それからアーシャは、いくつか彼女が頭の中で考えていただけの汚い言葉の言い回しを嬉しそうに語った。誰かに言いたくて堪らなかった様だ。そういった下品な言葉を〝ヴェイユの聖女〟ことアーシャ王女が言うものなのだから、アデルも自然と笑みが漏れる。

(アーシャ王女と話すのは楽しいな)

 あの洞窟でのやり取りも、それほど多かったわけではない。だが、彼女と話しているだけで気持ちが落ち着いてくるのもまた、間違いなかった。
 そして、少し冷静になってくると、自分が何故ここに来ているのかに思い至り、気持ちが暗くなってくる。ここにきて自分が何をしたかったのか、アデルにはそれすらわからなかったのである。

「それで……何があったんですか?」

 まるでタイミングを見計らったかの様に、アーシャ王女が訊いてきたので、驚いて顔を上げた。
 すると、そこには先程の様に柔らかく微笑んでいる王女ではなく、眉根を寄せて心配そうに彼を見ている少女の姿があった。

(今そんな顔で見られたら……泣きそうになるだろ)

 どうしてかはわからない。
 彼女に心配されているのが嬉しかったのか、それが唯一の救いである様に感じてしまって、胸の奥がぐっと熱くなった。

「ただ指輪を返しに来ただけ、というわけではないんですよね?」
「どう、して……」

 アデルがそう言葉を詰まらせると、アーシャは「わかりますよ」と言った。

「だって……ずっと泣きそうな顔をしていましたから」

 アーシャは困った様に笑うと、少しだけ首を傾げた。

(ああ、やっぱりこの人は凄いな)

 その表情を見て、アデルはアーシャが人払いをした理由を悟った。
 この王女は、彼を一目見た時から落ち込んでいる事に気付いていたのだ。だからこそ無理に人払いをして、彼の話を聞こうとしたのである。

「アーシャ王女の言う通り……何もかんも、無くなってしまって」
「何もかも、ですか……?」
「それで、どうすればいいかわかんなくなって……ッ」

 ランカールの町で見た()()()()()を思い出すと、一気に涙が溢れてきた。自分が失ったものの大きさを改めて思い出して、どうしようもない無力感に襲われるのだ。

「……落ち着いて下さい、アデル」

 アーシャは立ち上がってアデルのソファーに歩み寄り、彼の横に腰掛けた。

「ちゃんと聞いてますから。ね?」

 アデルを安心させる為なのか、アーシャは優しく微笑んで、彼の手を優しく包み込んだ。
 その笑顔を見ているだけで、まるで本当に大地母神フーラが目の前にいるかの様になってくるから不思議だった。彼女にこうして諭されると、ただ素直に頷いてしまう。どんな荒くれものでも彼女の前では従順な飼い犬となってしまうだろう。
 アデルは腕で涙を拭いてから、キッツダム洞窟で別れてからあった出来事を話した。