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 桐生紫苑とは、高校一年生から二年生まで同じクラスに所属していた。

 私の胸中に密かに宿る恋慕の情を除外すれば、彼とは私の数少ない親しい友人と言う関係だ。

 しかし当時、圧倒的なカリスマ性と可憐な美貌を誇るマドンナ的存在、一学年上の高嶺有栖先輩が、彼を彼氏候補として狙っていた。



『紺野さん、協力宜しくね…!』


 高嶺先輩は、私を放課後の屋上まで呼び出し、ギラっと光らせる肉食獣の鋭い審美眼を私に向け、頼み込む。

 顔面に貼り付けられた腹黒い魅惑の微笑みに私は抗える筈も無く、引き受ける以外に成す術は無かった。



 “逆らえば虐められる…”

 その時、憶えた恐怖心は並大抵のものでは無く、彼女の願いに尽力することを決意したのも、そんな酷く臆病で虚弱な草食動物の防衛本能に従っての選択で有った。


 極力、彼との会話を極力避け、二人きりの空間にならぬ様に細心の注意を払う代わり、紫苑くんと高嶺先輩を引き会わせたり、半強制的に交換されたLIMEで、情報共有するなど彼女の為に奔走する。


 しかし、どこまでも無邪気な彼は決して空気を読まず、私の異変を察し、いつにも増して詰め寄る様に話しかけて来る様になった。

 困惑し果てた時、クラスメイトから人生初の告白を受け、私は彼を忘れる為、新たな恋を追求しようと躍起となる。

 しかし、名前を思い出そうとするだけでも過呼吸になる“彼”の正体は、罵倒を重ね暴力を振るう、他の女子生徒にも何又もかける屑男。


 友人の居ない私は、高校中の公然の秘密を知らず、心身共にボロボロと壊れて行き、自分の精神状態に危惧を感じる程にまで体調を害すと、彼が誠実な男で無かった事をある意味、幸運だと感じるまでになる。