『俺……実はゲイなんだ』
衝撃の事実を告げられた10年前。私は、まだ高校に入学して間もない頃だった。
好きな人のために、同じ高校を受験したのに。その努力は彼のたった一言で粉々に砕け散った。
それくらい、衝撃的だった。
今どき、同性愛なんて珍しくないのにそれを受け入れることはできなかった。それくらいまだまだ未熟な私。
彼と過ごすために頑張ったのに。彼に気持ちを伝えるために可愛くなったのに。私のこの“好き”という気持ちは、どこに吐き出せばいいのだろう。
私の恋心は……どう、処理したらいいのか。分からないまま、大人になってしまった。
***
星が瞬き始める夜の初め。
太陽が沈み、一日が終わろうとしているこの時間。だけど都会の町は眠ろうとせず、むしろ今からが本番と言わんばかりに建物がキラキラと輝き出す。
「それじゃあ、合コンスタート!カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
輝いている建物のひとつ、居酒屋に集まった男女3人ずつ、計6人はビールを片手に目の前の出会いに胸を踊らせていた。
その中の1人、私、藍田茉優(あいだまゆ)は誰にも聞こえないようにため息をつく。
「茉優、今日のメンバーどう?かなりイケメン集まったんじゃない?この中からだといい人いそうだよね?」
視線を下にしてビールを眺めていると今日の合コン主催者の葉月(はづき)が話しかけてくる。私はハッとして愛想笑いを浮かべた。
「う、うん。そうだね」
「今日こそ彼氏作るぞー!茉優もそろそろ考えなきゃ!友達くらいにはなっときなさいね!」
気分が乗らない私とは裏腹に葉月はイケメン達をみて鼻息を荒くする。葉月はこの間長く付き合っていた彼氏と別れたばかり。そのせいか焦りもあって急遽、この合コンが開催された。
ツテを使ったのか、色んな職業の男性がいる。確かに顔立ちは整っていてイケメン。だけど私はそんな人達を見ても何も思わない。
今年で26歳になる私は結婚を考える時期なんだろうけど、どうしてもその気にはなれなくて。この合コンも断ったのに葉月から無理やり連れてこられた。
私は一生結婚しなくていい。
“好きな人がいるのにいないから”、ほかの人なんてどうでも良い。私はたった1人に振り向いて欲しかった。
それだけなのに。この恋心は捨てなきゃいけないのに。どうしても……消えてはくれなかった。
「ねぇ、茉優ちゃん……だっけ?楽しんでる?」
「……まぁまぁ……」
誰とも関わらないように隅っこで大人しくビールを飲んでいると、1人の男性に話しかけられる。
私はいきなりの名前呼びに不審に思いながらも無愛想に返した。この人は確か……夏川隼人(なつかわはやと)さん、だっけ?
さっき自己紹介したけど、名前がうろぼえ。元々覚える気はなかったけどさすがに失礼だと思って聞き流す程度に覚えていた。
「そう?あまり乗り気じゃないっぽいから。もしかして具合悪いのかなって思っちゃった」
「いや……あはは。体調は大丈夫です」
夏川さんに図星をつかれ、ドキッとする。いけない。そんなに顔に出ていたかな。
いい大人なんだから周りに合わせるくらいしなきゃとは思っているんだけど、どうやら気持ちは正直だったらしい。
「なら良かった。あまり無理しないでね。気分悪くなったら途中で抜けてもいいから」
「ありがとうございます」
無愛想に返事を返したのに、優しくしてもらって。なんか情けないな……。
周りに合わせられない自分に嫌気がさす。
今日初めて会う人に気を使わせてしまったよ。
「茉優ちゃんはずっと彼氏いないの?」
「……はい。そうです。あんまりいい出会いがなくて……」
そこから流れで夏川さんと話すことになった。最初はお互い遠慮気味に話していたけど、途中から緊張せずに話すことが出来て。
なんだか楽しいと思ってしまった。
周りは周りでもうペアができ始めていて。なんだかんだでこの合コンは盛り上がっていた。
私も夏川さんと話すのは落ち着くし、楽しいと思った。もし、もしも。この人のことを好きになれたら、とても幸せだろうな……。そんなことまで思い始めた。
だけど、その気持ちを遮るかのように別の淡く、切ない気持ちが邪魔をする。
あの人の恋心なんてもう忘れなきゃ……。
そう思う度に昔の“傷”が疼く。
ズキズキ、と胸が痛む。
ーーピコン。
「……スマホ、なりましたよ?」
「ああ……。ごめん。ちょっと失礼」
複雑な気持ちを抱えながら夏川さんと話していると、テーブルに置いてあった彼のスマホが震える。
おそらくメッセージを受信したのだろう。パッと光った画面にメッセージを受信したマークが表示されていた。夏川さんは、私に断りを入れるとスマホを取り、何かを打っている。
その様子を見ながらビールを飲みながら待つ。
「終わったよ。途中で遮ってごめんね」
「いえ。そのメッセージ、もしかして彼女さんからですか?」
「え?」
「……すみません、メッセージ受信した時ちらっとアイコン見えて……。可愛い犬の写真があったんで」
私の言葉に驚く夏川さん。
実はメッセージを受信した時にちらっとアイコンを見てしまった。女の勘で、多分彼女だろうなと思った。それに、メッセージを返してる時、夏川さんの表情が嬉しそうだった。
「……そうなんだ」
「す、すみません。不躾に……」
「いや、気にしてないからいいよ。まぁ、半分当たりで半分ハズレかな」
「へ?」
夏川さんの反応に反射で謝る。
だけど、夏川さんの不思議な言葉に次は私が驚いた。
「俺、実は……ゲイなんだ。男しか愛せない体質でさ」
「……え?」
夏川さんの衝撃的事実に息を飲む。そして、心臓が大きく反応した。ドクンドクン、と激しく脈打つ。
「この合コン、実は人数合わせで付き合わされて」
小声でポツリポツリと話す夏川さん。
私を見ながら申し訳なさそうに眉を潜める。
「黙っててごめんね。さっきのメッセージは俺の恋人から。優しくてかっこいいやつなんだ」
「…………」
恋人のことを思い出しているのか、はにかむように笑う夏川さんはとても幸せそう。
この打ち明けられた事実が、昔の記憶と勝手に重なる。
10年前。私の幼なじみで“好きな人”からもゲイだと打ち明けられた。その姿が目の前の夏川さんと重なった。
心臓が嫌なくらいにドキドキと反応している。
「茉優ちゃん?大丈夫?」
「大丈夫……です」
思い出してはいけない感情を思い出したかのように、激しく気持ちが揺さぶられる。
「……茉優ー!そろそろ二次会行こうかって話しなったけどどうする?」
情報量が多すぎて周りが見えていなかった。葉月に話しかけられ、意識を取り戻すけど二次会なんてとてもじゃないけど行ける気分ではない。
「ごめん、私パス……帰る」
「えー。んじゃ、夏川くんは?」
私の返事に不満を持ったけど夏川さんに話しかける葉月。その隙に荷物をまとめ、席を立とうとする。
「悪い。俺もパス。恋人が家で待ってるから」
夏川さんの言葉にみんなきゃーとか叫んでいたけど私はそんなことはお構い無しにその場を去る。葉月には申し訳ないけど、帰ろう。
「待って。駅まで送るよ」
早く帰りたくて足早に歩いていると夏川さんに追いつかれてしまい、一緒に駅まで行くことに。
何故かこぼれ落ちそうになる涙を抑えてながら黙々と夏川さんの隣を歩いた。なんだか嫌な予感がして、これ以上一緒にいては行けないと思うのに。
離れられないのはなんでだろう。
「……茉優ちゃんさ、もしかして好きな人いるの?」
もうすぐ駅に着く頃。
唐突に夏川さんに聞かれ、足を止める。
「……なんで、ですか?」
「いや……なんとなく?」
悪気なく答える夏川さん。
確かに、私には好きな人がいる。幼なじみで、優しくてかっこいい人。だけど彼は……彼との恋は叶わない。
だって……私の好きな人は、あなたと同じ“ゲイ”だから。どれだけ好きな気持ちを持っていても届かない。
そんな人に、恋をしてしまったのだ。
「……まぁ、いいや。今日は楽しかった。気をつけて帰ってね」
しばらく見つめあったあと、夏川さんが私から離れていく。その姿をぼーっと見つめながら、私は静かに涙を流した。
そして……。
「隼人!」
夏川さんに1人、走りよる姿が見えた。その姿を見て、目を大きく見開く。そして、私は息をすることも忘れて見つめた。
「……しゅ、ん……」
……そう。
夏川さんに駆け寄ったのは、私の幼なじみで大好きだった人。ここにいないはずなのに、何故か夏川さんに笑いかけていて。
もう、わけが分からなくなった。
涙が止まらない。なぜ、あなたがここにいるの?なぜ、今になって目の前に現れるの……?
久しぶりに見たシュンの顔は変わらなくて。でも、どこか大人びていた。
シュンは私に気づかないのか、そのまま夏川さんという2人で駅の奥へと消えていく。まるで、この恋心の終わりを誘うかのように、跡形もなく消え去った。
真夜中の駅のホーム。
私は電車に乗ることもせず、ただひたすらに泣き続けた。
もう、忘れようと思っていたのに。
神様はどこまでも意地悪だ。昔の恋心がまた疼き、夜風が昔の記憶を宥める。
「う、ぁ……シュン……好き。好き、だよぉ……。私のこと、見てよぉ……」
届きもしないこの思いは、夜の闇に溶けていった。このまま私の恋心も消えればいいのに。
なんて、そんな叶うはずもない願いを星に願う。
シュンが幸せならそれでいい。
いつか、そう思える日が来るのだろうか。その日まで、この恋心が消えるのだろうか。
どうか……この恋心を、誰か消して。
そう、願わずにはいられなかった。
この恋心を……終わりにしてください……。
【終わり】