こう見えても莉亜は大学で史学部に在籍している。地域に関する過去の文献を調べるとなれば、自分が在学する大学の図書館や信憑性が不確かなインターネット検索よりも、地元の公共図書館の方がその地域について書かれた郷土史を多く所蔵していることを知っている。
そこで引っ越しをしてから、初めて近所の公共図書館に来たのだが――。
(甘く見ていたかも。まさか郷土資料をこんなに置いているなんて……)
地元にあった老朽化した公民館を改装した小さな図書館を想像していたからか、大型商業施設に似たオシャレなデザインの図書館に絶句してしまう。都会の図書館とは全てこんな洗練されたデザインなのだろうか。田舎者の自分が場違いに思えて、眩暈までしてくる。それでも図書館の前にいつまでも突っ立ている訳にもいかず、莉亜は覚悟を決めると図書館に足を踏み入れたのだった。
セイの話を聞いた数日後、大学が休みなのをいいことに莉亜は最寄駅から電車で二駅隣の公共図書館にやって来た。莉亜が一人暮らしをするアパートや通学する大学を含んだ地域一帯を統括する図書館だけあって、館内は天井も高く、広々とした四階建て構造となっていた。
一階に小さなカフェスペースと催し物の際に使用する多目的ホール、二階に絵本や児童書などの子供向けコーナーとCDやDVD等の視聴覚資料を置いており、視聴エリアもあった。三階には小説や専門書などの一般書に加えて、多種多様な雑誌と新聞もあった。どのフロアも全体を使い、各書棚の間を大きく開けることでゆとりを持たせているからか、窮屈さを一切感じずに快適に過ごせそうであった。
目的の郷土史は四階にあったが、フロア全てが郷土史コーナーとなっており、地理や歴史、民俗、食文化、祭事、自然、写真集などが、それぞれ書棚ごとに分かれていた。
学生が宿題をしに来ているのか、それとも近隣住民や研究者が調べ物に来ているのか、開館直後の時間帯にもかかわらず、窓際近くの閲覧席は山ほどの本を持った人たちで埋め尽くされていた。貸出や検索を行うカウンターには図書館職員が数名いたが、ひっきりなしに訪れる利用者の対応に追われているようだった。
先に莉亜は書棚に向かうと、目的の本を探す。探している本は二種類。この辺りの河川や水道に関する本と蓬やセイに関する手掛かりが書かれた本であった。ただし、後者については記録が散逸しているとのことだったので、豊穣の神として祀られていた蓬よりもセイの生家である神社に関する記述を中心に探すつもりであった。
郷土史の中には各市町村に建つ神社についてまとめられた本がある。どこにどのような神社があり、どんな役割を果たしているのか、またはどのような神を祀っているのかをまとめた台帳のようなものであった。
かつて祖父が存命だった頃に、幼い莉亜はその本を何度も読んでいた。一番読んだのは祖父の神社に関するページだったが、それ以外でも他の神社の紹介や各地で祀られている神の役割、歴史を知るのが楽しかったというのもある。拝殿や鳥居、狛犬やお稲荷さんの写真が付いていたので、子供でも飽きずに読める内容だった覚えがある。
おそらく、莉亜が読んだのと同じような本が郷土史コーナーのどこかにあるはずだが、果たして見つかるだろうか。特に今回探しているセイの神社は、力を使い果たした蓬が眠っている間に合祀して無くなったらしいが……。
そんなことを考えながら、新古本が所狭しと並べられた郷土史のフロアを順繰りに見ていく内に、ようやく目当ての地域祭祀や祭礼に関する書棚に辿り着く。莉亜が探していた近隣の寺社についてまとめられた本はすぐに見つかった。その場で開いて、目次から探そうとして手が止まる。
(そういえば、蓬さんから神社の名前を聞いてなかった……)
セイに関する記憶以外を全て失ったと話していたので、おそらく自分が信仰されていた神社の名前も忘れてしまったのだろう。合祀した際に名前も変わった可能性があるので、まずは元となるセイの一族が宮司を勤めていたという神社から探し出さねばならない。
それならと巻末に掲載されている廃社となった神社の一覧を開いたものの、途方もない数に目眩がした。明治時代の末期に政府が打ち出した神社合併政策によって、セイの神社のように廃社となった神社は非常に多い。情報も少なく、明治時代に廃社となった数多の神社の中からセイの神社を探し出すのは至難の業と言えるだろう。もっと別の角度から情報を探す必要がある。
そこで考えたのが、当時発行された新聞の記事であった。図書館に設置されているパソコンを借りて、セイの神社やセイが遭遇した馬車事故について検索をしたものの、それらしき新聞記事を見つけることは出来なかった。閲覧できるものは、主だった事件や事故、政府の政策、地方行政のみであった。直接的な情報はなかったものの、その代わりにセイの神社と蓬を祀っていた本殿があったという土地の区画整理に関する興味深い新聞記事を見つけられたのだった。
(この地図、もしかして……)
新聞記事には区画整理の内容や対象となる地域を記した絵図が掲載されていた。そこで莉亜はスマートフォンを取り出して地図アプリを立ち上げると、蓬の店に通じる入り口がある公園近辺の地図を表示させる。パソコンの絵図とスマートフォンの地図を横に並べて見比べた莉亜はあることに気付いたのだった。
(公園から離れたところに大きな川がある。この川を目印として地図を見比べれば、セイさんの神社が判明するんじゃない?)
絵図と地図で共通点を見つけてしまえば、捜索は簡単になった。莉亜は郷土史の地理を集めた書棚から明治時代の地図を持ってくると、先程見つけた大きな川と区画整理の対象となった地域をスマートフォン上の地図と重ね合わせる。思った通り、区画整理が行われた地域に神社は数社建っていたものの、今の公園がある場所に立っていた神社は一社しかなかった。地図には「彦根神社」と記されていた。
(この彦根神社が、セイさんの神社なのかな)
莉亜はもう一度最初に読んだ神社についてまとめられた本を取りに行くと、廃社となった神社一覧のページを開く。確かにその中に彦根神社の記載があった。
そこには五穀豊穣と商売繁盛の神を祀る神社という説明と共に、明治時代末期に合祀されたことが書かれていた。また合祀後の神社名も書かれていたので、ついでに探してみると、数年前に完全に廃社となったことが書かれていたのであった。
神社の名前が判明したので、もう一度神社名で本と新聞記事をそれぞれ探す。彦根神社で行われた祭事について書かれたものはいくつかあったが、セイに直接繋がるような情報は何も得られなかったのだった。
そこで引っ越しをしてから、初めて近所の公共図書館に来たのだが――。
(甘く見ていたかも。まさか郷土資料をこんなに置いているなんて……)
地元にあった老朽化した公民館を改装した小さな図書館を想像していたからか、大型商業施設に似たオシャレなデザインの図書館に絶句してしまう。都会の図書館とは全てこんな洗練されたデザインなのだろうか。田舎者の自分が場違いに思えて、眩暈までしてくる。それでも図書館の前にいつまでも突っ立ている訳にもいかず、莉亜は覚悟を決めると図書館に足を踏み入れたのだった。
セイの話を聞いた数日後、大学が休みなのをいいことに莉亜は最寄駅から電車で二駅隣の公共図書館にやって来た。莉亜が一人暮らしをするアパートや通学する大学を含んだ地域一帯を統括する図書館だけあって、館内は天井も高く、広々とした四階建て構造となっていた。
一階に小さなカフェスペースと催し物の際に使用する多目的ホール、二階に絵本や児童書などの子供向けコーナーとCDやDVD等の視聴覚資料を置いており、視聴エリアもあった。三階には小説や専門書などの一般書に加えて、多種多様な雑誌と新聞もあった。どのフロアも全体を使い、各書棚の間を大きく開けることでゆとりを持たせているからか、窮屈さを一切感じずに快適に過ごせそうであった。
目的の郷土史は四階にあったが、フロア全てが郷土史コーナーとなっており、地理や歴史、民俗、食文化、祭事、自然、写真集などが、それぞれ書棚ごとに分かれていた。
学生が宿題をしに来ているのか、それとも近隣住民や研究者が調べ物に来ているのか、開館直後の時間帯にもかかわらず、窓際近くの閲覧席は山ほどの本を持った人たちで埋め尽くされていた。貸出や検索を行うカウンターには図書館職員が数名いたが、ひっきりなしに訪れる利用者の対応に追われているようだった。
先に莉亜は書棚に向かうと、目的の本を探す。探している本は二種類。この辺りの河川や水道に関する本と蓬やセイに関する手掛かりが書かれた本であった。ただし、後者については記録が散逸しているとのことだったので、豊穣の神として祀られていた蓬よりもセイの生家である神社に関する記述を中心に探すつもりであった。
郷土史の中には各市町村に建つ神社についてまとめられた本がある。どこにどのような神社があり、どんな役割を果たしているのか、またはどのような神を祀っているのかをまとめた台帳のようなものであった。
かつて祖父が存命だった頃に、幼い莉亜はその本を何度も読んでいた。一番読んだのは祖父の神社に関するページだったが、それ以外でも他の神社の紹介や各地で祀られている神の役割、歴史を知るのが楽しかったというのもある。拝殿や鳥居、狛犬やお稲荷さんの写真が付いていたので、子供でも飽きずに読める内容だった覚えがある。
おそらく、莉亜が読んだのと同じような本が郷土史コーナーのどこかにあるはずだが、果たして見つかるだろうか。特に今回探しているセイの神社は、力を使い果たした蓬が眠っている間に合祀して無くなったらしいが……。
そんなことを考えながら、新古本が所狭しと並べられた郷土史のフロアを順繰りに見ていく内に、ようやく目当ての地域祭祀や祭礼に関する書棚に辿り着く。莉亜が探していた近隣の寺社についてまとめられた本はすぐに見つかった。その場で開いて、目次から探そうとして手が止まる。
(そういえば、蓬さんから神社の名前を聞いてなかった……)
セイに関する記憶以外を全て失ったと話していたので、おそらく自分が信仰されていた神社の名前も忘れてしまったのだろう。合祀した際に名前も変わった可能性があるので、まずは元となるセイの一族が宮司を勤めていたという神社から探し出さねばならない。
それならと巻末に掲載されている廃社となった神社の一覧を開いたものの、途方もない数に目眩がした。明治時代の末期に政府が打ち出した神社合併政策によって、セイの神社のように廃社となった神社は非常に多い。情報も少なく、明治時代に廃社となった数多の神社の中からセイの神社を探し出すのは至難の業と言えるだろう。もっと別の角度から情報を探す必要がある。
そこで考えたのが、当時発行された新聞の記事であった。図書館に設置されているパソコンを借りて、セイの神社やセイが遭遇した馬車事故について検索をしたものの、それらしき新聞記事を見つけることは出来なかった。閲覧できるものは、主だった事件や事故、政府の政策、地方行政のみであった。直接的な情報はなかったものの、その代わりにセイの神社と蓬を祀っていた本殿があったという土地の区画整理に関する興味深い新聞記事を見つけられたのだった。
(この地図、もしかして……)
新聞記事には区画整理の内容や対象となる地域を記した絵図が掲載されていた。そこで莉亜はスマートフォンを取り出して地図アプリを立ち上げると、蓬の店に通じる入り口がある公園近辺の地図を表示させる。パソコンの絵図とスマートフォンの地図を横に並べて見比べた莉亜はあることに気付いたのだった。
(公園から離れたところに大きな川がある。この川を目印として地図を見比べれば、セイさんの神社が判明するんじゃない?)
絵図と地図で共通点を見つけてしまえば、捜索は簡単になった。莉亜は郷土史の地理を集めた書棚から明治時代の地図を持ってくると、先程見つけた大きな川と区画整理の対象となった地域をスマートフォン上の地図と重ね合わせる。思った通り、区画整理が行われた地域に神社は数社建っていたものの、今の公園がある場所に立っていた神社は一社しかなかった。地図には「彦根神社」と記されていた。
(この彦根神社が、セイさんの神社なのかな)
莉亜はもう一度最初に読んだ神社についてまとめられた本を取りに行くと、廃社となった神社一覧のページを開く。確かにその中に彦根神社の記載があった。
そこには五穀豊穣と商売繁盛の神を祀る神社という説明と共に、明治時代末期に合祀されたことが書かれていた。また合祀後の神社名も書かれていたので、ついでに探してみると、数年前に完全に廃社となったことが書かれていたのであった。
神社の名前が判明したので、もう一度神社名で本と新聞記事をそれぞれ探す。彦根神社で行われた祭事について書かれたものはいくつかあったが、セイに直接繋がるような情報は何も得られなかったのだった。