それから一年後一九九二年のことだったワン。優太君は、小学校二年生になっていたワン。夏休みのある日僕と健太パパ、徹兄さん、優太君と僕とで夕方散歩に行ったワン。裏山を降りて、中原街道に出たワン。ひかりヶ丘交番のある交差点に差し掛かったワン。すると僕は雨上がりの道路に虹が出ているのに気が付いたワン。無性に虹を追いかけたくなり、必死に僕は赤信号にも関わらず、前へ行こうと力を入れたワン。すると次の瞬間、健太パパが握っていたリードが急に緩み外れてしまったワン。虹のある方向へ僕は一直線に走り出したワン。
「虹ワン! 僕の虹ワン!」
すると後ろから徹兄さんの声が聞こえたワン。
「チャーリー戻ってきて! 危ないよ!」
徹兄さんが後ろから近づいてきたワン。次の瞬間、大型トラックが突っ込み、徹兄さんは飛ばされたワン。幸い僕は無傷だったワン。しかし徹兄さんは、十メートルほど飛ばされ、頭を強く撃ったワン。即死だったワン。ワンワンワンワンワンワン! 僕は徹兄さんの方へ行き、何度も吠えたワン。だがもう二度と徹兄さんの目は開かなったワン。

 徹兄さんは、自閉症スペクトラム(ASD)を抱えて生きてきたワン。しょっちゅう誤解をされて生きてきたワン。けどまっすぐで、正直で、僕は大好きだったワン。それはまるで、僕ら犬と一緒で、微塵も疑わずに人を信じて癒す力を徹兄さんは持っていたワン。だからだろうか、徹兄さんは僕の言っている言葉を理解したのかもしれないワン。

 この事故以降健太パパは、お酒浸りになってしまったワン。毎晩お酒を飲んでは、残された優太君を罵倒するようになったワン。どういうわけか、優太君にこう言うようになってしまったワン。
「どうせ事故で一人子供を亡くすなら、あれが優太だった良かった。徹にもう一度会いてえ!」
「お父さん!」
志保ママが気まずそうに言ったワン。

 そんな僕らの話し相手になってくれたのが、香子ちゃんだったワン。優太君と僕の近くには、いつも香子ちゃんがいたワン。ずーっと。ずーっと。ずーっとだといいのにワン。優太君は香子ちゃんのおかげで、今度は自殺など考えなくなっていったワン。徹兄さんを亡くして、優太君までいなくなったらって思うと、僕はやるせなかっただろうワン。