(どうしてこんな事になっているの……?)
回復術師フィーナは自らの部屋のベッドで目覚め、自らの股から滴り落ちる白い液体を見る。
これは愛する人のものではない。彼女の愛する人は、既にこの世にはいなくなってしまった──と聞かされている。
彼女は愛する人の死に際を見ておらず、その死を確認できていない。だが、長らくパーティーメンバーとして一緒に組んでいた〝紅蓮の斧使い〟オルテガに盗賊のギュント、魔導師のイジウドが口を揃えて言うのだから、間違いないのだろう。運悪く落石事故に遭い、アデルの頭に直撃。即死だったそうだ。
どうして自分がいない時に限って、と彼女の後悔は止まらなかった。
あの時、フィーナの生まれ故郷では流行り病が流行したいた。彼女はその治療の為に一度帰省をしており、その間に受けた依頼で起きた事故だった。
(アデル……ごめんなさい、ごめんなさい……)
自らの太腿に流れる汚らわしい液体を布で拭きとり、そうして拭き取っているうちに、フィーナの瞳から涙が溢れてくる。
自分が汚らわしく思えてならなかった。
どうして愛する男以外の体液を注ぎ込まれていて、それが当たり前の生活になっているのか、彼女には理解ができなかった。
ある日、オルテガがこの部屋に来て、彼からアデルの死を聞かされた。アデルの荷物も持っていたので、おそらく間違いないだろう。剣は落石した岩の下敷きになっていて、持ち運べなかった様だ。
オルテガは「俺の不注意だった。落石の気配に気付けなかった俺が悪かった」と何度も何度もアデルの死について謝ってくれていた。
フィーナに彼を攻める事はできなかった。謝って悔やんでいる者を、どうして責められようか。大地母神フーラがその様な行為を認めるはずがない。だから彼女は、ただ泣く事しかできなかった。碧眼の瞳からは一晩中涙が止まらなかった。そうして、アデルの遺品を抱えたまま、フィーナは一晩中泣き明かした。
翌朝オルテガが様子を見に来て、彼女が回復するまで依頼は受けないと言い、衰弱する彼女に水を飲ませてくれた。
そこから、全てがおかしくなった。
フィーナは、恋人のアデルの死を聞かされて一日も経っていない状況で、整理すらついていないのに──オルテガが欲しくて堪らくなってしまったのだ。
それは理性で抑制できるものではなかった。
アデルにすら見せた事がない様なだらしない顔で、情けない声を上げて、ただ彼女はオルテガを求めてしまっていたのだ。
彼女の中はアデルへの罪悪感と自分への嫌悪感、そしてそれを上回る快楽に襲われ、何が何だかわからなくなっていた。
ただ、そんな彼女にも一つだけわかっている事があった。
それは、オルテガに抱かれている間は、アデルの死を忘れる事ができた、という事である。
自らへの嫌悪感や、アデルへの罪悪感はある。だが、その異常な快楽が、アデルの死という途方もない悲しみをどこかに追いやってくれた。そして彼女は……悲しみから逃れる為に、オルテガに抱かれる事を選んでいた。
昨夜、いや、今朝までもオルテガとは気が狂う程体を重ねた。
そして先程、帰る間際に彼はフィーナにこう言った。
『俺の女になれ、フィーナ。あいつの代わりはできねえかもしれないが……お前の悲しみは埋めてやれる』
フィーナが黙っていると、「返事はいつでもいい」と言って、部屋を去って行った。
フィーナが返事を躊躇ったのは、まだアデルへの想いが残っているからだ。しかし、そのアデルは死に、死んでいるとは言え、その彼を裏切る行為をしてしまっている自分に嫌悪を抱いて仕方なかったからだ。彼の返事を受け入れてしまえば、そんな嫌悪すべき自分を受け入れた事になる。彼女にはそれが耐えられなかった。
だが、それと同時に、オルテガの気持ちを受け入れてしまえば、自分は楽になれるではないだろうか──そんな風に考える自分がいる事にも、フィーナは気付いていた。彼と体を交えている時は、アデルの事を忘れられた。快楽がそれを遠ざけてくれるのだ。いっその事、オルテガと正式に恋人関係になってしまえば、悲しみも新しい恋に上書きされるのではないか。何度も体を交えて快楽に身を委ねていると、そう思ってしまう自分もいる。
「アデル……私、どうすればいいの……」
碧眼の瞳から零れた涙は、汗と体液で濡れたシーツの上に落ちていく。
もはや彼女には、自分がどうすればいいのかすらわからなかったのだ。
回復術師フィーナは自らの部屋のベッドで目覚め、自らの股から滴り落ちる白い液体を見る。
これは愛する人のものではない。彼女の愛する人は、既にこの世にはいなくなってしまった──と聞かされている。
彼女は愛する人の死に際を見ておらず、その死を確認できていない。だが、長らくパーティーメンバーとして一緒に組んでいた〝紅蓮の斧使い〟オルテガに盗賊のギュント、魔導師のイジウドが口を揃えて言うのだから、間違いないのだろう。運悪く落石事故に遭い、アデルの頭に直撃。即死だったそうだ。
どうして自分がいない時に限って、と彼女の後悔は止まらなかった。
あの時、フィーナの生まれ故郷では流行り病が流行したいた。彼女はその治療の為に一度帰省をしており、その間に受けた依頼で起きた事故だった。
(アデル……ごめんなさい、ごめんなさい……)
自らの太腿に流れる汚らわしい液体を布で拭きとり、そうして拭き取っているうちに、フィーナの瞳から涙が溢れてくる。
自分が汚らわしく思えてならなかった。
どうして愛する男以外の体液を注ぎ込まれていて、それが当たり前の生活になっているのか、彼女には理解ができなかった。
ある日、オルテガがこの部屋に来て、彼からアデルの死を聞かされた。アデルの荷物も持っていたので、おそらく間違いないだろう。剣は落石した岩の下敷きになっていて、持ち運べなかった様だ。
オルテガは「俺の不注意だった。落石の気配に気付けなかった俺が悪かった」と何度も何度もアデルの死について謝ってくれていた。
フィーナに彼を攻める事はできなかった。謝って悔やんでいる者を、どうして責められようか。大地母神フーラがその様な行為を認めるはずがない。だから彼女は、ただ泣く事しかできなかった。碧眼の瞳からは一晩中涙が止まらなかった。そうして、アデルの遺品を抱えたまま、フィーナは一晩中泣き明かした。
翌朝オルテガが様子を見に来て、彼女が回復するまで依頼は受けないと言い、衰弱する彼女に水を飲ませてくれた。
そこから、全てがおかしくなった。
フィーナは、恋人のアデルの死を聞かされて一日も経っていない状況で、整理すらついていないのに──オルテガが欲しくて堪らくなってしまったのだ。
それは理性で抑制できるものではなかった。
アデルにすら見せた事がない様なだらしない顔で、情けない声を上げて、ただ彼女はオルテガを求めてしまっていたのだ。
彼女の中はアデルへの罪悪感と自分への嫌悪感、そしてそれを上回る快楽に襲われ、何が何だかわからなくなっていた。
ただ、そんな彼女にも一つだけわかっている事があった。
それは、オルテガに抱かれている間は、アデルの死を忘れる事ができた、という事である。
自らへの嫌悪感や、アデルへの罪悪感はある。だが、その異常な快楽が、アデルの死という途方もない悲しみをどこかに追いやってくれた。そして彼女は……悲しみから逃れる為に、オルテガに抱かれる事を選んでいた。
昨夜、いや、今朝までもオルテガとは気が狂う程体を重ねた。
そして先程、帰る間際に彼はフィーナにこう言った。
『俺の女になれ、フィーナ。あいつの代わりはできねえかもしれないが……お前の悲しみは埋めてやれる』
フィーナが黙っていると、「返事はいつでもいい」と言って、部屋を去って行った。
フィーナが返事を躊躇ったのは、まだアデルへの想いが残っているからだ。しかし、そのアデルは死に、死んでいるとは言え、その彼を裏切る行為をしてしまっている自分に嫌悪を抱いて仕方なかったからだ。彼の返事を受け入れてしまえば、そんな嫌悪すべき自分を受け入れた事になる。彼女にはそれが耐えられなかった。
だが、それと同時に、オルテガの気持ちを受け入れてしまえば、自分は楽になれるではないだろうか──そんな風に考える自分がいる事にも、フィーナは気付いていた。彼と体を交えている時は、アデルの事を忘れられた。快楽がそれを遠ざけてくれるのだ。いっその事、オルテガと正式に恋人関係になってしまえば、悲しみも新しい恋に上書きされるのではないか。何度も体を交えて快楽に身を委ねていると、そう思ってしまう自分もいる。
「アデル……私、どうすればいいの……」
碧眼の瞳から零れた涙は、汗と体液で濡れたシーツの上に落ちていく。
もはや彼女には、自分がどうすればいいのかすらわからなかったのだ。