「それなら、もっと強盗や野盗が多くなるんじゃないのか?」

 アデルが訊くと、行商人はちっちと舌を鳴らして人差し指を横に振る。

()()()()()で強盗なんてやってみろ。すぐさま治安部隊に捕まって、牢の中にぶち込まれるだけさ。殺しなんてやろうものなら(はりつけ)られて体中に()()()()()()()()()()()()事になるぜ」

 ヴェイユは大陸からの移民の受け入れには寛容だが、もし悪事を働こうものなら即座にお縄に掛けられて、粛清されるのだそうだ。
 治安部隊は強い上に数も多いので、ならず者には住みにくい国なのである。結果、大陸のならず者達は人里から離れた山奥で山賊になるか、村や町で真面目に働くかの二つしか選択肢がないのである。

「悪人を更生させる国、か。良い国じゃないか」
「ああ、大地母神フーラ様の像に屁をぶっこいても生きていけるほどにはな。海を挟んでるってだけで、他国の侵攻も受けにくい。大金は稼げないが、命が惜しいならヴェイユ一択だ」

 (あん)ちゃんの選択は正しいよ、と行商人は言った。
 この治安の良さも、全てヴェイユ国王ロレンスの御蔭だと言う。彼は治安維持を徹底的に掲げて、真面目な働き人がとにかく損をしない国作りを徹底しているのだという。アーシャの父は大した為政者な様だ。
 だが、そのロレンスには跡継ぎとなる男児がいない。彼には子供がアーシャ王女しかいないのだと言う。また、王族には珍しい恋愛結婚で結ばれた事もあり、愛妻家故に妾等も作っていなそうだ。

(なるほど……アーシャはそうした両親のもとに生まれたから、ああして人にも優しくできるのかもしれないな)

 アデルはその話を聞いて、何となくそんな感想を抱くのだった。
 ただ、今の状況では、次世代の治安や国政はアーシャが誰と婚姻関係を結んで誰が跡取りとなるのか、それ次第になりそうだ。
 無論、ロレンス王と王妃がこれから男児を授かり、王位を継承されたならその不安も減るだろう。しかし、その子供がロレンスと同じく有能である可能性は未知数だ。実際、ロレンスの父王は彼程有能ではなかったらしい。

「まあ、ロレンス王が俺よか早く死ぬ事はないだろう。少なくとも俺の代は安心だ。(あん)ちゃんの代だと、わかんねえけどな」
「まあ、な……」

 アデルはその話をぼんやりと聞き流しながら、焚火をぼんやりと眺めていた。
 彼の思考は国の行く末ではなく、別のところにあった。

(そっか……今んとこアーシャは王族の末裔で、この国を引き継がなきゃいけないんだよな)

 王族や貴族は、平民の様に自由恋愛など許されない。ロレンス王は自由恋愛で今の王妃・リーン=ヴェイユと結ばれたそうだが、リーン王妃も元は大陸にあるダリア公国の姫君だ。同じ王族だからこそ可能で、しかも両国にとっても必要だったからこそ認められた婚姻でもあると考えられる。
 アーシャが何処かの貴族と結ばれる未来が訪れるかもしれないと思うと、アデルの胸はどことなく痛むのだった。