「ローズ様。ベアトリーチェ様がいらっしゃいました」
「ローズ様。遅くなってしまい、申し訳ありません」
ローゼンティッヒと別れたベアトリーチェは、式の衣装を合わせていたローズの元へと向かった。
壁にもたれかかって妹を見ていたギルバートは、ベアトリーチェが来るとローズの肩をとんと叩いた。
「彼も来たことだし、俺はそれぞれ帰るとしよう。俺がいたら話しづらいこともあるかもしれないしな」
「……はい。お兄様」
ミリアは、ギルバートのために扉を開けた。ローズは名残惜しそうにその背を見送る。
「妬けますね。そんなに兄君がお好きですか?」
そんなローズの姿を見て、ベアトリーチェは軽い口調で尋ねた。
「そんなことは……!」
ローズは慌てて否定した。
だが、横に控えていたアカリはうんうんと大きく頷いた。
「ローズさんって、本当にブラコンって言うか……。本当にギルバートさんのこと大好きですよね」
「……敬愛すべき方だとは思っております」
ローズは静かに答えた。いつも自分の味方をしてくれるアカリにまで追い打ちをかけられては、ローズはそう答えるしかなかった。
ベアトリーチェは、兄を想う年下の婚約者を見てくすりと笑った。
「そう言えば、私の知り合いは、どことなくギルバート様によく似た者が居ます。私たちの結婚を祝うために、式には参列してくれる予定です」
「そんな方が……?」
兄に似ている。
その言葉をきいて、ローズは思わずたずねていた。
「ええ。リヒト様がたの従妹に当たる方です。ローズ様は、彼と会うのは初めてになるかもしれませんね」
「え……?」
レオンやリヒトの従姉妹に当たる男性。
そう聞いて思いつくのは、学院にいたときにギルバートから話を聞いた男だけだった。
確か、彼の名前は――……。
「ベアトリーチェ、居るか?」
「ローゼンティッヒ?」
その時だった。
突然扉が開かれたかと思うと、ローズの知らない男の声が聞こえた。
男に、ベアトリーチェが慌てて駆け寄る。
「一体どうしてここに? もしかして、また帰る必要があるのですか?」
「ああ。少し用が出来て、急遽クリスタロスを離れることになったんだ。だから、その前にお前に挨拶を……って、ん?」
「……ローズ、様?」
ベアトリーチェは、わざわざ自分に挨拶しにきてくれたローゼンティッヒに感謝して――それから、自分の目の前でローゼンティッヒに駆け寄ったローズを見て目を瞬かせた。
「逢いたかった」
その声は、ベアトリーチェの知るどんなローズの声よりも、熱を感じるものだった。
「ずっと……ずっと。お帰りを、お待ちしてお待ちしておりました……!」
涙を流して、ローズはローゼンティッヒに手を伸ばす。
金色の髪に赤い瞳。
ローゼンティッヒは、見知らぬ少女に抱き着かれて目を丸くして、そしてベアトリーチェの婚約者であるローズに触れないように両手を上げた。
「は!? お、おい。君!?」
なぜ自分が、弟分の婚約者にこうも熱烈な歓迎をされているのか分からず、ローゼンティッヒは背後から突き刺さる視線に冷や汗をかいた。
「――これは、一体どういうことですか? ローゼンティッヒ」
「俺が知るわけないだろ!? というか、昔から言ってるがお前は怒るな! 自分の危険性を自覚しろ!」
ベアトリーチェの心理状況は、世界に影響を与えてしまう。
少しだけ部屋が揺れたことに気付いて、ローゼンティッヒは声を上げた。
「まさかの一目惚れ……」
アカリがぼそりと呟く。
「お、おい君。お願いだから離れてくれ。こいつが今ここで本気で怒ったら洒落にならない!」
ローゼンティッヒは自分から離れるようローズに促したが、ローズは小さく首を振って瞳を潤ませた。
「……いや、です」
「え?」
「行かないでください。ずっと、私の傍に居てください」
「ローゼンティッヒ?」
「待て! 俺は無罪だ!!!」
ローゼンティッヒは大きな声で叫んだ。
ベアトリーチェは、軽く脅しはしたものの態度の変わらないローゼンティッヒが嘘をついているようには見えず、ローズへと視線を移した。
今のローズからは、いつもの彼女の冷静さが感じられない。
感情を顕わにして、相手の迷惑も考えず、初対面の相手に縋りついて涙を流す。
『ローズ・クロサイト』という人間が、そんなことをする人間ではないことを、ベアトリーチェは知っている。
「ローズ様。申し訳ございません」
ベアトリーチェはそう言うと、ローズをローゼンティッヒから引きはがし、懐に忍ばせていた小さな木の実を彼女の顔の近くで砕いた。
白い粉が実からはじけ出る。
その粉を吸い込んで、ローズの体はがくりと崩れ落ちた。
すうすうと寝息をたてる、意識を失ったローズの体を支えると、ベアトリーチェはどこか悲しげに目を細め、それから静かに瞳を閉じた。
「ローズ様。遅くなってしまい、申し訳ありません」
ローゼンティッヒと別れたベアトリーチェは、式の衣装を合わせていたローズの元へと向かった。
壁にもたれかかって妹を見ていたギルバートは、ベアトリーチェが来るとローズの肩をとんと叩いた。
「彼も来たことだし、俺はそれぞれ帰るとしよう。俺がいたら話しづらいこともあるかもしれないしな」
「……はい。お兄様」
ミリアは、ギルバートのために扉を開けた。ローズは名残惜しそうにその背を見送る。
「妬けますね。そんなに兄君がお好きですか?」
そんなローズの姿を見て、ベアトリーチェは軽い口調で尋ねた。
「そんなことは……!」
ローズは慌てて否定した。
だが、横に控えていたアカリはうんうんと大きく頷いた。
「ローズさんって、本当にブラコンって言うか……。本当にギルバートさんのこと大好きですよね」
「……敬愛すべき方だとは思っております」
ローズは静かに答えた。いつも自分の味方をしてくれるアカリにまで追い打ちをかけられては、ローズはそう答えるしかなかった。
ベアトリーチェは、兄を想う年下の婚約者を見てくすりと笑った。
「そう言えば、私の知り合いは、どことなくギルバート様によく似た者が居ます。私たちの結婚を祝うために、式には参列してくれる予定です」
「そんな方が……?」
兄に似ている。
その言葉をきいて、ローズは思わずたずねていた。
「ええ。リヒト様がたの従妹に当たる方です。ローズ様は、彼と会うのは初めてになるかもしれませんね」
「え……?」
レオンやリヒトの従姉妹に当たる男性。
そう聞いて思いつくのは、学院にいたときにギルバートから話を聞いた男だけだった。
確か、彼の名前は――……。
「ベアトリーチェ、居るか?」
「ローゼンティッヒ?」
その時だった。
突然扉が開かれたかと思うと、ローズの知らない男の声が聞こえた。
男に、ベアトリーチェが慌てて駆け寄る。
「一体どうしてここに? もしかして、また帰る必要があるのですか?」
「ああ。少し用が出来て、急遽クリスタロスを離れることになったんだ。だから、その前にお前に挨拶を……って、ん?」
「……ローズ、様?」
ベアトリーチェは、わざわざ自分に挨拶しにきてくれたローゼンティッヒに感謝して――それから、自分の目の前でローゼンティッヒに駆け寄ったローズを見て目を瞬かせた。
「逢いたかった」
その声は、ベアトリーチェの知るどんなローズの声よりも、熱を感じるものだった。
「ずっと……ずっと。お帰りを、お待ちしてお待ちしておりました……!」
涙を流して、ローズはローゼンティッヒに手を伸ばす。
金色の髪に赤い瞳。
ローゼンティッヒは、見知らぬ少女に抱き着かれて目を丸くして、そしてベアトリーチェの婚約者であるローズに触れないように両手を上げた。
「は!? お、おい。君!?」
なぜ自分が、弟分の婚約者にこうも熱烈な歓迎をされているのか分からず、ローゼンティッヒは背後から突き刺さる視線に冷や汗をかいた。
「――これは、一体どういうことですか? ローゼンティッヒ」
「俺が知るわけないだろ!? というか、昔から言ってるがお前は怒るな! 自分の危険性を自覚しろ!」
ベアトリーチェの心理状況は、世界に影響を与えてしまう。
少しだけ部屋が揺れたことに気付いて、ローゼンティッヒは声を上げた。
「まさかの一目惚れ……」
アカリがぼそりと呟く。
「お、おい君。お願いだから離れてくれ。こいつが今ここで本気で怒ったら洒落にならない!」
ローゼンティッヒは自分から離れるようローズに促したが、ローズは小さく首を振って瞳を潤ませた。
「……いや、です」
「え?」
「行かないでください。ずっと、私の傍に居てください」
「ローゼンティッヒ?」
「待て! 俺は無罪だ!!!」
ローゼンティッヒは大きな声で叫んだ。
ベアトリーチェは、軽く脅しはしたものの態度の変わらないローゼンティッヒが嘘をついているようには見えず、ローズへと視線を移した。
今のローズからは、いつもの彼女の冷静さが感じられない。
感情を顕わにして、相手の迷惑も考えず、初対面の相手に縋りついて涙を流す。
『ローズ・クロサイト』という人間が、そんなことをする人間ではないことを、ベアトリーチェは知っている。
「ローズ様。申し訳ございません」
ベアトリーチェはそう言うと、ローズをローゼンティッヒから引きはがし、懐に忍ばせていた小さな木の実を彼女の顔の近くで砕いた。
白い粉が実からはじけ出る。
その粉を吸い込んで、ローズの体はがくりと崩れ落ちた。
すうすうと寝息をたてる、意識を失ったローズの体を支えると、ベアトリーチェはどこか悲しげに目を細め、それから静かに瞳を閉じた。