「やはり人間の目から見た魔族の印象は随分と酷いものですね。むしろ我々はそのような残忍な行為を忌み嫌っているというのに……」

「え?」

「何でもありません。とにかく、既にソロモンさんの記憶は摘出しておおよその事情は把握済みですのでご安心を。
 どうせ人間界に戻っても碌なことはないのでしょう? それならいっそ魔界で暮らしてみるのも悪くないのでは?」

 見透かすような視線を向けてくる。
 記憶を摘出したとかいう意味不明な言葉だって嘘には聞こえない。

「でも、バリーはもうあれに懲りたら悪事を辞めるんじゃないですか? 領主の跡取りになるって言ってましたし……」
  
 バリーさえいなくなれば街を抜け出せる。

「残念ですが、バリー氏は領主である父親ぐるみで悪事を働いておられるみたいなので、あの程度のことでは挫けません。むしろ、今はソロモンさんのことを血眼になって探しているくらいです。何をしでかすかわからず、こちらも動向から目が離せない状態です」

「……もし、俺が人間界に帰ったらどうなりますか?」

「すぐに捕まって処刑されるでしょうね。それでも構わないのであれば、そちらの魔法陣からご自由にお帰りください。帰還場所は例の森の湖畔に設定してありますので、どうぞ?」

 キリエさんはしてやったりとでも言いたげな笑みを浮かべると、選択とも呼べない決まりきった選択を委ねてきた。
 もちろん俺は押し黙って首を横に振る。

「では、ソロモンさんに会わせたいお方がいるのでついてきてください」

「はい」

 俺は大人しく従うと、キリエさんの後を追った。

 最初から選択肢なんてなかったらしい。
 ひょいひょいと手のひらの上を転がされていただけだったみたいだ。

「お体の具合はいかがですか? 痛むところはないですか?」

「不思議なくらい調子が良いです」

「良かったです」

 俺はキリエさんと共に部屋を出て回廊を進む。

 ここで気がついたのだが、俺が身につけていたズタボロだったはずの革鎧は、チャコール色の綺麗な装いに変わっていた。
 いわゆる貴族が身に纏うような正装に近いだろうか。窮屈な着心地ではあるけど、以前のような汚い格好よりは何百倍も良かった。
 全身の生傷や汚れなんかは一切見当たらないし、きっと眠っている間に色々と手をかけてくれたのだろう。

 疑問だらけだけど、静かに前方を歩くキリエさんに大人しくついていけば、ここがどこで俺は何をされるのか、そしてなぜ助けられたのか、その全てがはっきりする気がする。

「キリエさん」

 道中、前を歩くキリエさんに声をかける。
 いくつか気になることがあった。

「何か?」

 キリエさんは立ち止まると、こちらに体を向けて聞き返してきた。
 しかし、同時に前方から歩いてくる魔族らしき者の姿が見えたので、俺は質問を喉の奥に引っ込めて言葉を濁す。

「……あ、いえ、なんでもないです」

 今はどこを目指しているのか、これから何をされるのか、今後の詳しい話を今のうちに聞いておこうと考えたが、何となく向こうの魔族がこちらを睨みつけているような気がしたので憚られた。