菅谷くんはカーテンの閉まっている窓を見つめながら、過去を思い出しているようだった。

「俺、中学の頃から友達が多い方でさ。部活の友達も同じクラスの友達もどっちもいたんだ。サッカー部の友達もクラスの友達も良いやつばっかで……まぁ草野見てれば分かると思うんだけど」

 友達のことを話す菅谷くんはいつも教室の真ん中にいる時のような雰囲気を感じた。

「ずっと楽しくて、アホなことばっかやって笑ってた。でも部活でちょっとへこむことがあった時があって、ついクラスのやつに愚痴を言っちゃったんだ。そしたら、『大丈夫だって!菅谷の明るさならどんなことも倒せる!』って」

 菅谷くんが見つめているカーテンの隙間から光が少しだけもれていた。

「そいつは慰めてくれただけだし、勿論嬉しかったんだけど……『みんな明るい俺が良いんだ』っていうことを意識したら、ズンって心が重くなったのを感じた。それから、あんまりうまく笑えなくて……そしたら教室で友達が話しているのが聞こえたんだ」

「『最近、菅谷が菅谷らしくねぇよな』って。『一緒にいても楽しくない』って。勿論そいつらは中学の友達で草野じゃないんだけど……なんかその日から誰も信頼できなくて、ずっと『明るい』まま生活してる」

「誰も暗い部分の俺は求めてないって気づいたら、周りに誰もいない感じがした。それから『寂しい』って感情が頻繁に起こるようになったんだ。でも、ずっと認められなくて無理をし続けてた。それで入学式の時、ついに限界が来て川崎さんに出会ったんだ」

 菅谷くんが窓に向けていた視線を私に向ける。


「さっき川崎さんが言ってくれたでしょ。『笑顔じゃなくてもいい』って。入学式の日も今も俺を助けてくれるのはいつも川崎さん」


 菅谷くんの言葉は真っ直ぐで、嘘がなくて、そんな菅谷くんの苦しみにいま私は触れている。

「川崎さん、もう一回あの言葉言ってくれる?」

 私は涙を拭くことも忘れたまま、菅谷くんの方を向いてもう一度あの言葉を唱えた。


「寂しくない。大丈夫」


 菅谷くんが下を向いて、嗚咽(おえつ)を堪えているのが分かった。

「寂しいんだ。俺、本当に寂しい」

 泣きながら、菅谷くんはそう繰り返した。

「寂しくて息が出来ない」
「うん。私も寂しくていつもぬいぐるみと手を繋いでる」
「こんな症状のせいで高校では部活も入れない。本当に息が苦しくなるんだ。もう死ぬんじゃないかって不安になる」

 菅谷くんが何とか顔を上げた。

「川崎さん、でも俺、死ぬんじゃないかって不安になるってことは死にたくないのかな……?」

 菅谷くんの絞り出したような言葉に私は気づいたら菅谷くんの手を握っていた。ただ握ることしか出来なかった。

「川崎さん、また症状が出たら俺の手を握ってくれる?」

 震えた菅谷くんの問いに私は頷いた。拭いたはずの涙がまた頬に伝ったのが分かった。

 どれくらいそのまま手を繋いでいただろう。しばらくして、菅谷くんが立ち上がった。

「川崎さん、月曜日の授業に数学ってある?」
「……?確かなかったと思うけど……」
「やった。じゃあ、行こ」

 菅谷くんのその言葉がどれほどの勇気がいる言葉なのか私には想像もつかなかった。

「川崎さん、今日は本当にありがと」
「ううん、全然。また月曜日ね」

 「また月曜日」と言えることの喜びを噛み締めたかった。
 菅谷くんの部屋を出て、階段を降りると菅谷くんのお母さんがリビングから出てくる。

「川崎さん」
「長居してしまってすみません」
「全然大丈夫よ。今日はありがとう」
「いえ、お邪魔しました」

 私は菅谷くんのお母さんに会釈(えしゃく)をして、菅谷くんの家を出ようとした。

「川崎さん……!」

 菅谷くんのお母さんに呼び止められて振り返る。

「これからも柊真をよろしくね」

 菅谷くんのお母さんの言葉に私は「はい」と頷くことしか出来なかった。
 菅谷くんの家を出た後の駅までの道のりは早く感じて、すぐに駅に着いてしまう。電車に乗っている間も携帯を触る気分になれなくて、電車の窓から外の風景を眺めていた。