「相変わらず、意地っ張りだな。素直に審神者になって欲しいと言えばいいだけだろうに……。だがそれでこそおれの友だ」
セイは屈託のない朗らかな笑みを浮かべるとそっと目を伏せる。その様子はどこか懐かしむようにも、多幸感で溢れそうになる感情を堪えているようでもあった。
「お前の塩むすびも美味だった。それでも……おれが作る塩むすびにはまだまだ敵わないがな」
茶目っ気を含みつつも、わざと両眉を上げて自信に満ちたように破顔していたセイだったが、やがて愉悦の色を浮かべながら莉亜と話す友の姿を捉えると未来に想いを馳せるように感慨深げに呟いたのだった。
「いつの日かお前だけの塩むすびを完成させるのを楽しみにしている。それまで暫しの別れだ……また会おう、蓬」
その言葉を最後にセイの姿は消え、やがてセイが居た場所には白色と茶色の柔らかな毛が生えた一匹のキジ白の猫が現れる。首元に赤い首輪と小さな木の札が付けられた成猫は頭だけを動かすと、駆け足で墓に戻って来たもう一人の蓬の友を見上げたのだった。
「あれっ? おかしいな……。確かにセイさんの声が聞こえた気がしたんだけど……。ハル、何か知らない?」
「にゃあん?」
わざとらしくも見える声で首を傾げると、普通の猫と同じようにその場で毛づくろいを始める。それでも莉亜は「気のせいかな。でも……」と独り言ちながらハルの周りを歩いて、セイの姿を探し始めたのだった。
「忘れ物でもしたのか?」
辺りを見渡す莉亜の後ろからは、呆れたように足早にやって来る蓬の姿があった。そんな蓬の身体によじ登って肩に収まると、皮の厚い大きな手に頭を撫でられたのだった。
「まさかハルを忘れたと言わないよな? ハルはどこにでも自由に行くことができる。ついて来ないからといって気にしなくていい」
「ハルじゃなかったんですが……。多分、気のせいだと思います。すみません……」
「急に駆け出したから驚いたが、気が済んだのなら今度こそ帰る。来なかったら置いて行くからな」
「待ってください! お墓で一人はさすがに怖いですっ!」
先を歩き出した蓬を莉亜が追いかけて来る。その様子を肩の上から見ていたハルだったが、不意に蓬の動きが緩慢になったのを感じた。莉亜が追い付くように歩く速度を落としたのだろう。今も昔もこういう意固地なところは何も変わらない。
「審神者の素質を持っていて、セイと会った割には心霊が苦手なのか。あいつらも神やあやかしと似たようなものだが」
「正体が分かっているのと分かっていないのとでは、意味が違ってきますから……」
やがて莉亜が隣にやって来ると、蓬はますます歩幅を縮めて莉亜の歩調に合わせる。何気なく眺めていた莉亜と目が合うと、疑うように目を細めて凝視されたのだった。
「本当にハルは普通の猫なんですよね? 何か特別な力を持った存在とかじゃなくて……」
「ハルはただの野良猫で俺の神使。それ以外は何もない。そうだろう。ハル?」
「にゃあ~ん」
蓬の肩の上で気のない返事をしたハルだったが、次の瞬間には見てしまった。
大学であったことをあれこれと話す莉亜に気付かれないように、蓬は唇に指先を当てて小声で祝詞を呟いたかと思うと莉亜の背中にそっと触れる。すると、蓬が触れたところを中心に莉亜の背中に白く光り輝く梵字が浮かび上がったのだった。
驚嘆してハルは声を上げそうになったが、秘密と言うように蓬が口の前で人差し指を立てたのでどうにか言葉を飲み込む。梵字はすぐに消えてしまったので、莉亜は全く気が付いていないが、蓬の肩から終始見ていたハルには分かってしまった。
蓬が莉亜を自身の審神者に選んだのだと。
了
セイは屈託のない朗らかな笑みを浮かべるとそっと目を伏せる。その様子はどこか懐かしむようにも、多幸感で溢れそうになる感情を堪えているようでもあった。
「お前の塩むすびも美味だった。それでも……おれが作る塩むすびにはまだまだ敵わないがな」
茶目っ気を含みつつも、わざと両眉を上げて自信に満ちたように破顔していたセイだったが、やがて愉悦の色を浮かべながら莉亜と話す友の姿を捉えると未来に想いを馳せるように感慨深げに呟いたのだった。
「いつの日かお前だけの塩むすびを完成させるのを楽しみにしている。それまで暫しの別れだ……また会おう、蓬」
その言葉を最後にセイの姿は消え、やがてセイが居た場所には白色と茶色の柔らかな毛が生えた一匹のキジ白の猫が現れる。首元に赤い首輪と小さな木の札が付けられた成猫は頭だけを動かすと、駆け足で墓に戻って来たもう一人の蓬の友を見上げたのだった。
「あれっ? おかしいな……。確かにセイさんの声が聞こえた気がしたんだけど……。ハル、何か知らない?」
「にゃあん?」
わざとらしくも見える声で首を傾げると、普通の猫と同じようにその場で毛づくろいを始める。それでも莉亜は「気のせいかな。でも……」と独り言ちながらハルの周りを歩いて、セイの姿を探し始めたのだった。
「忘れ物でもしたのか?」
辺りを見渡す莉亜の後ろからは、呆れたように足早にやって来る蓬の姿があった。そんな蓬の身体によじ登って肩に収まると、皮の厚い大きな手に頭を撫でられたのだった。
「まさかハルを忘れたと言わないよな? ハルはどこにでも自由に行くことができる。ついて来ないからといって気にしなくていい」
「ハルじゃなかったんですが……。多分、気のせいだと思います。すみません……」
「急に駆け出したから驚いたが、気が済んだのなら今度こそ帰る。来なかったら置いて行くからな」
「待ってください! お墓で一人はさすがに怖いですっ!」
先を歩き出した蓬を莉亜が追いかけて来る。その様子を肩の上から見ていたハルだったが、不意に蓬の動きが緩慢になったのを感じた。莉亜が追い付くように歩く速度を落としたのだろう。今も昔もこういう意固地なところは何も変わらない。
「審神者の素質を持っていて、セイと会った割には心霊が苦手なのか。あいつらも神やあやかしと似たようなものだが」
「正体が分かっているのと分かっていないのとでは、意味が違ってきますから……」
やがて莉亜が隣にやって来ると、蓬はますます歩幅を縮めて莉亜の歩調に合わせる。何気なく眺めていた莉亜と目が合うと、疑うように目を細めて凝視されたのだった。
「本当にハルは普通の猫なんですよね? 何か特別な力を持った存在とかじゃなくて……」
「ハルはただの野良猫で俺の神使。それ以外は何もない。そうだろう。ハル?」
「にゃあ~ん」
蓬の肩の上で気のない返事をしたハルだったが、次の瞬間には見てしまった。
大学であったことをあれこれと話す莉亜に気付かれないように、蓬は唇に指先を当てて小声で祝詞を呟いたかと思うと莉亜の背中にそっと触れる。すると、蓬が触れたところを中心に莉亜の背中に白く光り輝く梵字が浮かび上がったのだった。
驚嘆してハルは声を上げそうになったが、秘密と言うように蓬が口の前で人差し指を立てたのでどうにか言葉を飲み込む。梵字はすぐに消えてしまったので、莉亜は全く気が付いていないが、蓬の肩から終始見ていたハルには分かってしまった。
蓬が莉亜を自身の審神者に選んだのだと。
了