分との乖離に苦しんできたのではないだろうか。
そこで、アデルはアーシャがどうして自分を特別視するのかの理由が少し見えた気がした。アーシャにとって、アデルは初めて自分という人間を素で見せられる者だったのだ。
アデルがその様に考えていると、次の瞬間、王女の口からとんでもない言葉が小さく飛び出してきた。
「ただ、気になる男性が傍に居てくれたらいいなって……そう考えちゃうだけの、女の一人に過ぎないんです」
おそらくこれは、アーシャとて言葉にするつもりはなかったのだろう。無意識にぽそりと心の言葉が漏れてしまったかの様な独り言だった。
アデルがぽかんとして彼女を見つめていると、王女は怪訝そうに顔を上げて、そのぽかんとしているアデルに気付く。
「えっ……? あッ!」
そこで、王女は自分の口を慌てて押さえた。
「その……今、私……なんか言ってました?」
浅葱色の瞳を泣きそうな程潤ませて、ちらりと上目遣いで訊いた。
「いや、まあ……割とはっきりと」
「ッ~~~~────!!」
アデルの言葉を聞いてアーシャが息を詰まらせたかと思うと、顔を両掌で覆って、その林檎の様にまっかっかに染まった顔を隠した。
「えっと……その」
「アデル!」
何とかしようとした発したアデルの言葉を、王女は唐突に遮った。
アデルは慌てて「はい!」と返事をする。先程の兵長の様に敬礼までしそうになった程だ。
「今、こっちを見るのはダメです……見ないで下さい」
彼女は顔を覆ったままそう言った。
「どうして……?」
「だって、今きっと顔赤いですから……」
指の隙間から、ちらりと浅葱色の瞳を覗かせて言った。
そこには白い顔をまっかっかにして、浅葱色の瞳は今にも雫が零れ落ちるのではないかと思う程潤んでいた。
「嫌だ。あんたのその顔を見るなってのは……あまりに酷だ」
「アデル、いじわるです! どうしてそんな事言うんですかぁっ」
「そりゃ見るだろ!」
「どうしてですか!」
アーシャが恥ずかしさのあまり、怒って少し身を乗り出した。
顔を真っ赤にしたアーシャの顔がアデルの鼻先からほんの少しの距離にあって、胸がどきりと高鳴った。
「だって……今のあんたの顔は、きっと大地母神フーラよりも可愛くて、綺麗だ」
心の声が漏れてしまったのは、アデルも同じだった。
お互いに一気に顔に炎が灯ったかの様に真っ赤になり、慌てて互いに明後日の方向へと視線を向ける。
それから暫く沈黙が続いた。
「えっと……今のはナシ、にしてください。私もよくわからないので……」
「え、あ、ああ……じゃあ、俺のもナシで」
それから二人は気分を落ち着けるまでの間、気まずい時間を過ごしたのだった。