「ごめんねそうまくん、今日はどうもありがとう。お母さんは申し訳ないって帰っちゃったけれど…」
「こちらこそ、お邪魔させていただきます。お母さんの事なら気にせず。というか、お久しぶりです」
「大きくなったね!いやーかっこよくなったね、モテるでしょ」
そういうこと言わないで、ときこさんがお母さんの前に立つ。困っちゃうじゃん、と怒る。
「ごめんごめん。今日は色々お話したいな」
笑った顔が、きこさんにそっくりだった。優しくて、柔らかい笑み。
俺たちは、学校のことや、読んでいる本の話をした。きこさんのお母さんは、俺の話もしっかり聞いてくれていた。
たくさん話している間に、俺はきこさんが遠い大学に通っていることを知った。県外の大学で、登校に相当時間がかかっていたらしい。
自分はどんな大学に行こうか、少し将来について考えられた。
話をして、早くも一時間が経とうとしていた時、ふと、きこさんのお母さんが口を開いた。
「そうまくん。実はきこ、もうこの夏で本屋さんのアルバイトはやめるんだ」
とっさに出てきたのは、なぜ、という疑問。
「どうしてですか?ごめんなさい、気になってしまって」
その次に出てきたのは、なんとなくの、嫌な予感。
それは、的中してしまった。
「私、九月から、一人暮らしするの」
と、いうことは。
「…大学のすぐ近くに、引っ越す予定」
もう、本屋には来なくなるってことですか?
本の話、できなくなるってことですか?
「…じゃあ、なかなか話せなくなるんですね」
「うん…残念だね」
残念なのは、こっちの方だよ。
きこさん、きこさんは、何とも思ってないの?
「…ってことで!そうまくん、準備手伝ってください!お願いします!」
「え!?いいですけど、なんで!?」
「きこ!!ダメでしょ、ちょっと!!」
きこさんに手を掴まれ、きこさんの部屋までダッシュで連れてこられた。
どんな風に一人暮らしの準備をするのか気になったので、手伝わせてもらうことにした。
「あ、そうまくん、ここらへんの本はこっちに置いておいてもらえる?」
「はい」
きこさんの部屋の壁隅々まで、本がぎっしり詰まっていた。これは大変。
俺は手伝いながら、こうきこさんに訊いた。
「いつまで、本貸してくれますか?」
すぐに、こう返ってきた。
「そうまくんの夏休みが終わるまで。…あ、ちょうど引っ越す日と返却日が被りそうだな。九月一日。まぁ、そうまくん、よろしくね」
じゃあせめて、お互いの家に近い所で返却させてよ。
「俺、河川敷で待ってるから。絶対来てくださいよ、返却するから」
次の水曜日、俺はきこさんから「なにもない球体」というミステリー小説を貸してもらった。
溜まっていくおすすめメモは、あと一回で、止まってしまう。
早く読んで、ギリギリまで、本屋に通おうと思う。
会いたい人が、期限付きで働いてるから。