少し急ぎ足で来たバーの入り口で息を整える。
そして高鳴っている胸の音を静めるようにゆっくりと3回深呼吸をする。

約束の時間には少し早いけれど、彼はもういるんだろうか。
私が先だったら、それはそれで緊張してしまう。

なんて、今ここで考えても何の役にも立たないことを考える。

「ここにずっと居たって、なんにもならないよね、」

小さく独り言をつぶやく。
そして手櫛で髪を軽く整え、覚悟を決めて、ゆっくりとドアを開けた。


カランコロンッ。ドアが、私の心とは反対に軽快な音を鳴らす。
そして次に耳にした言葉は、この1週間ずっと待ちわびていた声。

「お姉さん。お疲れ様、待ってたよ。」

彼の声だった。
たった1週間会わなかっただけだけなのに、ものすごく待ちわびていて、欲していた声だった。
今日で会うのは2回目だというのに。

そんなことを脳内で考えながら、彼に声をかけた。

「ごめんね。待たせちゃったよね。」

「ううん、全然待ってないよ。僕もさっき着いて少し一息ついたころだったからタイミングばっちり。」

そういってにこやかに笑った笑顔は、夜の静かなバーには似合わないぐらいにまぶしかった。

彼は、前回座っていた正面の席ではなくそのひとつ右隣に座って居た。
つまり、いつも私が座っている席の隣。
これは、隣に座るべきなのだろうか。いや、変に意識しているとは思われたくない。
そう思い、私はいつもの席、彼の隣へと腰かけた。

「お姉さん、何飲む?」

隣に座っていることには何も触れず、そう聞いてきた。

「うーん。最初はいつも通りカルーアミルクかな。」

「お姉さん、カルーア好きなんだね。前回も飲んでた。」

「気づいてたの?さすがカクテル好きだね。」

「まぁね。じゃあ僕はスクリュードライバーでも飲もうかな。
すみません。この2つ、お願いします。」

他愛のない話と同時に、彼は私の分と自分の分を2つ頼んでくれた。またしても私の知らないお酒だった。

「前回も思ったけど、本当に詳しいんだね。私今のカクテル、初めて聞いた名前だった。」

「まぁ確かに有名なカクテルではないのかも。けど、名前や言葉が好きで飲んでいるんだ。」

「言葉って、名前の響きってこと?」

「ううん、違うよ。カクテル言葉って、お姉さん知らない?」

「知らない…。カクテルって、言葉があるの?」

「そう。カクテルっていう大きな括りじゃなくて、カクテルひとつひとつに意味があるんだ。
花言葉っていえば、想像しやすいかな。そんな感じで全部違う意味合いを持ってる。僕はカクテル言葉の存在を知って、調べていくうちにカクテルについて少しだけ詳しくなったんだよね。」

「そうだったんだ…。全く知らなかったから勉強になったかも。」

「それなら、これからお姉さんもカクテル言葉について知っていくのも楽しいかもしれないね。」

「あ、じゃあ、私が好きなカルーアミルクにも意味があるってことだよね。どんな意味なの?」

「んー?…秘密。」

油断していた。またあの視線に、言葉を紡ぐと同時にする仕草に見とれてしまった。