「ここで使われている塩はどれになりますか?」
「粗塩になります。粗塩の中でも古の時代から続く、天日干しで製塩された塩を使用しています。粗塩は食塩とは違って、にがりを含んだミネラルが残っています。それが素材の味を引き立てるので、おむすびに向いているのですわ。塩の粒子も大きいので舌で感じやすいかと思います」
「じゃあおにぎりを食べた時に感じた苦味というのは、粗塩のにがりだったんですね」
「莉亜様は舌が良いのですね。身体にはあまりよくありませんが、食塩をお持ちしますので食べ比べてくださいませ。違いが良く分かりますわ」

 金魚が厨房に食塩を取りに行っている間、莉亜は味噌汁に口を付ける。先程見つけたカウンターに置かれたチラシの説明によると、ここのおにぎり屋は昔ながらの家庭の味をコンセプトにしているそうで、金魚に説明してもらった塩や店主がこだわったという米以外にも、味噌汁に使われている味噌もこの辺りで昔から食べられている米味噌を使用しているとのことだった。気になったので、塩についてスマートフォンで調べてみたところ、同じ海水から作られた塩でも大きく分けて三種類に区分できるらしい。機械を使って人工的ににがりを取り除いた一般的に食塩として売られているものを精製塩、反対に人の手でにがりを加えた塩を再生加工塩、そして自然のままに作った塩を自然塩と呼ぶという。その内、粗塩は自然塩の一つであり、岩塩や湖塩、藻塩も自然塩に含まれる。日本は海に囲まれているため、主に粗塩や藻塩が製塩されており、岩塩はアンデス山脈やヒマラヤ山脈、湖塩はウユニ塩湖カスピ海などから獲れたものを輸入しているとのことだった。粗塩の中でも製塩方法がいくつかあり、その内の一つがこの店で使われている天日干し塩であった。他にも天日干しした後に釜で煮詰める平釜塩があるという。この辺りの話は先程金魚から聞いた内容とほぼ同じであった。神事で使われている盛り塩というのは粗塩であること、粗塩は神にとって関係性が深いというのも金魚が話した通りであった。

(ということは、おじいちゃんも毎日粗塩をお供えしてたってことだよね。言われてみれば、いつもお供え用の塩は別に保管していたような気がする)

 神事で使われていたということはセイの神社も同じだろう。当然蓬に神饌としてお供えしていたものも。そこまで考えた莉亜はようやくおにぎりを食べた時のデジャヴに思い当たる。

(そっか。ここのおにぎりは蓬さんそっくりな人が作ってくれたおにぎりの味に似ているんだ。ということは、セイさんのおにぎりに使われていたのは粗塩ってこと?)

 だがセイのおにぎりを再現しようとしているという蓬は粗塩を使っていなかった。味も舌触りも精製された食塩そのものであった。セイの話を聞いた後、倉庫にあった塩の袋も確認したので間違いない。蓬の店で使われていたのは莉亜でも知っている人の世で売られている食塩だった。蓬と莉亜のどちらかが間違っているのだろうか……。
 その時、金魚が食塩の入った赤い蓋の小瓶を手に戻ってきたので、莉亜も一考を止めると残っていた塩おにぎりに食塩を振りかける。雪のように白く細かい塩が米と絡み合ったのを見届けると、塩おにぎりを食べたのだった。
 口にした瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を感じる。手で口を覆うと、目が飛び出しそうになるほどに大きく見開いたのだった。

「金魚さんっ!!」

 どこから取り出したのか猫じゃらしでハルと戯れていた金魚は、興奮した莉亜の声にぎょっとしてたじろいだようだった。それはハルも同じだったようで全身の毛を逆立てて飛び上がると、莉亜たちから離れて遠くのテーブル席の下に逃げ込んでしまったのだった。

「い、いかがなされましたか……? 莉亜様」
「この塩おにぎりに使われている塩について、もっと詳しく教えてくださいっ!!」

 その後、金魚が手伝う店を出た莉亜は興奮したまま図書館に戻る。今度向かった先は四階の郷土史ではなく、三階にある専門書のコーナーであった。郷土史コーナーの比ではない混雑した専門書の書棚を探し歩くと、ようやく目的の本を数冊見つける。片っ端から読んでは次の本を取りに行くが、目的となる本の書棚が点在しているため、この移動時間さえもどかしく感じられる。そんな焦れる思いを抱えつつ、持参したメモ帳にメモを取って行く内に自信が漲ってくるようだった。
 これまで思考を遮っていた濃い霧が晴れて、遠くまで見通せるようになった時の血沸き肉躍るような気持ち。
 蓬とセイの話を知ってから、ずっと抱いていた疑問に対する答えを見つけられたからだろうか。

(これなら私にも作れるかもしれない。蓬さんとセイさんの思い出のおにぎりを……!)
 
 莉亜の中で確信めいたものがあった。今ならあの時の青年の言葉を果たして、蓬に教えられるかもしれない。
 蓬が作るおにぎりとセイが作るおにぎりの違いを――。