カーテンより溢れてくる光は、朝の訪れを優しく知らせてくれる。
 後藤くんはずっと私に肩を貸してくれて、ただ側に居てくれた。

 私は明るい日差しに導かれるようにスッと立ち上がり、一人歩き出す。

「先輩」
 私を呼び止める優しい声。
「俺は先輩の味方ですから」
「……ありがとう」
 振り返らず、目から溢れてくるものを拭い、私はそのまま歩いて行く。
 いつまでも逃げているわけにはいかない。
 向き合わないといけない。
 彼とも、この現実とも。

 妊娠検査薬を手に取りボーと眺めていると、少しずつ浮かんでくる線。
 それは。

「ああ……」
 力が抜けた私は、気付けばボロボロと涙を溢していた。

 落ち着いた頃にそれらを片付けて後藤くんの元に戻ると、彼は私に問い詰めることなくそのままベッドに保たれて座っていた。
 その横に座り、彼に寄り添って一言。
「妊娠、していなかった」と事実を告げた。

「良かったですね。本当に……」
 私の肩を抱き、優しく摩ってくれる彼に申し訳なさを感じる。
 本来なら命が芽生えることは何よりも尊いことなのに、それを根底から否定させるなんて。

「私、帰るね」
「ダメですよ。また……」
「ううん。帰る。私バカだから、今じゃないと別れを告げられないと思うの。だから、今から話をしてくる」

 私を縛り付ける為に妊娠させようとしたくせに、いざとなれば俺はどうなるんだと、子供の命を蔑ろにした。
 そんな彼の本性を知った瞬間に、私はやっと目醒めてこの人から離れなければならないと気付いた。
 今まで暴力を振るわれても後に優しくされて絆されていたけど、これだけは許せない。
「もし妊娠していたら堕ろせ」。そう言われたことは。

 立ち上がる私の動きをクイッと引き止めるもの。それは。
「俺も行きますよ」
「ダメだよ。これ以上は」
 優し過ぎるその手を、私はそっと離す。

「別れ話は危険です。他人の目がある所で、第三者が介入した方が良いですよ。ほら、行きましょう」
 そう言って引いてくれる。私の袖ではなく、手を。
 その手があまりにも優しくて温かくて、気付けば「うん」と答えていた。

 アパートから外に出れば眩しい日が差してきて、それが新たな私の人生の始まりなのだと告げてくれるように、力強くて。
 だけど私の心は、まだ。
「ごめんね。こんな姿見せて。あなたを傷付けて……」
 こんな私の手を引いて歩いてくれる彼への申し訳なさに、胸が締め付けられていた。

 後藤くんは以前より、彼から暴力を振るわれているのに気付いてくれ、別れるように諭してくれていた。
 悪態をつこうが、無視しようが、何度も何度も。

 自分が暴力に支配されていくうちに、色々と分かってきた。
 長袖長ズボンで体の傷を隠そうとすること。
 人との関わりを極力避けること。
 心が壊れて笑えなくなること。

 ……全て、彼も当てはまっていた。
 だから、彼はおそらく。

「俺に悪いと思ってくれるなら、これからは幸せに生きてください」
「……うん」
 いつもより頬が緩んだ後藤くんは、優しい眼差しで私を見つめてくれる。
 だから私は、その手を強く握り締めた。
 今度は私が、傷付いた彼の心に寄り添えるように。