その時、引き戸の外で猫の鳴き声がしたかと思うと、戸を引っ掻く音が聞こえてくる。莉亜が引き戸を開けると、隙間からハルが飛びついてきたのだった。

「わぁ!ハルってば、 今までどこに行っていたの!?」
「りあおねえちゃ~ん!」

 ハルを抱き直していると、引き戸を開けて雨降り小僧やいつもお店に来てくれる常連客が顔を出す。

「雨降り小僧ちゃんに、皆さんもどうしたんですか?」
「ハルがおいでおいでしてたからきたの。……たぶん」
「そうなんですか?」

 すると、莉亜たちの声を聞きつけたのか、涙を拭いた蓬も様子を見に来たのであった。

「どうした? みんな揃って」
「これは店主殿。見ない間に少しやつれましたかな」
「よもぎのおにいちゃん。ないてたの? どこかいたいいたい?」

 雨降り小僧の一人が心配そうに蓬を見上げる。その言葉で注目が集まったからか、蓬は顔を真っ赤にするとあからさまに目を逸らしたのだった。
 
「泣いてない。で、皆ハルに誘われてきたのか。……うちの猫が迷惑をかけたようですまない」
「いいえ。わたしどもも店主殿が心配でしたからな。顔を見られただけでも十分です」
 
 常連客は小さく会釈をして背を向けようとするが、すかさず蓬が呼び止めたのだった。
  
「その……良ければ、おむすびを食べていかないか。今日は俺が全員分まとめて奢る」
「いいんですか? 蓬さん」

 いつになく太っ腹な蓬に莉亜が声を呑むと、蓬は「たまにはいいだろう」と軽く頭を撫でられる。
 
「心配を掛けてしまったからな。莉亜、お前も手伝ってくれないか。切り火たちも米を温め直すから手伝ってくれ」
「はい! さあ、皆さんも中にどうぞ!」
「ほほほ。ではお言葉に甘えますかな」
「よもぎおにいちゃんのおむすび、うれしいの~!」
「よもぎおにいちゃんのおむすびが、せかいでいっちばんおいしいの!」

 莉亜の返事に合わせて、切り火たちもぞろぞろと竈に集まってくる。常連客たちがいつもの席に座った時、ようやく莉亜はおむすび処が戻ってきたことを実感したのだった。
 この日は夜遅くまで店に明かりが点り、人もあやかしも関係なく、老若男女の歓声が辺りに響き続ける。その様子を見たあやかしたちによって、蓬のおむすび処が再開されたことが、神とあやかし両方の世界に広まったのだった。