翌一九九一年優太君は、小学校一年生になっていたワン。その優太君には、近所の女の子の友達ができたようだったワン。名前は、加古川(かこがわ) 香子(かこ)ちゃんワン。眼鏡を掛けた、がり勉タイプの女の子に見えたワン。香子ちゃんと優太君はいつも一緒に登校していたワン。

 ところがある日、いじめっ子で背は低いが、腕力がある大田(おおた) 大輔(だいすけ)という悪ガキに目をつけられたようだワン。優太君は、その大輔以外の人間としゃべったら罰が当たると言われたようで、それを真に受けたみたいだったワン。優太君はそれ以来、香子ちゃんだけでなく、クラス中の子とも話さなくなってしまったようだワン。それが原因でクラス中の子たちから、優太君はいじめに遭い始めたようだワン。香子ちゃんが、優太君に理由を尋ねても、優太君は黙っていたようだワン。

 この一件以来優太君は、香子ちゃんとも距離を取るようになったみたいだワン。家に帰ってきても、黙り込んでいたワン。そんな優太君が心配で、僕は優太君のそばから離れなかったワン。いつもなら僕を煙たがる優太君が、僕を受け入れてくれたワン。僕は嬉しくて、優太君に飛びついたり、右前足を挙げてみたりしたワン。でも優太君はどこか寂しそうだったワン。僕は優太君の顔をぺろぺろ舐め始めたワン。するとどこかしょっぱい味のものが、優太君の目から出てきた。優太君の目には大粒の塩水で一杯だったワン。
「何だよ、チャーリー」
僕はそのしょっぱい液体を全部舐め取ろうとしたが、さすがにしょっぱすぎて、僕の犬舌は、猫舌を起こした人間のようになっていたワン。
 次に僕は優太君の膝の上に寝転んだワン。優太君は僕の身体を撫でてくれたワン。

 優太君は物事言われたことを、まっすぐに受け入れるところがあるワン。それは僕たち犬と同じワン。徹兄さんも同じワン。健太パパがあまりにも怖すぎて、いつも僕たちには、いいえという選択肢はなかったワン。言われたことは素直にやりなさい。そうパパに言われてきたので、誰に対しても同じように接するようになってしまったみたいだワン。僕みたいな犬ならそれで問題ないワン。だけど人間という生き物は、本当に複雑ワン。必ず応用があるワン。ただ一つ言えることは、浅野家の子供たちは、二人ともまるでオゾン層のない地球のようだワン。オゾン層がないから、太陽光が直接地球上に突き刺さるワン。痛々しいワン。

 ある日大田大輔と優太君が一緒に帰ってきたワン。
「お前偉いな。本当に誰とも話してないみたいだなあ!」
二人が近づいてきたので、僕は大輔に吠えまくったワン。ワンワンワンワンワンワン!
「この犬はなんだ! ちゃんとしつけておけよ、優太!」
「はい」
優太君は力なく返事をしていたワン。