「ったく、お前なんかいなきゃよかった。アデル」

 オルテガとの戦いが始まってから、一〇分程経った頃。
 唐突にオルテガが笑みを浮かべながら、そう呟いた。

「無茶を言うな。こっちだって、好きで生まれてきたわけじゃないんだ」
「ははっ、そうだな」

 二人は互いに剣戟を打ち交わしながら、そんな会話を交わす。

「アデル。俺はお前がずっと羨ましかったんだぜ」

 鍔迫り合いになった時、オルテガが言った。

「あ? なんでだよ。冒険者ギルドではお前の方が評価されてたはずだろ」

 冒険者仲間やギルドの職員からはオルテガの方が好まれていた。彼はその汚さを上手く隠し、周りとは上手くやっていたからだ。兄貴肌として冒険者からは慕われ、いつでも彼の周りに人が集まっていた。
 それに対してアデルは、冒険者時代はソロでの活動を淡々と熟すだけで、周りに人などいなかった。むしろ、自分から遠ざけていた程だ。オルテガからパーティーに誘われなければ今もソロで冒険者をやっていたに違いない。

「そうだな。でもそれはな、俺が周りの目を恐れていたからなんだ」
「周りの目?」
「ああ。俺は、ずっと人からどう思われてるかが気になって仕方なかったんだ。Sランクパーティーになりたかったのも、その為だ」

 オルテガはアデルの大剣を剛腕で跳ねのけながら言った。
 二人の声は、周囲の観戦者には聞こえていない。剣戟の合間に交わされる、二人だけの会話だった。

「これだけ人の目を気にしてびくびくしてるのに、実力が同じくらいのお前は、いつも我関せずで周りの評価なんて気にしていなかった。ただひたすら、自分の人生を生きている様だった。俺は、お前のそんなところに憧れていたと同時に、羨ましくて、憎かったんだ」
「そんな風に見えていたのか」

 アデルは冒険者時代、確かに周囲に興味がなかった。
 ただ自分が依頼を達成し、ただ生活できてきればいいと思っていたからだ。それによって誰かが救われる事も、あまり考えていない。ただ淡々と依頼を熟すだけの者だったのだ。

「お前をパーティーに引き入れたのはな、アデル。Sランクパーティーへの昇格もあるが、お前の本性を知りたかったんだ」
「本性?」
「ああ。淡々としているが、お前が何を考えていて、本当はどんな事に怯えているのか。或いはどんなところに狡さを持っているのか。そういったものを、知りたかったんだ」
「……で? お前から見た俺は、どんな狡い奴だった?」

 オルテガの紅い斧を弾き返して、言った。
 お互い一瞬でも気を抜けば、命を失う。そんな攻防の中で、まるで飲み屋で話す様な会話を交わしていた。

「……何も狡くなんてねえ。弱さもねえ。お前は強くて、孤高で、そんでかっこよかった。俺とは対照的な人間だと思ったよ」
「褒め過ぎだ。そんな大したもんじゃない」
「いや、大したものだったさ。フィーナが当然の如くお前に惹かれていったのがその証拠だ。俺には見向きもしなかった女がな。俺にはそれが……許せなかったんだ」

 それが、彼がアデルを陥れた理由だった。
 才能、人、そして男としての嫉妬──それによって、彼は仲間を裏切り、暗殺する道を選んだのである。 
 アデルはそういった感情を他人に持った事がないので、気持ちは全く理解できなかった。そこまで他人に対して興味がないし、嫉妬したところで自分は変わらない。
 自分が良い想いをするには、結局のところ自分が強くなった方が早いので、自分に利益がある事に時間を費やす。〝漆黒の魔剣士〟アデル=クラインとは、そんな人間だった。良くも悪くも他人を指針としないのである。確かに、オルテガとは対照的だった。

「だが──一度でも卑怯な事をすると、もうダメだな」
「どういう事だ?」
「お前にだまし討ちして以降、真っ向勝負をするのが怖くなっちまった。女に対しても、依頼に対しても、今やってる真剣勝負に対してもな」

 オルテガはちらりとフィーナを見て言った。
 彼女は相変わらず虚ろな表情をしたままだった。

「Sランクパーティーに昇格したものの、俺自身がてんでダメで、全然上手くいかなかった。一度狡をして人を裏切ったら、俺は自分も信用できなくなっちまったんだ。それから、何でも狡をして乗り切ろうとする様になった。ギュントとイジウドも、ゾール教国が怖かったから差し出したんだ。自分が助かる為にな」
「そういう事か。確かに、この攻撃も昔よりキレがないなとは思ってたよ」

 アデルはオルテガの斧を打ち返し、更に返す刀で一閃。オルテガの腕に、ぴっと傷が入って血が噴き出た。

「へへっ……そういうこった。互角な様に見えて、徐々に差が付き始めてる。この勝負、俺は勝てねえだろうさ」
「それはまだわからないかな」
「わかるさ」

 言ってから、オルテガは守りを捨てて、腕力に任せた連続攻撃を繰り出した。アデルはそれを間一髪のところで後ろに飛んで避ける。大振りになっている分、動きが見えやすくなっていた。
 おそらく、疲れも出てきているのだろう。徐々に動きが鈍くなってきていた。

「真剣勝負で自分と同等クラスの奴と戦うなんて慣れてねえ事すっから、この疲れ様だ。体もついてきやがらねえ」
「そうみたいだな」

 一度オルテガが距離を取って、構え直す。

「だが、この戦いもこいつで最後だ。俺の全身全霊の攻撃、受けてみやがれ、〝漆黒の魔剣士〟!」

 アデルはオルテガの言葉にうなずき、大剣を片手に持ち替えた。

「へっ……こんなヘトヘト野郎は片手で十分ってか? そいつは……舐め過ぎだぜ、アデル!」

 オルテガが全身全霊の力を込めて飛び込んで、斧をアデルに向けて振り下ろした。殺気に満ちた、恐ろしく早くて重い攻撃だった。間違いなく、後先を一切考えていない一撃必殺の攻撃だ。当たれば、アデルでも即死は免れない。
 しかし、バカ正直なほど真正面から攻めてきたので、アデルの目にはその太刀筋がよく見えていた。ほんの少しだけ立ち位置を移動して、片手で持った大剣でその攻撃を受け止める。
 無論、オルテガの全身全霊の攻撃だ。片手で受け止め切れるわけがない。
 だが、アデルはその攻撃を受けるのではなく……横に滑らせる様にして、斧の軌道を逸らした。そして、オルテガの体が少し泳いだところに、腰に忍ばせた短剣を抜いて、彼の利き腕に突き刺した。

「ぐぎゃあああああ!」

 オルテガの悲鳴があたりに響き渡った。
 しかし、アデルの攻撃はそこで終わらない。そのまま力の流れに逆らわず、体を回転させて大剣を元の場所まで戻すと、今度はオルテガの足に向けて一閃する。オルテガの胴体と左脚が別れを告げ、体を支えきれなくなった彼はそのまま前のめりに倒れた。

「……ちく、しょう。俺がやった方の脚を敢えて狙ったってのか」

 オルテガは自分の斬り落とされた脚を見て、苦い笑みを浮かべた。
 それは奇しくも、アデルがオルテガに刺された方の脚と同じだったのだ。アデルは何も応えず、無言でオルテガの前に立った。
 勝負はあった。もうオルテガは戦闘不能だった。

「なあ、アデル。もし、俺が嫉妬なんてしなくて、あのまま一緒にパーティー組んでたら……俺達、こんな事にはなってなくて、今も一緒に戦ってたと思うか?」

 地面に這い蹲りながら、オルテガは剣を振り上げるアデルに訊いた。

「ああ……お前らと一緒にパーティーを組んでいた期間が、冒険者としては一番楽しかったよ。それは間違いない」

 アデルは正直な気持ちを答えた。
 パーティーとの別れは最悪だった。しかし、人生で初めて組んだパーティーは、アデルに人と協力する事の楽しさというものも教えてくれた。きっと彼が今、ヴェイユ王国で新しい人間関係を上手く築けているのも、その経験があったからこそだ。

「そうか。俺も、今思い返してみると……あの時が一番楽しかったんじゃないかって思ってるよ」
「そいつは良かった。片思いじゃなくて安心したよ」
「へっ、よく言うぜ。だが、もう遅え。気付いた頃には遅かったってやつだ。よくある、手汗どころか糞がこびりついた常套句だよ」

 オルテガはそう言ってから、ちらりとフィーナを見た。
 彼女は相変わらず虚ろな様子で二人を見たまま固まっている。彼女が何を想ってこの光景を見ているのか、それすらもうわからなかった。

「……じゃあな、アデル。あの世で待ってるぜ」
「ふざけるな。死んでからもお前と顔を合わせるなんて、()(ぴら)御免だ。とっとと大地母神の便所にでも叩き落とされやがれ」
「はは、ちげえねえ。俺だって自分を殺した奴と会うのは御免だ」

 そこで二人は最後にもう一度だけ視線を交わした。アデルが息を吐くと、オルテガはすっと目を閉じた。

「……あばよ、糞ッ垂れモヒカン野郎」

 裏切られた大剣使いは最後にそう言って、大剣を振り下ろした。
 それはアデルとオルテガの一騎討ち、そして解放戦争の全てが閉幕した瞬間でもあった。