「ご、ごっちゃん……ど、どこらへんが優しそうなんだよ……」
あら、あたしとしたことがいけませんね。
大声で訪いを告げた与太郎さんを道場の方へ案内したのですけれど、ついうっかり恨めしそうにキツく睨み付けちまいました。
あんな時に大声で「ごめんください」なんですもの、しょうがありませんよね。
すーはー深く息を吸って吐いて、眉間の皺を揉みほぐして、にこりと微笑む素のあたしに戻りましょうね。
「すぐに主人を呼んで参りますのでこちらでお待ちくださいね」
「で、どうされました? お元気そうですがどこか悪いとこでも?」
「お、おら頭が悪いだよ」
「頭に効く呪符……あったかな?」
「ぷふーっ」
良庵せんせも与太郎さんも何を頓珍漢なやり取りしてらっしゃるんですか。つい噴き出しちまったじゃありませんか。
「良庵せんせ、たぶん患者さんじゃありませんよ」
「あ、そうでしたか。ではどの様な御用件で?」
がばりと頭を下げて土下座の与太郎さんが必死な口調で言いました。
「こ、こないだ市で! そ、そこの綺麗な奥方さまにぶち当たって怪我させたのおらなんだ! ほ、ほんとごめんなさい!」
あの時の――!
と良庵せんせが小さく呟いてあたしの方へと視線を向けました。
良庵せんせはあたしにぶち当たった大男の姿形は目にされていませんからね。
あたしは良庵せんせにコクンと頷きだけ返しました。記憶通りのばっちり本人ですからねぇ。
「そうでしたか。どうなされますお葉さん?」
「どうもこうもありませんよ。謝っておられますし、あたしは良庵せんせの呪符のお陰でもうちぃとも痛くありませんし――」
ぽっ、と頬を染めて続けます。
「なんだったら良庵せんせにしてもらったお姫さまだっこの原因ですから怒るよりも感謝してたりしますよ」
ぽっ、と良庵せんせも頬を染めました。
「お、お葉さん、そんなこと言われたら照れちゃうじゃないですか」
二人して赤面しながらそんなやり取りしたもんだから、与太郎さんがにこっと良い笑顔で言いました。
「な、仲良しなんだなぁ。お、おらんとこのお父とお母みてえだ」
おや、件の亡くなられたご両親の事ですか。
あれ? 二十二、三と思いましたが、こうして向かい合って見るともう少しお若そうですね。
「ええっと――」
「よ、与太郎だ」
「与太郎さん、貴方おいくつかしら?」
「おら? お、おら年が明けたら十六だ」
じゅっ……まさかこの大きな体で十五とは思いませんでしたねぇ。さすがのお葉さんも驚きですよ。
それなりに良い体格の良庵せんせより二周りは大きいんですもの。
ほんとは依頼人が誰だか知りたいだけなんであんまり首を突っ込んじゃあいけないと思っていましたが、ご両親を亡くされて破落戸んなって、それが十五と聞いちゃあ放っておけませんね。
「あたしにぶち当たったこと、何か理由があるんじゃありませんか?」
与太郎さん改め、与太郎ちゃんが痞えながらもぽつりぽつりと話してくれました。
与太郎ちゃんのお父様は腕の良い建具屋さんで、お母様は朗らかに笑う気の良い奥様だったそう。
ちなみにお二人とも大柄らしく、与太郎ちゃんの体は親譲りだそうです。
与太郎ちゃんの説明だとよく分からないんですが、ちょうど一年ほど前に事件だか何だかに巻き込まれて二人揃って亡くなられ、今は与太郎ちゃんの祖父と仲の良かったあの甘酒屋のご隠居の世話になっているそうなんです。
「では甘酒屋のご隠居のところで暮らしているんですか?」
「い、いや、甘酒屋の爺ちゃんが持ってる長屋の一つに住んでるだ」
「ご両親と暮らしたお家は?」
「ひ、引き払った。じ、爺ちゃんの長屋なら家賃も食費も立て替えててやるって言うもんだから」
そう言えばあのご隠居、一朱銀は立て替える、念のため二朱銀やる、と仰ってました。
どんな縁のお祖父さん同士だったのか分かりませんが、恐らくは与太郎ちゃんからお金を取るつもりはないんでしょうね。
「そ、それだからおら、は、早く働いて爺ちゃんにお金返してぇだ。だ、だのにこないだの一朱銀は使っちまった。お、おらの馬鹿」
きたきた、一朱銀の話題。色々もう知ってるのに知らんぷりでお話聞き出すのって大変ですね。
「こないだの一朱銀というのは?」
「そ、その……」
良庵せんせの声に言い淀む与太郎ちゃん。
「怒らないから言ってご覧なさいな」
最初にがっつり睨んじゃったもんだから、取り返す様にいつも以上に微笑みながら言いました。
「そ、その……、こ、こないだぶち当たって一朱銀もらったんだ。ご、破落戸の元締めに……」
あたしとした事が不味っちまいましたね。
こんな話を良庵せんせに聞かせちゃ要らぬ心配掛けちまいますよねぇ。
「与太郎。話をひっくるめると、誰かの依頼があって僕のお葉さんにぶち当たった、ということか?」
ほら。
言い様は穏やかだけど、良庵せんせが怒ってる。
ちょいと嬉しかったりして。