順調に思えた私の『未来改編』だけど、思ったようにいかないこともたくさんあった。

 そもそも私の専門は『治癒』であり、『未来予知』じゃない。
 昔から、毎日を精一杯生きていた私と、『予知』は相性が悪かった。

 『未来予知』の適性は、あの男のような、冷静に世界を判断することの出来る狡猾な人間にこそ強く現われる。
 私と兄様で言えば、兄様向きの魔法なのだ。
 勿論これは兄様が狡猾というわけではなく、兄様が私と違って賢くて現実的だということだけど。

 『予知』は苦手分野。
 ただある方法を使えば、私も未来を見ることは出来た。
 それは、痛みによる『予知』。
 いつからか私は未来を見るために、あの男と同じように、自分の体に傷をつけるようになってた。
 でも私は、あの男と自分は違うのだと思った。
 だって私はちゃんと、大切な人の為に『未来』を見ている。
 あんな男と自分が同じだなんて、他人に思われたくはなかった。

 だが最悪なことに、私の行動はある日あの男にバレてしまった。
 男は、私に治癒魔法をかけた。

「女性が、体に傷を作るものではありません」

「貴方はいいの?」
 皮肉っぽく私は尋ねた。
 私の傷を治すために魔法を使うくらいなら、自分の傷を先に治せば良いのに。

「私は男ですから。それに、傷は男の勲章だと昔から言うでしょう?」
「貴方のそれは自虐趣味でしょ。……でも、一応お礼は言っておくわ。ありがとう」

 男だとか女だとか、私はそんなものに興味は無い。
 だって強化魔法を使える私は、兄様だって投げ飛ばせる。

「いつでも私を呼んでください。貴方の力になることが、私の喜びなのですから」

 男が、私の手の甲に口付ける。
 私はすぐさま手を引っ込めた。

「……二度と、貴方には頼らないわ」  
「そうしてください」

 嫌悪を顔に出した私を見て、男は愉快そうにくすくす笑った。
 私は男に背を向けた。
 そんな私に、静かな声で男が言った。

「アメリア様。――どうか、あまり無理はならさないでくださいね」

 その声はまるで、男が本当に私を心配しているかのようで――私は、一度立ち止まって男の方を振り返った。
 
 でも男は、もうそこにはいなかった。
 私は少しその場にとどまって、それからあの男の唇が触れた場所を指でなぞった。

 ――きっと、私の勘違いだ。だってあの男が私を心から心配するなんて、あるはずがないんだから。



 『未来』を見る。『未来』を変えるために、私が出来ることをする。
 その繰り返し。
 そして私は、私が望む『未来』のために、何が必要なのかを理解した。 

「ベアトリーチェ・ライゼン……?」

 死した人間を蘇らせるなんて――それは、人の領分を超える行いだ。

「私がこの世界で死ぬことで、『未来』は完成する……?」

 でもその時、やっとわかった。
 『Happiness(あのゲーム)』を作ったのが誰なのか。私が望む『未来』に、必要なものは何なのか。
 それは――私が、この世界から消えること。違う世界で一人生きること。

「兄様、姉様……。ローズ……ッ!」

 理解してしまった。
 でも私が頼れる人は、本当に私が頼れる人は、この世界にどこにもいなかった。
 私が動かなければ、みんなが死んでしまう。私が動けば、『未来』は変わる。

 もしかしたら。
 この世界に魔法なんてなければ、もしくは、これほどまでに王侯貴族に魔法を求める世界でければ、私も違う世界の兄妹みたいに、兄様に話せたのかもしれなかった。
 でも今の世界じゃ、私は、兄様に相談なんて出来なかった。

「……もし、こんな世界じゃ、なかったら」

 目の前が真っ暗になる。
 もうやめてしまおうか、と何度も思った。
 でもある日、私は『予知』の中で、『希望』を見つけてしまった。

「――『リヒト』?」

 それはとある青年が、世界の価値を変えるというものだった。
 私はその『未来』を見て、姉様の言葉を思い出した。

『私もね、子どもが生まれたらつけたい名前があるの』

「兄様と、姉様との、子ども……?」

 『紙の鳥』の復元。それは、古代魔法の復活を意味する。
 かつてこの世界にあったという魔法。
 解読不能とされる本に記されているのは、今の世界に残る魔法とは、仕組みそのものが違っている。
 それは――今のこの世界の、『魔法』の価値を変える魔法だ。

「――『リヒト・クリスタロス』」

 私の希望。私の光。その子がいつか、この世界を変えてくれるなら。
 もし、そんな存在が兄様の子として生まれるなら、兄様を後ろ指指す人間なんて、この先いなくなるだろう。
 
 赤い石。
 黒い影。
 神に祝福された子ども。
 光の聖女。
 ――私には、『未来』が見える。

「ベアトリーチェ・ロッド。ローズ・クロサイト……」

 いつかこの世界に生まれる子どもたちの名前を並べて、私は笑った。

 この命に変えても、変えたい『未来』が出来てしまった。私が愛する人を、愛する人たちが笑って過ごせる未来のために、私が出来ることを知ってしまった。
 
 そして、とうとう『その日』はやってきた。
 寒い雪の降る日に、全ては始まる。

「この国の未来のために、一緒に来て欲しい場所がございます。――国王陛下」

 兄様。
 貴方がもう私のことを『巫女』としてしか見てくれないなら、私は『巫女』として、貴方に頭を垂れたっていい。
 だって約束したんだもの。そうでしょう?

 私は、貴方の星になる。



 私は、『ベアトリーチェ・ライゼン』の命を救った。

 そして私が見た『未来』通り、『レオン・クリスタロス』と『リヒト・クリスタロス』は生まれた。

 『賢王』レオンの生まれ変わりとして兄の方は周囲の関心を集めたが、弟のリヒトに対する扱いは、兄様と同じくひどいものだった。
 二人より早くに生まれていたローゼンティッヒは、立派に育っていた。
 私譲りの強い魔力、赤い瞳の外見も、周囲にあらぬ野望を抱かせるには十分だった。

「どうして、放っておいてくれないの? 私を担ごうとしても無駄だと、どうして分かってくれないの? 私は、兄様と争うつもりなんてない」

 私はただ、自分の血を継ぐ人間が欲しかっただけだった。
 子どもは産んだが、兄様を害そうと思って始めたことじゃない。

「貴方の子どもは見目麗しい。――彼らを抑える方法を、私が教えて差し上げましょうか?」
「……何が目的なの?」
「私はただ、貴方の力になりたいだけですよ」

 あの男――神官長の助言で、私はローズに髪を染めさせた。
 私が子どもに望んだのは、人並みの幸福だけだった。

 それから数年後、ついに約束の日はやってきた。
 『ベアトリーチェ・ロッド』蘇生の副作用で、私の命の火は消えようとしていた。

「最初から、分かっていたのか? こうなることが分かっていて、お前は魔法を使ったのか?」

 兄様の問いに、私は微笑んでみた。
 大好きな兄様の中の私が、これからもずっと、笑顔であることを願って。

「兄様。それでも私はいつか、この選択が正しかったと、兄様もそう分かってくれる日が来ると信じています」

 そうだ。きっといつか、兄様だって分かってくれるはずだ。
 だって、『あの子』が変えてくれる。
 この世界も――兄様の世界だって。

「泣かないでください」
「私は泣いてなどいない。私は、私は……」

 その時私は兄様の瞳に、涙がきらめいているのを見た。
 私は、それが嬉しくてたまらなかった。 

 ――神様。私は、信じても良いのでしょうか。この世界に、愛は確かにあるということを。私が本当は、ずっと兄様に愛されていたということを。

「兄様。いつかこの世界も、魔力だけが評価される世界ではなくなります。だから、どうか忘れないでください。明るい方に、光は伸びるということを」
 
 兄様が私を見舞いに来てくれてから少しして、私はレイゼル・ロッドの薬を飲んで起き上がった。

「……行か、なきゃ」

 私には、まだやるべきことが残っている。



「母さんが死ぬなんて、嫌です」

 これからのことをローズに話すと、私の愛する息子は、珍しく泣きそうな顔をした。

「あの子を助けたせいですか? あの子が、母さんの時間を奪ってしまったのですか?」

 ローズの言葉の通り、私が死ぬ理由は光魔法の副作用だ。
 ――でも。

「あの子を責めないで。どうか、あの子を守って」
 
 残酷なことを言っているということは、自分でも分かっていた。

「いつかこの世界に魔王が復活したとき。あの子は、それを倒す要の一人となる」

 私の言葉は半分本当で、半分嘘だ。

「魔王? 復活? それは、どういう……」
「今は分からなくても、私と同じ力を持つ貴方なら、時が来ればきっとわかるわ」

 私はローズを愛していた。
 だから私は、ローズに私の思いを託した。

「最後に貴方に、『光の巫女』最後の予言を託すわ。『ユーリ・セルジェスカという少年が聖騎士として目覚めるとき、世界は光に包まれる』」
「『ユーリ』……?」
「そう。貴方は信じてくれる?」

 ローズは私の問いに、すぐに頷いてくれた。

「――俺はいつだって、母さんの言葉を信じています」

「そうね。私も、貴方のことを信じている。どうか忘れないで。どんなに遠く離れても、私が貴方を愛していることを。貴方のことを誰よりも、私が信じていることを」
 
 私は、私とローズを見つめていた『彼』に微笑んだ。

「この子のことを、頼みます」

 彼は静かに頷いた。
 私は改めて、彼に心から感謝した。
 彼に――彼との出会いに。

「私を愛してくれてありがとう。貴方が私に幸せをくれた。貴方が私に、ローズと出会わせてくれた。私の人生で、一番幸せな瞬間をくれてありがとう。――あの日、貴方と出会えて良かった」

 それが私が、彼に告げた最後の言葉だった。



「アメリア様!」
「ジル」
 
 ジルには書き置きを残して去るつもりだったけれど、彼女は手紙を読んで、急いで駆けつけてくれたらしい。
 息を荒げた彼女は、私に抱きついて叫んだ。

「私も、アメリア様と一緒に行きます!」

「……ジル」
「おいて行かないって、約束したじゃないですか。指切りして、約束したのに」
「ごめんなさい」 
 私は、彼女に謝ることしか出来なかった。

「でも駄目。貴方には、大切な家族がいるでしょう?」
 目に涙をいっぱいにためて、彼女は私を抱きしめる手に力を込めた。

「アメリア様だって、私にとって大切な人です。家族と同じくらい――……いいえ。アメリア様は、私の家族です。私が、本当に、本当に、大好きな人なんです」

 私はその言葉を、もっと早く聞けていたらと思った。
 でも私は、自分の決断を後悔はしなかった。
 だって私が導く未来は、彼女の命を救うんだから。
 そして私は彼女に願った。私の信じる彼女なら、役目を果たしてくれると信じていた。

「それに私ね、貴方にはこの世界で、頼みたいことがまだあるの。ねえ、ジル。手紙に書いた最後のお願い、貴方は聞いてくれる?」



「これで、やるべきことは全部終わったと」 

 そろそろ薬の効果が切れる。
 不完全な薬の効果にふらつきながら、私は『歪み』に辿り着いた。

「……そろそろ、私も行こうかな」

 私は、深く息を吸い込んだ。

『樹は夢を見る』
 夢見草に四枚の葉を巻いて、私は『歪み』の前に立つ。
 『未来』で見たとはいえ、不確定要素はまだ残っていた。でも、と私は心の中で繰り返した。
 幸運が私を導いてくれるなら、きっと、私は大丈夫だ。
 私が『歪み』に足を踏みいれようとした、その時だった。
 高位神官しか立ち入りが出来ない結界の張られた場所で、誰かが私を呼び止めた。

「アメリア様」

「……どうして、貴方がここに?」
 私は思わずそう尋ねていた。

「ひどい方だ。私に何も言わず、この世界を去ろうとなさるなんて」
 男はいつもと変わらぬ口ぶりで軽口を吐いて、私の手を取った。

「嫌。私に触らないで」
「――動かないでください」
 男の低い声に、私はびくりと体を震わせた。

「今のままの貴方では、『歪み』を抜けて『向こう側』に行く前に、貴方という存在は消えてなくなるかもしれない。……だから」

 男は私に魔法をかけた。

「『思いは願い。思いは祈り。思いの全ては心より生まれ、魔法もまた心より生まれる。これは私のひとしずく。――この心を、貴方に捧げる』」

「……どうして」

 ――どうして貴方が、命を削る魔法を私にかけるの?
 私の問いに、男は言った。

「……これだけが、あの男には出来なくて、私に出来ることだから」

 その男は嘘つきで、信じるには値しない人で。
 私と兄様を引き離そうとする人たちの仲間で、自分の体に傷を作ってまで高位神官になるような人で。
 狡猾な蛇のような、本心の見えない男で。
 自らの体を代償に未来を見て、『先見の神子』の再来とまでもてはやされる、被虐趣味のある『預言者』だ。
 でも思い返せば、私と出会ったばかりの頃、彼の体に傷はなかった。

『――手を』
 神殿にやってきた幼い私のために、彼が私の手を引く前までは。

「もし私が――触れた相手の未来が見えるといえば、貴方は信じてくださいますか?」
 
 ユーリ・セルジェスカがそうであるように、魔法に強い適性を持つ人間は、まれに魔法を使おうと思わずとも、無意識に発動させることがある。

「貴方の願いは叶う。貴方が変える未来で、貴方が愛しく思う人々は、みんな笑っています」

『私はいつだって、貴方の味方です』
 その時何故か私は、彼が昔私に告げた言葉を思い出した。

 美しい顔で男は囁く。まるで恋人に向けるような、甘く優しい言葉たちを。
 いつだって私をからかうように、本心の見えない笑みを浮かべて。

 私にはわからない。
 どの言葉が本当で、どの言葉が嘘なのか。
 だって私は、この男が嫌いだった。
 私が愛しているのは家族やジルたちで、その中にこの男はいない。

 だから私はこの男のことを、ずっと知ろうとはしなかった。

「……私は、貴方が嫌い」
「ええ。知っています」

「昔から……ずっとずっと、大嫌い」
「ええ。貴方の態度を見ればわかります」

「なのに、なのになんで……っ!」
「私のことを、嫌いでいてくださって構いません。だから貴方が違う世界で生まれ変わっても、どうかその気持ちを忘れないでください」

「私、私は――……」
「違う世界でもお元気で。――アメリア」

 私が言葉を紡ぐ前に、男は『歪み』の方に私の体を押した。
 意識が遠くなるその瞬間、私には男の顔が見えた。

 ああ。やっぱり嫌いだ。こんな瞬間まで、笑っている男なんて。
 あんな男、死んで生まれ変わっても、ずっとずっと大嫌いだ。

 私は忘れない。
 たとえこの命が潰えても、違う世界でたった一人、生きていくことになったとしても。
 愛した人を、愛した国を、愛した世界を、絶対に私が守ってみせる。


◇◆◇


「『Happiness』売上好調ですよ!」

 『歪み』を超えて――私は無事、異世界に転生した。

 今度の人生は最初だけ少しハードモードで、私は一度親に捨てられたものの、その後子どものない夫婦に引き取られ、愛されて育った。
 そして私は五人の求婚者に――……いや、この話は今は置いておこう。

 私は予定通り、異世界で『乙女ゲーム』を作った。
 タイトルは、昔自分が書いた小説と同じ『Happiness』だ。

「私の推しはベアトリーチェなんですけど……。やっぱり、ちょっと影があるキャラっていいですよね。勿論リヒトやユーリたちもいいなって思うんですけど……。大人の魅力というか、言葉に出来ない魅力があってですね! ……そうだ。大人の魅力といえば、メイジス・アンクロット! 彼を攻略したいという声もあったんですが、今後攻略可能になったりするんですか?」

「いやあ……。メイジスさんは奥さん一筋だからそれはないかな? 息子ポジもいるしね」

 新しい世界で、私の仕事は『シナリオライター』というものだ。
 仕事仲間である彼女の質問に、私は苦笑いした。

「なるほど、息子ポジ……。奥さんと同じ名前って、なかなか運命的ですよね。そういえばベアトリーチェって、確か海外の有名な作品の、初恋の女性の名前ですよね。ベアトリーチェが初恋に執着するキャラクターだから、先生はこの名前をつけたんですか?」

「違うわ」
 私は静かに首を振った。

「親が自分の子供に初恋で悩むからこの名前、なんて、つけるわけないでしょ? 彼の名前が女性的なのは、違う性別の名前をつけることで悪いものを追い払うという、呪術的な習わしからよ」

「このお話、ユーリとかベアトリーチェとか、女性的な響きの名前が多いなとも感じたんですが、何か理由ってあるんですか?」

「名前って、音であったり意味であったり、その人らしさに繋がると思うの。それにキャラクターには合っていれば、問題はないと思わない?」

 私はそれ以上は言わなかった。
 だって彼らはあの世界に本当にいる人間だし、名前だって私がつけたんじゃない。もし名付けの理由を聞くのなら、彼らの親に聞くべきだ。

「そういえばレオンルートって、結局婚約者のローズじゃないと攻略できない仕様でしたけど、私はあればあれで好きでした」

 乙女ゲーム『Happiness』において、レオンルートは、通常のヒロインルートでは攻略できない。しかも、リヒトを手玉に取りつつ攻略しようとすると、レオンは敵意を向けてくる厄介キャラだ。

 『Happiness』に、『王子の婚約者(あくやくれいじょう)』は登場するが、ローズにまつわる話は、和解ルートと、自分がローズの立場になるルートの二つが存在する。

 膨大な魔力、全属性の適性を持ちながら、公爵令嬢として生きていくことを義務付けられた彼女が、一途にレオンを思う存在として描かれるルートが。

 まあ私の見た『未来』では、本物のローズ・クロサイトは、最終的に自分の望む未来を自分で掴み取る、そんな女性に育つのだけれど。
 結婚式にまつわる『未来』は傑作だったと、私は思い出して笑った。

「というか彼はブラコン……? 何ですかね?」

 レオン・クリスタロスを攻略できるのは、ゲームの中ではローズのみ。

 ベアトリーチェの初恋の話同様、ゲームのパッケージに描かれながらヒロインが攻略が出来ないってどうなんだと言う声も勿論あったが、レオンが幼い頃の弟の明るさに救われていたことなどの過去のエピソードもあったことで、レオンにとっての一番大切な人間は、そもそも弟のリヒトだったのではという話がまた話題になり、レオンは『Happiness』ファンの間では、『ブラコン王子』の異名で呼ばれている。

 ……ただこれはゲームの中の話で、本当の世界では、彼が結ばれる相手は、違う女の子なのかもしれないけれど。

「最初の印象が最悪なのは、少女漫画では王道だしね」
「わかります! かっこいいけどイメージ最悪のところから、だんだん仲良くなるのが良いんですよね!」
「いやまあ、そこまでは言ってないけど……」

 私は彼女から視線を逸らした。
 そうだ――そんな未来は、永遠にない。

「私はね、愛にはいろんな形があるものだと思うの。恋ではなくても、結ばれる愛ではなくても、見えない糸で繋がるような関係があるとしたら、私はそれもまた、尊いものだと思うの」

 私はそう言うと、彼女がいれてくれたハーブティーに口をつけた。
 ……うん。良い味だ。心が落ち着く優しい味だ。

「なんだか先生の話聞いてたら、『そうなのかな』って思っちゃいました。……それに、とても不思議です」 
「?」
「先生と話していると、まるでこのゲームの世界が、違う世界に本当にあるんじゃないかな、なんて思う時があるんです」

 彼女の言葉に、私は微笑んだ。

「そう。本当にあるのよ」
「え……?」
「だってこの世界は、私の前世だから」
「も、もう先生ってばっ! はぐらかさないでくださいよ。魔法なんて、この世界にあるわけないじゃないですか!」

 いたずらっ子っぽく私が笑うと、彼女は拳を作って、ぽこぽこ私を叩いた。正直、全然痛くない。

「私は異世界で、未来の見える巫女だったの。そうね。一つ、貴方に預言をするわ。貴方が先週買った宝くじ、当たっているから見てみるといいわ」
「ええ!?」

 彼女は鞄の中から宝くじを取り出して、それから当選番号をWEBで確認してから目を瞬かせた。

「え!? えっ。ほ……本当に当たってるんですけど、なんでわかったんですか? これ連番じゃないし、私、そもそも先生に買っただなんて話してませんでしたよね!?」
「企業秘密」
 私は、人差し指を口元に当てて笑った。
 
 微かに残った魔法の力。
 でももう私が、あの世界を見ることは出来ない。
 それでも私は今も、あの世界の物語を書いている。

 言葉は、自分とは違う誰かに伝えるために、残すために、物や思いを、音や文字で表したものだ。
 私はもう、あの世界に行くことは出来ない。愛した人々と、言葉を交わすことはない。
 それでも言葉は受け継がれる。
 見えないところでそうやって、人と人は繋がっていく。
 時間も、空間も、飛び越えて。
 人と人との物語は重なる。

 もう二度とあの世界に戻ることは出来なくても、それでもこの心は、いつだって二つの世界の、愛する人々を思っている。

 これが私の選択。
 私は自分の決断に、後悔なんてしない。
 私は違う世界で、愛する人が生きる世界の幸福を祈って生きる。

「愛している」

 だからどうか。
 いつかこの物語《いのり》が、私の愛する人々の生きる未来を変える、光の魔法となりますように。


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 物語を描こう。
 魔法は心から生まれる。
 これはそんな世界で、少女が運命を変えるお話――……。

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『婚約破棄された悪役令嬢は今日から騎士になるそうです。』番外編完