運命の人になれなくても

 お酒を飲んでしまったから、タクシーで移動した。
 窓の外は真っ暗。
 運転手さんはとても静かな人で、私の心臓の音だけがばくばくと鳴り響いていた。

 どことは言わないけれど、現地集合はさすがにアレだし、一軒飲みに行こうよ。

 私のそんな言葉に、海斗くんは躊躇いがちに頷いた。
 一途な海斗くんも、今日ばかりは彼女以外の女の子と飲みに行く気になったらしい。
 私としてはありがたい話だ。

 個室のある居酒屋。
 久しぶりに会った海斗くんは、髪が茶色くなっていて、顔立ちも少し大人になった気がする。
 私もメイクをしてきたけれど、酔っているし慌てていたから、いつもよりちょっと雑な仕上がり。
 でも海斗くんは、「おお、メイクしてる。かわいいじゃん」と褒めてくれた。

 もう夜も更けているから、お酒もご飯もほどほどに。
 大学の話や、共通の友だちの話をしながらも、頭の中はこの後のことでいっぱいだ。

 せっかく久しぶりに海斗くんに会えたのに。
 ずっと会いたかった海斗くんが、目の前にいるのに。

 緊張でうまく話せないのは、きっと自分のせい。
 電話で口にした言葉が、私の頭の中をぐるぐると回っている。

 しちゃおうよ、海斗くんも私と。ワンナイト。

 自分で提案したことだけど、緊張してしまう。
 何がとは言わないけれど、初めてなので。
 だけど、一夜の相手が未経験なのは重すぎるから、バレてはいけない。

「海斗くんは、浮気しようと思ったことないの?」
「ねえなぁ。芽夢ちゃん一筋だし」
「愛されてるねぇ、芽夢ちゃん」
「現在進行形でたぶん男に抱かれてるけどな〜」

 自虐的に笑いながら、海斗くんがビールのジョッキを片手に俯く。
 なんて言葉をかけたらいいのか分からずに私が迷っていると、海斗くんが私の名前を呼んだ。

「…………咲子」
「んー?」
「本当にいいの」

 言外に含まれた意味を読み取れないほど、鈍くはない。
 いいよぉ、と何でもないふりをして答えると、海斗くんはジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。

「すみません、お会計お願いします」
「割り勘でいい?」
「ダメ、払わせて」

 私がお財布を出したのを見て、海斗くんの手が遮るように目の前にかざされる。
 その手が記憶の中のそれよりも大きくて、胸の奥がキュンと鳴いた。

「じゃあ……ごちそうさまです」
「次は咲子の奢りな〜」
「よし! 高級フレンチに連れて行ってあげよう」

 どうせ『次』なんてない。
 分かっているけれど、海斗くんが私との未来を語ってくれるのが、どうしようもなく嬉しい。
 泣きそうになるのを誤魔化して軽口を叩けば、咲子ならやりかねない、と笑われてしまった。