「本当に綺麗です! ローズさん!」
『魔王』による負傷者の治療や建物の修繕も終わり、『日常』が戻った頃、ローズの結婚式の日取りは正式に決まった。
結婚式に向けた衣装合わせに付き合っていたアカリは、ローズの新しいドレスを見て目を輝かせた。
純白の花嫁衣装は、星をちりばめたかのようにキラキラと輝いていた。
「ありがとうございます。アカリ」
アカリの心からの素直な称賛に、ローズは笑顔でこたえた。
ローズ自身、以前あつらえた婚礼衣装より、今回のものはどこか美しく見えていた。
ロイたちをはじめとした他国の王族を招くということもあり、前回もローズの衣装は『水晶の王国』の名に恥じぬ素晴らしいものだったのだが――何故か、今回のものは輝きが違うのだ。
ローズが首を傾げていると、アカリが腕組みをしてドヤ顔で言った。
「前の時と違って、私も今はしっかり魔法が使えますし! 今回のローズさんの花嫁衣装の『祝福』は私が担当しました!」
「……アカリ? もしかして、ドレスが光り輝いて見えるのはそのせいなのですか……?」
この世界での花嫁は、光属性持ちの人間にドレスに『祝福』してもらうのが普通だ。
主にこれは神殿の神官が行うものだが、それは普通形式的なもので、見た目が変わるような祝福なんて、ローズは聞いたこともなかった。
流石、『光の聖女』と言うべきか。
アカリの魔法の腕が上がっていることを嬉しく思いながらも、あまりにきらきらしい衣装にローズは苦笑いした。
「ローズさん! 私がローズさんのこと、世界一の花嫁にしてみせますからね!」
「……ありがとうございます。アカリ」
――これ以上光らせる必要はないのだけれど……。
ローズはそう思ったが、自分の幸せを願って楽しそうに笑うアカリを見ると、何も言うことが出来なかった。
はしゃぐアカリを見てローズがくすりと笑うと、突然アカリが声を上げてローズの腕を掴んだ。
「あ~~っ!!」
「あ、アカリ?」
「もう、ローズさんってばっ! また体に傷を作ってるじゃないですか! 『訓練しないと腕がなまる』って言ってましたけど、人生に一度の晴れ舞台で、傷だらけの花嫁なんて笑えませんからね!」
アカリは、ローズの肌に見つけた傷を見て顔を顰めた。
「ほらほら。もう、こっちに来て座ってください。私が治療しますから!」
リヒトに力を戻してから――以前よりアカリは、安定して魔法を使えるようになっていた。
そして今、『光の聖女』であるアカリが治療する対象者に、今はローズも含まれている。
「よし! これでもう大丈夫です!」
アカリはローズの怪我を癒やすと、満足げに微笑んだ。
ベアトリーチェとの結婚の時とは違い、今回ローズは、剣を捨てることなく戦い続けることを願った。
リヒトはローズに無茶をしてほしくはなかったが、ローズの願いを否定することがリヒトには出来なかった。
ローズとベアトリーチェの婚約は解消されたものの、今の二人は友人として、良好な関係を続けている。
ただ、二人の結婚が突然中止になったことで、少し困ることはあった。
それは二人が『魔王を倒した英雄』だったため、結婚式には世界中の王族なども参列予定で、二人の破局を世界中の人が知ることになってしまったということである。
だがこの点については、その後アカリの本が出版されたことで解消された。
今の人々が口にする話と言えば、ローズへはリヒトとの結婚での祝福と、ベアトリーチェに対しては、ティアとの恋を応援するものへと変わりつつある。
この件についてベアトリーチェは、「確かにティアを一生をかけて待とうとは思ってはいますが――自分の恋心を誰もが知っているのは、少し恥ずかしい気がします」ともローズに語った。
しかし、このことを知っても未だベアトリーチェに縁談を持ってくる親は居るらしく、自分の娘が一番に愛されないと分かっているのに、それでも娘を寄越そうとする親が気に食わないとベアトリーチェはローズに言った。
ベアトリーチェが『優良物件』である以上、それは仕方ないと思うのだが――そう考えてしまう自分は、やはり今の身分に生まれたことで、『ローズ・レイバルト』ではなく『ローズ・クロサイト』になったのかもしれないともローズは思った。
ユーリについては、今回の『魔王討伐』の際の活躍から、国内外から人気が高まっているとかで、縁談の話が山ほど来ているとのことだった。
以前ならローズのこともあり、絵姿すら見なかったらしいユーリだが、ベアトリーチェから「貴方は早く結婚したらどうですか?」という助言もあり、最近以前よりかは縁談に聞く耳を持つようになったらしいと、ロ―ズはアルフレッドたちから聞いた。
ただこの話には続きがあり、結婚を急かしたのはベアトリーチェにもかかわらず、いざユーリの縁談が進みそうになると、ベアトリーチェは気が気でない様子になるらしい。
その後、ローズは偶然会ったメイジスから、「結婚したら人は変わるものですよと言ったら、あの子、珍しく何もないところで転んでいたんですよね」という話を聞いたときは、ローズはベアトリーチェのことを「面倒だけど可愛い人」なのかもしれないと思った。
婚約を結んでいたときは、「年上で余裕たっぷりな」彼ばかり見ていた気がしたけれど――ベアトリーチェの本質は、ユーリを前にした時の彼なのではと、今のローズは思う。
「ユーゴ」と同じ永遠をも生きる命を抱えて、自信家なくせに寂しがり屋で――誰よりも、愛に飢えている。
今のローズには、ベアトリーチェはそういう人間のように思えた。
そうして、だとするなら自分たちは結婚したとしても結局、心を通わせることは難しかったのかもしれないと思った。
自分たちはお互いに、本当の自分ではない姿を相手に見せていたのだから。
「剣を捨てて彼だけの花」になろうとした自分と、「一人の大人の男」で在ろうとした彼とでは、結局お互いを偽っていたに過ぎないと。
ローズは、ユーリは優しい人だと思う。
だから、ローズはユーリが好きだ。でもそれは――リヒトに対する感情とは違う。
レオンについても同じだ。
リヒトを受け入れた今のレオンに、ローズは苦手意識はない。兄の友人で、大切な幼なじみだとは思う。けれどそれは、彼が自分に求める『愛』ではないと。
ローズは結婚式を前に、レオンに告白された。
はぐらかすのではなく真摯なその告白に、ローズは礼を述べた。
『伝えてくださってありがとうございました』
『まあ、そう言うと思ってはいたけれど』
『?』
『だってあの時、ローズは父上たちの前で公開告白したようなものじゃないか。愛される才能、だなんてね。ああ言われたら、言われるまでもないよ』
『え? あれはそういうつもりでは』
『だったら無意識? ローズは昔からいろいろ鈍いよね』
『……』
『でも僕に、向き合ってくれてありがとう』
レオンもユーリも、二人はローズにとって大切な幼馴染だ。
その事実は、これからもローズの中で変わることはない。
みんなで過ごした陽だまりの記憶は、いつまでもローズの心のなかに在り続ける。
『子ども』から『大人』になって、それぞれ違う道を選んでも、感情や交わした言葉の、その全ては思い出せなくても。
それでも、共に過ごした時間は消えない。
因みに、「ぶつかり合える二人」であるギルバートとミリアは、ローズたちの後に結婚式をあげる予定だ。
全てのことが片付いて、正式にギルバートがミリアと結婚したいと言ったとき、ミリアの父は「仕えるべき主人となんて」と反対したが、ギルバートがミリアのことを「運命の人」だと言い、また一〇年間眠り続けた息子の願いということもあり、ファーガスにより二人の仲は正式に認められることとなった。
ただ、まだ解決していない問題もいくつかある。
全てのことの発端となった『ユーゴ』について。
彼の墓はまだ、『春の丘』にたてることが出来ていない。
『精霊病』や『魔王』を作った、『神に祝福された子ども』の墓は今、リヒトの願いもありクリスタロス王国の城の庭の一角に設けられている。
小さな墓の上には、遠い記憶の中で彼が好んで食べていた果実が供えられた。
すると供え物の果実の甘い匂いに誘われて虫が寄って来てしまい、リヒトは解決策を模索した結果、本物そっくりの偽物の果物を作ることにした。
リヒトに芸術の才能が無いのは誰もが知っている。
才能がない彼が作るのは、時間の無駄である。
ただ幸い工芸品に関しては、クリスタロスはお国柄リヒトの思いつきを叶えるための人材は揃っており、加えてアカリが異世界の『食品サンプル』を例に挙げたことで、お供え物の果物だけでなく飲食店の店頭に並べるような模型についても、今はクリスタロスで制作が進められることになった。
アカリは『異世界人《まれびと》』として、今はリヒトの助言者として、良い関係を築いている。
相変わらずアカリがリヒトを様付けで呼ぶのは変わらないが、以前とは違いアカリは、リヒトのことを評価しているようにもローズには見えた。
『私の世界の技術って、すごいなと思うものは沢山あるんですけど、詳しく聞いてたら、戦争がきっかけで一気に技術が進んだって話も聞いたことがあって。リヒト様って少し変わってるなとは思うんですけど、誰かを傷付けるためじゃなくて、誰かを想って、この世界になかったものを作ろうとされるところは、素直にすごいなって思います』
アカリのその言葉が、ローズはとても嬉しかった。
最近リヒトの周りには、彼の奇抜な思いつきを実行するために、いくつかの集団が出来つつある。
ローズは、彼らに自分の考えを一生懸命に説明しては、驚かれたりあきれられたりして、一喜一憂するリヒトの姿を見るのがが好きだった。
恋心《おもい》に気付いてしまってから、ローズの生活は一変した。
ローズは昔よりも、些細なことで笑えるようになった。
彼が自分を瞳に映す、その瞬間の全て――彼と当たり前に過ごす日々の全てが、今のローズには愛しく思えた。
そんなローズが、昨日のリヒトのことを思い出して微笑んでいると、アカリの視線に気付いて、ローズは慌てて真面目な表情を作った。
「ローズさん、今更真面目な表情《かお》しても遅いですよ。どうせまた、リヒト様のことを考えていたんでしょう?」
「すいません。……今は貴方と一緒に居るのに」
ローズは、アカリに失礼なことをしたと思って謝罪した。
だがアカリは、特に怒ってはいないようにもローズには見えた。
「それは別にいいんですけど……。やっぱりローズさん、前より雰囲気が柔らかくなった気がします。上手く言えないんですけど、接しやすい? というか……。綺麗なんですけど、可愛い? というか……」
「ありがとうございます?」
これまで「綺麗」とは言われても、「可愛い」なんてあまり言われてこなかったローズは、アカリの言葉に柔らかく微笑んで少し首を傾げた。
「そういうとこ! そういうとこですよ、ローズさん!」
アカリはぴしっとローズを指差した。
「上手く言えないんですけど、やっぱり、絶対前より可愛いんです! 笑い方? というか……。そしてそのせいでリヒト様の心労もハンパなさそうだなっても思うんですけど、これまでみんなを巻き込んだ分、リヒト様はせいぜい苦しめばいいんだとも実はちょっと思ってて……」
「アカリ……?」
「ただこの件についてはみんな同意見だと思います」と腕を組んでうんうんと一人頷くアカリを前に、ローズは彼女がそう言う理由が分からずまた首を傾げた。
『魔王』による負傷者の治療や建物の修繕も終わり、『日常』が戻った頃、ローズの結婚式の日取りは正式に決まった。
結婚式に向けた衣装合わせに付き合っていたアカリは、ローズの新しいドレスを見て目を輝かせた。
純白の花嫁衣装は、星をちりばめたかのようにキラキラと輝いていた。
「ありがとうございます。アカリ」
アカリの心からの素直な称賛に、ローズは笑顔でこたえた。
ローズ自身、以前あつらえた婚礼衣装より、今回のものはどこか美しく見えていた。
ロイたちをはじめとした他国の王族を招くということもあり、前回もローズの衣装は『水晶の王国』の名に恥じぬ素晴らしいものだったのだが――何故か、今回のものは輝きが違うのだ。
ローズが首を傾げていると、アカリが腕組みをしてドヤ顔で言った。
「前の時と違って、私も今はしっかり魔法が使えますし! 今回のローズさんの花嫁衣装の『祝福』は私が担当しました!」
「……アカリ? もしかして、ドレスが光り輝いて見えるのはそのせいなのですか……?」
この世界での花嫁は、光属性持ちの人間にドレスに『祝福』してもらうのが普通だ。
主にこれは神殿の神官が行うものだが、それは普通形式的なもので、見た目が変わるような祝福なんて、ローズは聞いたこともなかった。
流石、『光の聖女』と言うべきか。
アカリの魔法の腕が上がっていることを嬉しく思いながらも、あまりにきらきらしい衣装にローズは苦笑いした。
「ローズさん! 私がローズさんのこと、世界一の花嫁にしてみせますからね!」
「……ありがとうございます。アカリ」
――これ以上光らせる必要はないのだけれど……。
ローズはそう思ったが、自分の幸せを願って楽しそうに笑うアカリを見ると、何も言うことが出来なかった。
はしゃぐアカリを見てローズがくすりと笑うと、突然アカリが声を上げてローズの腕を掴んだ。
「あ~~っ!!」
「あ、アカリ?」
「もう、ローズさんってばっ! また体に傷を作ってるじゃないですか! 『訓練しないと腕がなまる』って言ってましたけど、人生に一度の晴れ舞台で、傷だらけの花嫁なんて笑えませんからね!」
アカリは、ローズの肌に見つけた傷を見て顔を顰めた。
「ほらほら。もう、こっちに来て座ってください。私が治療しますから!」
リヒトに力を戻してから――以前よりアカリは、安定して魔法を使えるようになっていた。
そして今、『光の聖女』であるアカリが治療する対象者に、今はローズも含まれている。
「よし! これでもう大丈夫です!」
アカリはローズの怪我を癒やすと、満足げに微笑んだ。
ベアトリーチェとの結婚の時とは違い、今回ローズは、剣を捨てることなく戦い続けることを願った。
リヒトはローズに無茶をしてほしくはなかったが、ローズの願いを否定することがリヒトには出来なかった。
ローズとベアトリーチェの婚約は解消されたものの、今の二人は友人として、良好な関係を続けている。
ただ、二人の結婚が突然中止になったことで、少し困ることはあった。
それは二人が『魔王を倒した英雄』だったため、結婚式には世界中の王族なども参列予定で、二人の破局を世界中の人が知ることになってしまったということである。
だがこの点については、その後アカリの本が出版されたことで解消された。
今の人々が口にする話と言えば、ローズへはリヒトとの結婚での祝福と、ベアトリーチェに対しては、ティアとの恋を応援するものへと変わりつつある。
この件についてベアトリーチェは、「確かにティアを一生をかけて待とうとは思ってはいますが――自分の恋心を誰もが知っているのは、少し恥ずかしい気がします」ともローズに語った。
しかし、このことを知っても未だベアトリーチェに縁談を持ってくる親は居るらしく、自分の娘が一番に愛されないと分かっているのに、それでも娘を寄越そうとする親が気に食わないとベアトリーチェはローズに言った。
ベアトリーチェが『優良物件』である以上、それは仕方ないと思うのだが――そう考えてしまう自分は、やはり今の身分に生まれたことで、『ローズ・レイバルト』ではなく『ローズ・クロサイト』になったのかもしれないともローズは思った。
ユーリについては、今回の『魔王討伐』の際の活躍から、国内外から人気が高まっているとかで、縁談の話が山ほど来ているとのことだった。
以前ならローズのこともあり、絵姿すら見なかったらしいユーリだが、ベアトリーチェから「貴方は早く結婚したらどうですか?」という助言もあり、最近以前よりかは縁談に聞く耳を持つようになったらしいと、ロ―ズはアルフレッドたちから聞いた。
ただこの話には続きがあり、結婚を急かしたのはベアトリーチェにもかかわらず、いざユーリの縁談が進みそうになると、ベアトリーチェは気が気でない様子になるらしい。
その後、ローズは偶然会ったメイジスから、「結婚したら人は変わるものですよと言ったら、あの子、珍しく何もないところで転んでいたんですよね」という話を聞いたときは、ローズはベアトリーチェのことを「面倒だけど可愛い人」なのかもしれないと思った。
婚約を結んでいたときは、「年上で余裕たっぷりな」彼ばかり見ていた気がしたけれど――ベアトリーチェの本質は、ユーリを前にした時の彼なのではと、今のローズは思う。
「ユーゴ」と同じ永遠をも生きる命を抱えて、自信家なくせに寂しがり屋で――誰よりも、愛に飢えている。
今のローズには、ベアトリーチェはそういう人間のように思えた。
そうして、だとするなら自分たちは結婚したとしても結局、心を通わせることは難しかったのかもしれないと思った。
自分たちはお互いに、本当の自分ではない姿を相手に見せていたのだから。
「剣を捨てて彼だけの花」になろうとした自分と、「一人の大人の男」で在ろうとした彼とでは、結局お互いを偽っていたに過ぎないと。
ローズは、ユーリは優しい人だと思う。
だから、ローズはユーリが好きだ。でもそれは――リヒトに対する感情とは違う。
レオンについても同じだ。
リヒトを受け入れた今のレオンに、ローズは苦手意識はない。兄の友人で、大切な幼なじみだとは思う。けれどそれは、彼が自分に求める『愛』ではないと。
ローズは結婚式を前に、レオンに告白された。
はぐらかすのではなく真摯なその告白に、ローズは礼を述べた。
『伝えてくださってありがとうございました』
『まあ、そう言うと思ってはいたけれど』
『?』
『だってあの時、ローズは父上たちの前で公開告白したようなものじゃないか。愛される才能、だなんてね。ああ言われたら、言われるまでもないよ』
『え? あれはそういうつもりでは』
『だったら無意識? ローズは昔からいろいろ鈍いよね』
『……』
『でも僕に、向き合ってくれてありがとう』
レオンもユーリも、二人はローズにとって大切な幼馴染だ。
その事実は、これからもローズの中で変わることはない。
みんなで過ごした陽だまりの記憶は、いつまでもローズの心のなかに在り続ける。
『子ども』から『大人』になって、それぞれ違う道を選んでも、感情や交わした言葉の、その全ては思い出せなくても。
それでも、共に過ごした時間は消えない。
因みに、「ぶつかり合える二人」であるギルバートとミリアは、ローズたちの後に結婚式をあげる予定だ。
全てのことが片付いて、正式にギルバートがミリアと結婚したいと言ったとき、ミリアの父は「仕えるべき主人となんて」と反対したが、ギルバートがミリアのことを「運命の人」だと言い、また一〇年間眠り続けた息子の願いということもあり、ファーガスにより二人の仲は正式に認められることとなった。
ただ、まだ解決していない問題もいくつかある。
全てのことの発端となった『ユーゴ』について。
彼の墓はまだ、『春の丘』にたてることが出来ていない。
『精霊病』や『魔王』を作った、『神に祝福された子ども』の墓は今、リヒトの願いもありクリスタロス王国の城の庭の一角に設けられている。
小さな墓の上には、遠い記憶の中で彼が好んで食べていた果実が供えられた。
すると供え物の果実の甘い匂いに誘われて虫が寄って来てしまい、リヒトは解決策を模索した結果、本物そっくりの偽物の果物を作ることにした。
リヒトに芸術の才能が無いのは誰もが知っている。
才能がない彼が作るのは、時間の無駄である。
ただ幸い工芸品に関しては、クリスタロスはお国柄リヒトの思いつきを叶えるための人材は揃っており、加えてアカリが異世界の『食品サンプル』を例に挙げたことで、お供え物の果物だけでなく飲食店の店頭に並べるような模型についても、今はクリスタロスで制作が進められることになった。
アカリは『異世界人《まれびと》』として、今はリヒトの助言者として、良い関係を築いている。
相変わらずアカリがリヒトを様付けで呼ぶのは変わらないが、以前とは違いアカリは、リヒトのことを評価しているようにもローズには見えた。
『私の世界の技術って、すごいなと思うものは沢山あるんですけど、詳しく聞いてたら、戦争がきっかけで一気に技術が進んだって話も聞いたことがあって。リヒト様って少し変わってるなとは思うんですけど、誰かを傷付けるためじゃなくて、誰かを想って、この世界になかったものを作ろうとされるところは、素直にすごいなって思います』
アカリのその言葉が、ローズはとても嬉しかった。
最近リヒトの周りには、彼の奇抜な思いつきを実行するために、いくつかの集団が出来つつある。
ローズは、彼らに自分の考えを一生懸命に説明しては、驚かれたりあきれられたりして、一喜一憂するリヒトの姿を見るのがが好きだった。
恋心《おもい》に気付いてしまってから、ローズの生活は一変した。
ローズは昔よりも、些細なことで笑えるようになった。
彼が自分を瞳に映す、その瞬間の全て――彼と当たり前に過ごす日々の全てが、今のローズには愛しく思えた。
そんなローズが、昨日のリヒトのことを思い出して微笑んでいると、アカリの視線に気付いて、ローズは慌てて真面目な表情を作った。
「ローズさん、今更真面目な表情《かお》しても遅いですよ。どうせまた、リヒト様のことを考えていたんでしょう?」
「すいません。……今は貴方と一緒に居るのに」
ローズは、アカリに失礼なことをしたと思って謝罪した。
だがアカリは、特に怒ってはいないようにもローズには見えた。
「それは別にいいんですけど……。やっぱりローズさん、前より雰囲気が柔らかくなった気がします。上手く言えないんですけど、接しやすい? というか……。綺麗なんですけど、可愛い? というか……」
「ありがとうございます?」
これまで「綺麗」とは言われても、「可愛い」なんてあまり言われてこなかったローズは、アカリの言葉に柔らかく微笑んで少し首を傾げた。
「そういうとこ! そういうとこですよ、ローズさん!」
アカリはぴしっとローズを指差した。
「上手く言えないんですけど、やっぱり、絶対前より可愛いんです! 笑い方? というか……。そしてそのせいでリヒト様の心労もハンパなさそうだなっても思うんですけど、これまでみんなを巻き込んだ分、リヒト様はせいぜい苦しめばいいんだとも実はちょっと思ってて……」
「アカリ……?」
「ただこの件についてはみんな同意見だと思います」と腕を組んでうんうんと一人頷くアカリを前に、ローズは彼女がそう言う理由が分からずまた首を傾げた。