徒歩五分で着いたのは単身用アパートで、やはり一人暮らしだった。
 やすがにヤバいと感じた私は。
「ごめん。やっぱり……」
 そう小さく呟いたけど、私の有無を言わせずに後藤くんはぐいっと引っ張ってくる。
 そんな強引な態度に、やはり私は強く断れない。
 彼がいるのに。ダメだと分かっているのに。
 一人になりたくなくて。
 気付けば手の力は、また抜けていた。

 開かれたドアの先はワンルームで、テレビにローテーブルにベッドとシンプルな部屋だった。
 ベッドを背もたれに座らせてもらうと、テレビをつけて離れて行き、グラスに入ったお茶を持って来てくれた。
「ありがとう」
 彼から顔を背け、マスクをずらして一気に飲み干す。
 するとカラカラだった口内に、潤いが与えられた。
 緊張と押し寄せる不安から喉がよく乾き、それを潤わせるものを求める。
 それはまるで、私の心のようだった。

「これ」
 次に彼が差し出してきたのは、タオルに包まれた枕タイプの大きい保冷剤。
「……え?」
 気付かれたのかとビクンとなるが、彼の手にもそれは握られていた。
「すみません。冷房代節約の為に、我が家では保冷剤使用してまして……」
 そう言い頬に当てる姿に、私も習ってマスク越しに当てると冷たくて気持ち良く、この痛みも苦しみも和らいだような気がした。

「……また、喧嘩ですか?」
「うん。はは」
「どうしました?」
「つまらないこと」
 嘘だ。本当は、今後の人生がかかっているぐらい重要なこと。なのに彼は……。

「確か、一つ年上の方だと言ってましたよね?」
「うん。社会人一年目。やっと試用期間が終わって、仕事覚えて落ち着いてきた頃かな」
 十一時台のニュースをボーと見ながら、軽く答える。

「一緒に暮らしているのですか?」
「半同棲って感じ? 彼が社会人になって、なかなか一緒に居られないから、彼が私のアパートに寄っていくようになって。それで……」
 気付けば、口はパクパクと動いているのに声は出ず、私の口は言葉を発せなくなっていた。
 先程までのことが脳裏に霞んできて、体が防衛反応を起こしているようだった。

「……シャワーどうぞ」
「えっ!」
 頭に隕石が落ちてきたのかと思うぐらい衝撃的な一言に、裏声が出てきた。
 後藤くんのありえないフレーズに、保冷剤により冷やしていた頬は一気に熱くなる。
 え、待って。どうゆう意味。
 ドクンドクンと心臓が鳴り響く中、ゆっくり彼の方に顔を向ける。
「すごい汗なので。このまま寝るのは……」
「そ、そうだよね!」
 不自然なぐらい声を張り上げ、慌てて立ち上がる。
 バカバカバカ! 何、勘違いしちゃってるの! 私は!

 お風呂場に向かいながら、火照ったことにより体全体がズキズキと痛んでくる感覚に、思わず腕を摩る。

 お風呂場の鍵を閉めた私は、途端に大きな溜息を吐いていた。
 付き合ってもいない異性の部屋に上がり込み、しかもお風呂場を借りることになるなんて。
 とんでもないことになってしまった。
 ……いや。ちょっと待って! なんでシャワー浴びるの? このまま寝る? なんで、泊まる前提なの!
 いやいやいや。おかしい、おかしい。
 大体こんなことバレたら、私……。

 ゾクッ。
 体は震えているのに、全身は熱いという異様な感覚だった。痛い、痛い、痛い。
 顔が、腕が、足が、背中が。

 その後も痛む体全体を、どうしても体を冷やしたかった私はシャワーを浴びることにした。
 ほぼ冷水だけどこれが気持ち良くて、シャワーを終えた私は少し冷静になれた。