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「イチゴのミルクプリンが欲しいな」
 黄茂井が要求したのは200円のスイーツだった。
「私は黒ゴマのパフェがいいな」
 寒田は280円のスイーツを要求した。それでもターゲットは断らなかった。いや、断れなかった。応じている間は暴力がないからだ。しかし、断ったらまた膝蹴りと肘打ちが飛んでくるのは目に見えているので、NOという選択肢はなかった。自分が買いたいものを我慢して2人の要求に応えた。
 それでも、その要求が月1回から週1回になり、3日に1回になると、ターゲットの2,000円の小遣いでは足りなくなった。どうしようもなくなって泣きついたが、2人は聞き入れなかった。 
「お年玉貯めてるんじゃないの?」
 寒田に詰め寄られた。
「下ろしてきなさいよ」
 黄茂井が肘打ちの真似をした。
「でも、通帳はお母さんが持っているから……」
 ターゲットは涙声になった。
「だったら欲しいものを買いたいって言いなさいよ」
 寒田がにじり寄った。
「でも出来なかったら、」
 黄茂井が拳を握りしめた。ターゲットは恐怖に怯えてうずくまった。

 その夜、ターゲットは母親に言い出すことができなかった。理由が思いつかなかったのだ。なんでも買い与えてもらっている彼女には欲しいものが何もなかった。しかし、お金の工面ができなければ寒田と黄茂井に暴力を振るわれる。そんなことになったら耐えられない。切羽詰まった彼女は悩んだ末、ある決心をした。
 家族が寝静まる深夜を待ってベッドを抜け出し、忍び足で台所のドアを開けた。食器棚の引き出しの3段目に母親の財布が仕舞ってあることを知っていたので、震える手で引き出しを開け、財布の中から千円札を1枚抜き出した。「お母さん、ごめんなさい」と心の中で呟いて。
          
「やればできるじゃない」
 チョコバナナクレープとイチゴクレープを頬張った2人の前でターゲットは震えていた。母親への後ろめたさとエスカレートする要求への不安からだった。
 残念ながらその不安は当たってしまった。6年生になって別のクラスになったが、そんなことは関係ないというふうに寒田と黄茂井がとんでもないことを言い出したのだ。
「修学旅行の時、1万円持ってきなさいよ」
 今までとは桁の違う要求だった。
「それは無理……」
 口に手を当てて呆然とするターゲットに、寒田が最後通牒を出した。
「妹がどうなっても知らないからね!」
 3歳年下の妹に危害を加えると脅されたのだ。
「それだけは止めて」
 すがるように訴えるターゲットに黄茂井の声が突き刺さった。
「妹が死んでも知らないからね!」
 その声が耳に届いた瞬間、ターゲットが崩れ落ちた。
          
 修学旅行前日の深夜、家族が寝静まるのを見計らって台所へ行き、食器棚の3段目の引き出しを開けた。しかしその途端、目が点になった。あるはずのものがなかった。財布がなかったのだ。一瞬にして不安が頭を過った。
 お母さんに気づかれたのかもしれない。どうしよう……、
 でもすぐにその不安は恐怖に変った。母親の顔が消えて寒田と黄茂井の顔が浮かんできたからだ。
 殺される……、
 体がブルブルと震えた。
 部屋に戻ったターゲットは手紙を書き始めた。寒田と黄茂井に虐められていることをすべて書き連ねた。そして、『お母さんごめんなさい、許してください』と結びの言葉を書いた。それを封筒に入れ、引き出しの中にしまった。修学旅行中に何かあった時のために証拠を残しておきたかった。それに、もし酷い目に遭ったら、その時はこれが遺書になるかも知れない、そう呟いた時、タダでは死ねないと思った。両手を合わせて必死になって祈った。そして、バイク、自転車、トラック、と何度も声を出した。