優太君には、徐々に居場所がなくなっていったようだワン。学校にも家にも。

 ある秋の夕暮れ時だったワン。パパとママは徹兄さんを病院に連れていき、家には僕と優太君だけになったワン。僕は庭でうとうととしていたワン。すると台所から刃物を取り出す音が聞こえたワン。きっとママが帰ってきて、食事の準備を始めようとしているのかと思ったワン。ところがその刃物を持ち歩いていたのは、優太君だったワン。
「もう死んでやる! 俺なんかいない方がいい!」
優太君は叫びながら切腹しようとしていたワン。次の瞬間僕は優太君を押し倒し、吠えたワン! ワンワンワンワンワンワン! 僕は必死に吠えていたワン。
「邪魔するなよ、このバカ犬!」
優太君はむきになって言ったワン。僕は優太君の服を引っ張り、刃物から遠ざけたワン。
「離せよ! 離せ! このバカ犬!」
とちょうどそこへ香子ちゃんが通りかかったワン。
「どうしたの、優太?」
香子ちゃんは驚きを隠せなかったようだワン。ワンワンワンワンワンワン! 僕は必死に吠え続けたワン。
「優太、ワンちゃんがね……」
「え?」
優太君は驚いたようだったワン。
「ワンちゃんが(優太君のいない世界なんて絶対嫌ワン!)って言っているの!」
「香子にもチャーリーの言っている言葉が分かるの?」
「チャーリーって名前なのね。うんチャーリーの言っていること分かるよ」
香子ちゃん自身も驚きを隠せなかったようだワン。
「そっか。兄貴と同じだ。兄貴にもチャーリーの犬言葉が分かるみたいだから」
「そういえば、今日お兄さんは?」
「父ちゃんと母ちゃんと病院に行っていていない」
「それでこんなことを……」
「ごめん。チャーリー」
優太君は吠えやんだ僕に謝ってきたワン。

 この一件以降、優太君はまた香子ちゃんと話すようになったみたいだワン。
「香子、ごめんね。大田大輔君に彼以外の人と話すと罰が当たるって言われて、それで俺……」
「そうだったのね。大田大輔君、クラスの中で決して一番強いわけじゃないから、優太君を独り占めして言うことを聞かせたかったのよ! きっと」
「でもなんで僕が?」
「優太君優しいから」
「大田君、優太君以外に友達いないみたいだから」
「ねえ香子は、チャーリー以外の犬の言葉も分かるの?」
「分からないわ。チャーリーが初めて!」
「ねえ今から一緒に裏山にチャーリーと散歩に行ってくれない?」
「いいよ」
僕は香子に右前足を挙げて挨拶したワン。