翌日の朝一の船便で、アデルはアンゼルム大陸ライトリー王国へと戻った。船旅で三日、イーザイツ港に着いてからランカールの町に戻るには、更に三日掛かった。
本来であればもう一日早く着けたかもしれない。だが、アデルは自身を死んだ事のままにしておきたかった。ギルドのツテや面が割れている場所は避けなければならず、普段より遠回りして移動しなければならなかったのである。
ランカールの町の門をくぐってから、フードを深く被ってスカーフで鼻から下と覆って隠す。正体が割れやすい大剣も町の外に隠してある馬車の中に置いてきた。これで暫くは正体を隠せるだろう。
アデルは顔を隠したまま、フィーナが借りている部屋まで急ぎ足で移動する。おそらく自分が死んだと聞かされて、傷心しているに違いない。すぐにギルドの依頼を受けるもしないだろう。その間に彼女を説得して──と考えていた矢先である。
フィーナの部屋に窓から近付いていこうとした時、中から声が漏れていた。それは、アデルの思考を停止させるものだった。
その声はアデルの知っている声だ。知っているが、自分以外が聞いていい声ではないはずの声だった。
彼女の部屋から聞こえてきた声は、咽び泣く声でも悲しみに暮れる声でもなかった。それは、快楽を必死に堪える声。しかし我慢できずにその快楽が漏れ出ている声に違いなかった。
(おいおい……冗談、だろ?)
現実を受け入れたくない思いで一杯だった。こんな事があるはずがない。そう信じたかった。
だが、せめて相手が誰でどういった状況だけなのかは知りたかった。中を見ても良いものなど何もない。それは彼もわかっている。
確認しない事には何も決められない──アデルはそう意を決して、気配を殺しながらカーテンの隙間から中を覗き見た。
(そんな……バカな……)
そこには絶望的な光景が広がっていた。フィーナと体を交えていたのは、〝紅蓮の斧使い〟オルテガだったのだ。
フィーナは彼の上で激しく腰を振っていた。自分との時よりも艶めかしく、そして激しい行為が室内では繰り広げられていたのである。
シーツはびしょ濡れになっており、二人は汗が滝の様にしたたり落ちる。おそらく一晩中ずっと同じ事を続けていたであろう事は想像に容易い。
一気に胃の中のものが逆流してきて、アデルはその場で嘔吐した。
オルテガに裏切られた時よりもショックは大きかった。人生で初めてできた恋人に、誰よりも信じていた人に裏切られる事の辛さを、彼はこの時に初めて知ったのだ。
アデルはがくりと崩れ落ちて、その場にへたり込んだ。中の二人は行為に夢中で、外の物音にすら気付かなかった。
地面からは自らの吐瀉物の臭いが漂い、二人の行為の声が壁越しに聞こえてくる。
フィーナはアデルの名を言いながら、何度も何度も泣きながら謝っていた。「アデル、ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪の言葉を述べながら、合間には彼でさえも聞いた事がない嬌声を発している。
その謝罪の意味は、考えたくなかった。
「なあ、フィーナ。俺がついていながら、あいつを死なせてしまった償いをさせてくれ。俺があいつの分もお前を幸せにしてやる。だから、フィーナ。教えてくれ。俺のとあいつの、どっちがいい?」
「嫌! そんな事、訊かないで!」
冷静沈着な普段のフィーナからは想像がつかない程、半狂乱になって彼女は乱れていた。そして、アデルに謝罪の言葉を述べて涙しながら、よがり狂っている。
アデルの知るフィーナは、性行為でもここまで乱れる女ではなかった。それはただアデルが未熟だったのか、それともオルテガがただただ長けているのかはわからない。
ただ、狂っているとしか思えなかった。恋人が死んだと聞かされ、どうしてこんな状況になるのか想像もつかなかった。
アデルの知るフィーナは、このような不義理を働く人間ではなかったのだ。
(どうして……こんな事になるんだよ)
アデルが絶望するその間も、二人の体を重ねる乾いた音と快楽に悶える声だけが頭に流れ込んでくる。彼には何も成す術がなかったのだ。
フィーナが無理矢理犯されていたなら、対応も違っただろう。だが、このやり取りを見ている限り、彼女も望んでの行為だ。どういった流れでそうなったのかはわからないが、フィーナはアデルの死を知り、オルテガに心と股まで開いてしまったのである。
そうであれば、そこにアデルの意思は必要ない。もう怒る気力もなかった。そしてそれは彼の思考を奪っていく。全てがどうでもよくなってしまっていた。
アデルは何も考えられない頭でふらふらとした足取りで馬車まで戻ると、そのままランカールの町を後にした。
本来であればもう一日早く着けたかもしれない。だが、アデルは自身を死んだ事のままにしておきたかった。ギルドのツテや面が割れている場所は避けなければならず、普段より遠回りして移動しなければならなかったのである。
ランカールの町の門をくぐってから、フードを深く被ってスカーフで鼻から下と覆って隠す。正体が割れやすい大剣も町の外に隠してある馬車の中に置いてきた。これで暫くは正体を隠せるだろう。
アデルは顔を隠したまま、フィーナが借りている部屋まで急ぎ足で移動する。おそらく自分が死んだと聞かされて、傷心しているに違いない。すぐにギルドの依頼を受けるもしないだろう。その間に彼女を説得して──と考えていた矢先である。
フィーナの部屋に窓から近付いていこうとした時、中から声が漏れていた。それは、アデルの思考を停止させるものだった。
その声はアデルの知っている声だ。知っているが、自分以外が聞いていい声ではないはずの声だった。
彼女の部屋から聞こえてきた声は、咽び泣く声でも悲しみに暮れる声でもなかった。それは、快楽を必死に堪える声。しかし我慢できずにその快楽が漏れ出ている声に違いなかった。
(おいおい……冗談、だろ?)
現実を受け入れたくない思いで一杯だった。こんな事があるはずがない。そう信じたかった。
だが、せめて相手が誰でどういった状況だけなのかは知りたかった。中を見ても良いものなど何もない。それは彼もわかっている。
確認しない事には何も決められない──アデルはそう意を決して、気配を殺しながらカーテンの隙間から中を覗き見た。
(そんな……バカな……)
そこには絶望的な光景が広がっていた。フィーナと体を交えていたのは、〝紅蓮の斧使い〟オルテガだったのだ。
フィーナは彼の上で激しく腰を振っていた。自分との時よりも艶めかしく、そして激しい行為が室内では繰り広げられていたのである。
シーツはびしょ濡れになっており、二人は汗が滝の様にしたたり落ちる。おそらく一晩中ずっと同じ事を続けていたであろう事は想像に容易い。
一気に胃の中のものが逆流してきて、アデルはその場で嘔吐した。
オルテガに裏切られた時よりもショックは大きかった。人生で初めてできた恋人に、誰よりも信じていた人に裏切られる事の辛さを、彼はこの時に初めて知ったのだ。
アデルはがくりと崩れ落ちて、その場にへたり込んだ。中の二人は行為に夢中で、外の物音にすら気付かなかった。
地面からは自らの吐瀉物の臭いが漂い、二人の行為の声が壁越しに聞こえてくる。
フィーナはアデルの名を言いながら、何度も何度も泣きながら謝っていた。「アデル、ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪の言葉を述べながら、合間には彼でさえも聞いた事がない嬌声を発している。
その謝罪の意味は、考えたくなかった。
「なあ、フィーナ。俺がついていながら、あいつを死なせてしまった償いをさせてくれ。俺があいつの分もお前を幸せにしてやる。だから、フィーナ。教えてくれ。俺のとあいつの、どっちがいい?」
「嫌! そんな事、訊かないで!」
冷静沈着な普段のフィーナからは想像がつかない程、半狂乱になって彼女は乱れていた。そして、アデルに謝罪の言葉を述べて涙しながら、よがり狂っている。
アデルの知るフィーナは、性行為でもここまで乱れる女ではなかった。それはただアデルが未熟だったのか、それともオルテガがただただ長けているのかはわからない。
ただ、狂っているとしか思えなかった。恋人が死んだと聞かされ、どうしてこんな状況になるのか想像もつかなかった。
アデルの知るフィーナは、このような不義理を働く人間ではなかったのだ。
(どうして……こんな事になるんだよ)
アデルが絶望するその間も、二人の体を重ねる乾いた音と快楽に悶える声だけが頭に流れ込んでくる。彼には何も成す術がなかったのだ。
フィーナが無理矢理犯されていたなら、対応も違っただろう。だが、このやり取りを見ている限り、彼女も望んでの行為だ。どういった流れでそうなったのかはわからないが、フィーナはアデルの死を知り、オルテガに心と股まで開いてしまったのである。
そうであれば、そこにアデルの意思は必要ない。もう怒る気力もなかった。そしてそれは彼の思考を奪っていく。全てがどうでもよくなってしまっていた。
アデルは何も考えられない頭でふらふらとした足取りで馬車まで戻ると、そのままランカールの町を後にした。