「どうしたの? 早く君も僕に攻撃しないと、君はすぐに死んじゃうよ。アッハハハ」
余裕たっぷりで勝つ気満々のレーミア。
いや、この状況で言えばレーミアの勝ち目はとっくに分かっている。
分かっているのに、リミルは全く諦めない。
弱音を吐かない。
それが王子の心だろう。
「チッ」
こんな魔法は初めて見た。
「ダークドール」と言うのはとても危険で当たったら、俺は愛するシレスと結婚せずに死ぬ。
でも、一体どうすればいいんだ?
俺は魔法がほとんど使えない、剣も使えない。
弱い男だ。
俺にできることはただ逃げる、それだけなのか?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
一瞬でも隙を見つけてここからシレスと逃げ、え、シレス?
一度後ろを振り向いて庭の方を見て、リミルはそこにシレスがいないことに気づいて足を止めた一瞬をレーミアから狙われて、一つのお姫様のドールが右腕に当たって爆発して火傷をし、その場に倒れた。
「ああああああああああっ!」
痛い。
なんだ、これは・・・。
生まれてから一度も感じたことのない死んでしまうのではないかというくらい激しく強く体に染み付いて右腕が取れそうなリミル。
その姿に安心したレーミアは。
満面の笑みで笑ってとても嬉しそう。
「アッハハハハハハハハ! やっと当たったね。どう、痛いよね、苦しいよね?」
「あ、はあ、はっ、はああ」
精一杯何か手当をしようとリミルは自分のシャツを左手でビリビリに破いてそれを右腕の巻くが、痛みは全く変わらず火傷はどんどん広がって指先まで赤く腫れていく。
「はあ、はああ、はっ」
これ以上傷が身体全体に広がってしまったらもう俺は死んでしまうかもしれない。
嫌だ、死にたくない。
愛するシレスと結婚できずに、二人で幸せにならずに死んでしまいたくはない。
絶対に!
本気でシレスに恋をして、愛して、幸せになりたくて。
もっとそれ以上に家族になって毎日二人で笑い合いたい。
その夢が叶う前に死ぬことを嫌がるリミル。
だが、レーミアから攻撃を当てられて動けないし、何よりカッコ悪い。
そんなひどい自分に呆れるリミルはゆっくりでいいから起き上がろうとするも、レーミアに次の攻撃をされると分かってしまっているため、今この状況で自分に何ができるのか全く考えらずに青向きになって空を見て気持ちの整理をする。
傷の度合いはまだ広がっている。
傷が完全に治るのは半年、いや、一年以上かかるのは明らかだ。
俺に治癒魔法が使えたら良かったが、それを使えるのはアーレハ王国だ、あっ、そうだ。レーミア王は治癒魔法を使える。
一番得意と噂されている大事な存在。
彼に頼めばすぐに簡単に消せるが、敵の王にそれを頼むのは「負け」を意味する。
それこそ一番嫌だ。
本当に一体どうすれば・・・。
これが「絶望」なら誰かに助けを求めるのが一番正しいと言えるかもしれない。
けれど、プライドが高い者ほど助けを求めるこそが一番「恥ずかしい」だろう。
しかし、今ここにはシレスがいない。
どこに行ったのかも分からない。
逆に今を使えば何も恥ずかしくも、カッコ悪さもないままレーミアに頼むことは間違いではない。
それを決めるのはリミル。
君だけだ。
シレスのためにまだ逃げ続けるのか。
自分の身体のためにレーミアに助けを求めるのか。
どっちのプライドを取る?
「・・・こうするしかない」
そう言って、リミルは無理やりにでもサッと一瞬で立ち上がり、今度は逃げずにレーミアの元に歩き始める。
「はあ、はっ、は、はああっ」
今はちょうど空が曇っていて太陽の日差しが少ないことがリミルにとって一つの救いになっている。
けれど、火傷は右腕だけでなく上半身にも広がって歩くなんて無理なはずなのに、リミルの足は止まらず歩き続けて、さすがのレーミアは驚いて魔法がほんのちょっとだけ止まりかけてしまう。
「君は、どうして君は諦めない? 王の僕に負けるのがそんなに嫌かな?」
驚きが次第に動揺に変わって唇が震えていくレーミア。
瞳も激しく揺れている。
僕はアーレハ王国の王なんだよ。
スーリス王国の王子がライバルの王の僕に勝てるはずがない。
・・・そうだよ。
僕は王様。
王様の僕に勝てる者はこの世界には絶対存在しない。
存在してもらったら困るんだからね。
「ふうー」
やる気と気合いを入れてゆっくり深呼吸を一回して、レーミアは次の攻撃を仕掛けるために一度「ダークドール」の魔法を全て解除した。
対して、リミルはホッとして笑顔を見せた。
「は、良かった」
が。
「は? 何を勘違いしているのかな、僕はただダークドールを解除しただけで攻撃を止めたわけじゃない」
「えっ」
「ダークドールは最強だけど、一番じゃない。ただのダークドールで傷を負った君に僕の一番を攻撃したら絶対に君は一瞬で死ぬよ」
「チッ。じゃあ、どうすれば」
「だから、今からダークドールの進化前のホワイトドールを使う。もし、それで君が勝ったら今日はここで終わりにしてあげるよ」
満面の笑みでもサラッと怖い言葉を言ったレーミアに、リミルは。
「ダークドール」が一番の最強ではなかった?
俺はその簡単な魔法で火傷した。
なんて弱すぎる男なんだ、俺は。
自分の弱さに何度も呆れるリミル。
表情は当然暗くなって下に俯き、そこを狙ってレーミアが「ホワイトドール」、金色の王冠を被った真っ白な王様のドールを地面の奥底から発動させようとした瞬間、月のかけらをイメージしたガラスが空から飛び散り、地面の中に埋まっていたドールを誰かが魔法でそれを全て止めた。
その魔法は「月」の魔法を使えるリファン王族で間違いない。
ただそれが誰なのか、リミルが気づく前に、レーミアはにっこり微笑んで頷いた。
「そっか。やっと使えるようになったんだね。レス」
そう。
その魔法の名前は「ブルームーン」だ。
そして、シレスが魔法を使っているところを見たのはレーミアだけでなくリミルも初めてだった。
「シレス、君、いつのまに『月』の魔法を使えたんだ?」
驚きで口が開いて閉じれないリミルに、シレスは美しく微笑んでこう言った。
「これは始まりにすぎないわ」
と、自信を持ってリミルとレーミアの元に歩き出したシレス。
表情は変わらず微笑んでいて暗くなることは全くなさそう。
対して、レーミアは本気で嬉しそうに笑って同じようにシレスの元に歩き始めた。
「レス、ブルームーンを使えたってことはもうパープルムーンも使えるのかな?」
「あっ」
この言葉聞かれたシレスの足はピタリと止まってしまい、地面を見つめて静かに首を横に振った。
「まだ使えないわ。『ブルームーン』を使えるようになったのは今日だから、その、ごめんな」
「謝る必要はないよ。君が十一年かけて使えたブルームーンは君にとって特別なことだし君の言うとおり『始まりにすぎない』から、何も焦らなくてもいいんだよ。君には君のペースがあるんだから。もっとそれ以上の自信を持って頑張ってね」
一つ一つ優しく愛情のこもった温かいを言葉を毎回かけてくれるレーミアに、シレスはゆっくり頷いて可愛らしく微笑む。
「ええ、あなたが私をいつも応援してくれたおかげでやっと『ブルームーン』を使うことができたわ。本当にあなたは私を一番に考えてくれる優しい人間。嬉しい」
胸に手を当てて感謝の言葉をシレスから初めて言われたレーミア。
返す言葉は当然。
「アッハハ! そうだよ。僕はいつも君のことばかり考えてるからね。人によっては十一年は無駄な時間だと思われるかもしれなけど、僕は、僕だけは違う。僕は君の努力をちゃんと知ってる。だって、僕は君を愛してるからね」
「はっ」
レーミアが最後に言った「愛してる」という言葉。
リミルにとってはこれはライバルの誕生であり、嫉妬の始まりでもある。
だが。
「僕は十一年前からずっと君を愛してる。一緒に出かけたり一緒に寝たり。他にも僕たちは特別な関係を築いてきたよ」
リミルが悔しそうに唇を強く噛んでいる姿など全く気にせず思い出話を堂々と言うレーミアに、シレスは頷いてちょっとクスッと笑った。
「そうね。ちゃんと今でもはっきり覚えているわ」
忘られない思い出。
懐かしいわね。
お父様たちに内緒で二人で街に出かけて色々なおいしいものを食べて遊んで疲れたら二人で寝て。
とてもいい思い出だわ。
でも、今はもうできない。
今の私にはリミルが、あ、そういえば、私が杖を取りに行っている間、リミルの叫び声が聞こえてきたのは、気のせい、かしら?
レーミアとの会話に夢中ですっかりリミルのことを忘れていたシレスはすぐに走ってリミルの元に行くと、火傷が首筋までに広がっていてめちゃくちゃ痛そう。
「リミル! なんで、あなたが怪我をしているの、誰にやられて」
「あっ、僕だよ」
軽く手を上げて明るく笑うレーミアを、シレスはため息を吐いて軽く頭を叩いた。
「はあっ。ミア、あなたはこの世界で三番目に強い魔法使いなんだから、その自覚を少しは持ちなさい。あなたが軽く魔法を使っても、リミルはすぐに怪我をしてしまうんだから、ちゃんとそこは考えなさい。もう大人なんだから」
二十一歳の大人のレーミアに説教をする十六歳のシレス。
二人はシレスが魔法の練習をし始めた時に父カークから紹介されて知り合い、それから今も超仲良しでシレスのわがままをレーミアはとても可愛がって「うんうん」と頭を撫でて落ち着かせる。
魔法が中々使えなかったシレスの長い時間も共にいて、励まして慰めて。
アーレハ王国王としての仕事もちゃんと完璧にこなしながら常にそばにいてくれた。
シレスにとって、レーミアは家族のように大切で優しい兄のような温かい存在であった。
「ごめんね。でも、リミル君はすごいよ」
「え? 俺が?」
「うん。全く勝ち目がなかったあの状況で何度も僕に勝つにはどうすればいいか考えていた。そのおかげで攻撃はたった一回だけ当たっただけで済んだ。君、もう少し頑張ればいつか必ず僕に勝てるよ。僕、アーレハ王国の王様がそう言うんだから、ちゃんと信じて今日から一緒に頑張ろうね」
「え? 何をだ?」
言葉の意味が分からないリミルが首を傾げたその時、後ろから誰かに背中を叩かれて
「おい!」
と、力強くはっきりと声を上げたその正体。
「お前たち、何をやっていた! ここはこの国の大切な宝だ。お前たちが何をやっていたのかは知らないが、ここでケンカをすることだけはやめろ!」
もう四十二歳となる大人の大人父カークがこの国の王様として許されないことをした三人にわざわざ走って怒りに来たのだ。
その言葉を聞いたシレスは真っ先に。
「お父様、私は悪くありません。悪いのは全てミアです。責めるならミアだけにしてください」
自分は絶対に悪くないとはっきりと宣言したシレス。
さすが、わがまま王女の誇りに違いないだろう。
知らないけれど・・・。
シレスがレーミアだけを名前に上げられても、毎度レーミアは満面の笑みでいる。
「アッハハ。ああ、僕がした。何か悪いことでもあるのかな?」
毎度一生忘られないような怪しげに恐怖に最恐の笑みをカークに見せるレーミア。
レーミアは知っている。
「わ、悪くない。お前を責めるなど、一族の誇りを汚すことになる。お前を責めはしない。だから、その顔はやめてくれ、頼むから」
そう。
カークは毎度レーミアのこの笑みを見たら必ず青ざめて怯えて身体を極限まで震わす。
だから、レーミアは毎度シレスから自分のせいにさせられてもこの笑みを見せれば全てが解決する。
いや、させてあげている。
同じ王でも、歳は全く関係ない。
レーミアはカークとは比べものにならないほどに全てが完璧が乱れがない。
仕事以外はなんでも適当で自分の後片付けさえもできないカークに対して、レーミアは自分にできること、服も掃除も食事もその他にも自分の世話は他人に任せなくても一人で今も生き続けている。
格が全く違うのだ。
四十二歳と二十一歳。
歳が違えど、自分にできることが少ないほど国民の人気は大きく差が生まれる。
仕事だけができれば良いというわけではない。
身の回りのこと、お城での生活。
国民が気になる疑問に全て答えられる人間でいなければ王としての存在は危ぶまれる。
そのことが理由でカークはレーミアに対しては態度が一気に弱くなり、会う度に怯えて隠れて落ち込む。
そんなだらしない父の背中を見て育ったシレスは特に気にして、いや、あえてそれを利用してわがままを言っているのだ。
ミアがいればお父様は普段よりもだいぶ弱くなる。
「フフッ」
弱った人間を見るのは本当に最高だわ。
なんて最低なことを考えているのだろう。
人の悪いところ好むこの性格の悪さ。
まるで人間の魂を食らう死神のような怪しい瞳を見せるシレス。
だが、それでも。
「アッハハ、レスは本当に可愛いよ」
なぜかその瞳を見てとても幸せそうに笑うレーミア。
その理由は。
「レスは僕の権力が一番大好物なんだよね? 分かるよ、僕もそう思っているからね」
シレスだけでなく自分の権力をシレスの次に好む王のレーミア。
普段は何も使うことはないのに、シレスの前になるとついつい使ってカークを困らせる。
小さい時からそうだった。
シレスが怒られたらわざと自分のせいにさせて、王の権力でそれを黙らせる。
レーミアも中々性格が悪く、相性で言えばリミルよりもレーミアの方が確実にシレスともうとっくに気が合っている。
僕とレスの絆は誰にも負けないよ。
リミル君。
君がスーリス王国の王子でも、アーレハ王国国王の僕に勝てるのは、そうだね。
あれが良いかな。
何かリミルが自分に勝てる方法を思いついたレーミアがサッと軽く手を上げた。
「ねえ、今日から僕とリミル君はこの城で共同生活をして、二人でちょうど一ヶ月後に僕と同等の魔力を取得させる。いいよね、カーク?」
「えっ」
「ふーん」
「なっ!」
突然意味の分からない言葉を堂々と口にしたレーミア。
その目的は。
「リミル君は魔法が全く使えないみたいだし、剣も使えない。王子ならこの二つは使えるのは当たり前のことだよ。それに、ライバルとして、こんなに簡単にレスを奪いたくはないからね」
そう言って、結婚を約束したリミルの前で堂々と軽く丁寧にシレスを横に抱えてドヤ顔で
「レスは僕の宝物だよ」
というようなライバル心を強く出させるレーミア。
当然リミルも。
「分かりました。あなたの言うとおりにします」
「うん、それでい」
「でも、これだけは約束してください」
「何を?」
「俺の前でシレスに触れないでください」
と言うと、リミルは横に抱えられているシレスを自分の腕の中で抱きしめてジッと王子のくせに王様のレーミアを睨んだ。
そして。
これは、何よ?
私はオモチャじゃないのよ。
私にもちゃんと心があるわ。
それに「ブルームーン」を使える立派な魔法使い。
子供扱いをするなら、今すぐここから逃げて部屋に引きこもって寝、いや、ダメよ。
まだリミルの傷が治っていないわ!
抱きしめられている腕をパッとすぐに離して、シレスがそっと火傷に触れる。
「あっ・・・」
この傷は私には治せない。
「月」の魔法書にもそれらしきものは載っていない。
でも、リミルも分かっているはずよ。
治癒魔法を得意とするミアの存在を。
リミルは私を奪い合う? ライバルだから自分から言えなくてこうなった。
私がもっと早く杖を取りに行ってここに戻ってきたらリミルは怪我をせずに済んだ。
本当に、「面倒」な男ね。
「はあっ」
何も迷うことなく恥ずかしくも思わずにレーミアに傷を治すように頼んでおけば良かったものの、男のプライドというものなのか、それをできなくて今に至る。
最悪で悔しくて。
弱い。
でも。
「レーミア、今すぐリミルの傷を治しなさい」
「えっ、シレス?」
俺ではなく君がそれを言うのか?
立場が逆転したシレスとリミル。
「あなたが本気で私を愛しているなら、自分で自分を治せる力を持っていないからこうなったのよ。自分の身体を大事にしなさいとは言わない。むしろ、自分の身体を守れるように頑張りなさい。これで以上よ」
そう言って、シレスはこれ以上は時間の無駄なので自分の部屋に戻って行った。
あとに残った三人は。
リミルとレーミアは。
「チッ」
一人の男として、敵のレーミア王に傷を治してもらえるわけがない。
俺はただの王子だ。
レーミア王は俺よりも立派でこの世界の一番王にふさわしいお方だ。
本来なら頭を下げて願うのが礼儀だが、今の俺はもう立っていることが精一杯で動いてしまったらまた傷が広がっていくかもしれない。
・・・でも。
男のプライドを守りながら傷の治りを願うにはどうすればいいのか、リミルは恐る恐るレーミアと顔を合わせたら
「アッハハ、分かったよ」
と、満面の笑みを見せた。
「レスに頼まれたから君の傷を治すよ」
「え、いいのですか?」
「もちろん。だって、さっきも言ったとおり、ライバルの君からレスを奪うのは君が力をつけてからだよ。今弱っている君からレスを奪うなんてそんな簡単なこと、僕は絶対にしたくないからね」
最後の一言でレーミアは怪しく美しく微笑んで自信満々な姿をリミルに見せてそっと目の前に立った。
「少しだけ触れるよ。痛くてもさっきみたいに叫ばないでよね」
「はい、耐えます」
「アッハ。じゃあ、するよ」
真剣な眼差しでリミルの右腕を優しく触れて掴んで。
それから。
「スノードール、リミル王子の傷を癒して、一生その痕を残さないで、絶対に」
そう言うと、空から雪と薄水色のローブを被った女神のような美しいドールが降り、次第に雪の結晶に変わってレーミアがその中の一つを選んで取り、それを右腕に当てて一瞬で傷が治った。
「はっ」
痛くない。
心までもが癒やされたようだ。
傷は全て消えて痕など全く存在していなかったかのように綺麗に完全に治った。
安心したリミルの表情はとても嬉しそうに明るく笑っていて、レーミアも同じように笑ってライバルとは思えないほどに仲良しに見えている。
「リミル君、君の魔法はどんなものがあるのかな? 確か、スーリス王国は鏡だった、よね?」
「はい、そうです」
全く上手く使えないが・・・。
そう。
スーリス王国の魔法は「鏡」だ。
この「鏡」の魔法は王国に暮らす全ての人間が持っていて、色や形はみんなバラバラで面白い。
使い方としては「鏡」の中に入って行きたい場所へものすごいスピードで、例えるなら街から田舎まで片道二時間半を魔法を使えば十五秒で着いてしまうという日常生活ではとても便利で使いやすいと他の国では「羨ましい」と噂されている。
けれど、それを使うまでの期間がとても長く、練習を始めるのは十二歳からと決まっていて、二十歳になるまでには五つの魔法を使わなければ成人にはなれないという決まりもある。
リミルは今十八歳。
あと二年経てば二十歳になるが、たった一つの魔法しか使えない。
それも攻撃魔法などではなく「鏡」の魔法の中で一番小さい魔法。
「フラワーミラー」
花畑の中に鏡を置いてそこから水を出して枯れた花を戻す一番簡単な魔法。
「フラワーミラー」は誰でも一ヶ月あれば簡単に使えるし、リミルも一ヶ月で使えるようになっていた。
ただ一つ問題があった。
十四歳の時、大切に花畑を育てているお城の庭師が雨が二週間降らなかったせいで半分花が枯れて落ち込んでいるのを見て「フラワーミラー」を使い助けたその時、持っていた「鏡」が突然燃えてとっさに手放してしまい、それが庭師の大切な花畑に落として全て燃やしてしまったのだ。
もちろんリミルは庭師に謝っていた。
が。
『王子様だからって、私の大切なものを奪うなんてひどいですよ!』
大粒に涙を流しながらそのままお城から出て行った庭師の背中を今もリミルはよく覚えていて、一生忘れられない過去であった。
魔法を使う、使おうと思った時には頭の片隅は必ずあの時の庭師の背中が蘇って一瞬使うことを拒んでいた。
当然今もあの時の記憶で魔法を使うことを少しだけ恐れている。
そして、魔法を全く使えないシレスを、自分と当てはめてどこか同情してしまっているのも事実だ。
魔法がなくても大丈夫だと今でもそう思っている。
だが、「月」の魔法を使えるようになったシレスを守れないのはカッコ悪い。
夫になるなら妻になるシレスを守れるのは当然のことだ。