「……思ったより、早かったですね」

 アーシャはアデルに優しく微笑み掛けた。
 以前話した時の笑顔とは全く別物で、気品溢れる上品な笑み。洞窟の時に見せてくれた笑みの方が好きだな、とアデルは勝手に思うのだった。

「ああ、うん……とりあえず、これを返さないと、と思って──」
「貴様、王女殿下に何という口の利き方を!」

 アデルが話し出した途端に近衛兵士から横槍が入って、言葉を途切れさせられる。
 アデルは「しまった」と思ったが、アーシャは近衛兵士をちらりと見ると、心底不快そうに溜め息を吐いた。

「ラノン兵長」
「ハッ」

 アーシャの呼びかけに、ラノンと呼ばれた男は敬礼をする。どうやらアデルの横について鼻息荒く彼を監視していたのは、兵長だった様だ。

「大変申し訳ないのですが、席を外してくれませんか? 他の近衛兵の方々も。これだけ囲まれてしまっていては、彼も話しづらいでしょう」

 アーシャは厳しい視線を周囲の近衛兵にも送った。
 その表情たるは、完全なる王族だ。以前の幼さはここにはない。

「それはできませぬ、王女殿下。もしもこの者が王女に危害を加えようとした場合は直ちに処刑せよとシャイナ殿からも──」
「ラノン兵長」

 アーシャはラノンの言葉を遮って彼をじっと見ると、ラノンは慌てて「ハッ」と再度敬礼をした。
 シャイナとは、以前アーシャが過保護で口煩いと言っていた女性の近衛騎士だろう。この場に女性がいないところを見ると、今日は居合わせなかったのだろうか。

「ラノンは私の友人を侮辱する、という事ですか? 彼は私の大切な物を届けにわざわざ大陸から渡ってここまで来て下さったのです。この方への侮辱は、私への侮辱と思って下さい」
「し、失礼致しました!」
「それで、ラノン兵長。もう一つお伺いしたい事があります」
「何なりと!」

 ラノンは何度目かの敬礼をする。
 そのやり取りを見て、彼は彼で大変そうだな、というような感想をアデルは抱くのであった。

「あなたは私の命令とシャイナの言いつけ、()()()()()()()()()()()()()()

 少しだけ声を低くして、威圧する様な目つきでラノンを見つめるアーシャ。ヴェイユ王宮の応接室では、十五の少女に睨まれて小さくなる大男、という滑稽な図が出来上がっていた。

「無論、アーシャ殿下でございまする!」
「そうですか! それでは、席を外して頂けますね?」

 アーシャは少女の様に顔を綻ばせて、ラノンに訊く。
 訊いてはいるものの、完全な脅しである。こう言われてはラノンは何も言い返せなくなってしまうのだ。
 
「そ、それは……」
「ラノン兵長?」

 虚しくも、ラノン兵長の抵抗はそこで終わった。
 こうまでなると、兵長が少し可哀想な気になってくるアデルであった。よくわからない部外者が王女といきなり面会するなど、兵士長としても警戒して当然だ。彼も彼で、兵務を全うしようとしているのである。
 ラノンは部屋の外で待機している旨をアーシャに伝え、他の兵士共々部屋から出ていった。無論、アデルを睨み殺さん勢いで睨みつけてから、ではあるが。彼の眉間の奥が痛くなったのは言うまでもない。