数日後、芽夢ちゃんのSNSが更新された。
 六年付き合ってた彼氏と別れた〜、という投稿を最後に、私は芽夢ちゃんのフォローを外した。

 次の日、海斗くんからメッセージがきた。

『芽夢ちゃんと別れた〜。ご迷惑をおかけしました〜』

 私はしばらく悩んだ後、次の恋頑張ろ〜、と返信をした。
 そんなことを言っている私は、六年前の恋を引きずっているのだから笑えない。

 私が海斗くんを運命の人だと信じていたように、海斗くんにとっての芽夢ちゃんも、きっと運命の人だったはずだ。
 そう簡単に次の恋になんていけるはずがない。

 でも海斗くんからは、『頑張る!』と前向きな返事がきた。
 今でも過去にしがみついている私とは大違い。

 二人が別れたからといって、私が海斗くんの彼女になれるわけじゃない。
 私は海斗くんの運命の人じゃないから。
 きっとどんなに背伸びをしても、海斗くんの彼女にはなれないのだ。

 それでもあの一夜は無駄じゃなかった。

 あの夜をきっかけに、海斗くんと芽夢ちゃんは別れ、私は海斗くんの飲み友だちになった。
 ときどき会って、お酒を飲みながら話をする。
 飲み友だちになってから半年ほど経つけれど、二人の関係に進展はない。

 それでも私は幸せだった。
 また海斗くんと話ができる。
 他愛のないメッセージのやりとりだってできてしまう。
 今までは年に一度の誕生日にお祝いして、スタンプが返ってくるだけだったんだから、幸せすぎるくらいだ。

「咲子〜、聞いてる?」

 ふいに声をかけられて、私は目をまたたかせる。
 呼びかけられていたのに気づかないくらい、考えごとに集中してしまっていた。

「全然聞いてなかった……」
「疲れてんの? 平気?」

 心配して私の顔色を確認する海斗くん。
 顔の距離が近くて、あの夜の出来事を思い出してしまう。
 出来事っていっても、何もなかったわけだけど。

「平気〜。ごめん、何の話だったの?」
「ん〜、咲子は好きな人とかいるのー、って話?」
「恋バナじゃん! やだよ!」

 私の返しに、海斗くんは首を傾げる。
 当然の反応だと思う。
 恋の話を嫌がる大学生の女子なんて、私くらいかもしれない。

「咲子は俺のしょうもない話を聞いて、身体張ってアドバイスしてくれたじゃん。俺も咲子の話聞きたいな〜って」
「え〜、いいよー」
「やだ〜、話してくださーい」

 身体を張ったアドバイス、というけれど、あのときの私はずるい考えを持っていた。
 一晩だけでも、海斗くんのものになりたい。

 結局、自分でそのチャンスをぶち壊したのだから、やっぱり私はバカなんだけど。

 話題を変えようと思ったけれど、海斗くんは頑なだった。
 私は仕方ないなぁ、と呟き、名前を伏せて話し始める。

「好きな人はいるよ? ずっと好きで、その人しか好きになれなくて、運命の人、って勝手に思ってるんだけどね」
「うんうん」
「でもその人の運命の人は、私じゃなかったみたい」

 失恋確定、はいこの話終わり! と無理矢理終わらせようとすると、海斗くんがレモンサワーのジョッキを見つめて黙り込む。

 まさか、バレちゃった……なんてことはないよね?
 名前も伏せてるし、ほとんど情報は伏せてるもんね?

 心配になって、海斗くん? と呼びかけると、海斗くんのまっすぐな瞳が私を捉えた。

「運命の人じゃなきゃ、だめ?」
「えっ?」
「俺もさぁ、芽夢ちゃんのこと、運命だと思ったことあったよ。でも違ったじゃん?」

 海斗くんの言葉の意味が分からなくて、私は首を傾げる。
 付き合ってみたら好きになるかも、と付け足された言葉に、私はどうかな〜、と曖昧に返した。

 だって知っているから。
 私、海斗くん以外の人を好きになれない。
 きっと一生、忘れられないの。

 海斗くんが唇を噛み、レモンサワーをぐいと煽った。
 あんまり強くないのに、一気飲みなんて珍しい。

「たとえば、俺とか」
「…………ん、?」
「浮気しないし、絶対大事にするけど……どうでしょう?」

 上目遣いに首を傾げて訊ねてくるのは、ずるいと思う。
 全然予想していなかった言葉に、私のほっぺたは真っ赤に染まった。

「返事くれなかったら、咲子の青りんごサワーも一気飲みします」
「なにそれ!?」
「潰れたらお持ち帰りしてよ」

 そんな冗談を言う海斗くんは、もしかして私の気持ちに気づいているのかもしれない。

 どうしよう。どうしよう。
 私、一生分の幸せを使い果たしてしまったかな。

 だってこの恋は叶わないはずで。
 一生忘れられない恋に、なるはずだったのに。

「……私、処女なの」

 私の飲みかけの青りんごサワーに口をつけた海斗くんは、突然の告白に咳き込んだ。
 しばらくして呼吸が落ち着くと、目を丸くして、マジで? と訊ねてくるので、私は静かに頷く。

「…………もらってくれる?」

 重くない? 大丈夫?
 面倒だって思うなら、今のうちに突き放して。

 そんな気持ちを込めて訊いたのに、海斗くんは私の手をそっと握って、はっきりとした口調で言い切った。

「ちょうだい。咲子が運命の人を忘れられるくらい、頑張るからさ」

 どうやら海斗くんは、私の気持ちに気づいていたわけではないらしい。

 私が運命の人を忘れることはないんですよ。
 これから先も、ずっと。
 海斗くんが私を大事にしてくれるなら。
 やっぱりこの恋は、一生忘れられない恋になるのだから。

 でもそんなことを言ってしまったら重すぎるから、これは『初めて』が終わるまで秘密にしよう。
 
 何も知らない海斗くんが、「咲子が好きだよ」と優しい声で言う。
 懐かしい響きに泣きそうになりながら、私は海斗くんの手を握り返した。