古びた建物の中に、薔薇の花が咲いている。
血のような赤い色。
薔薇の茨の中心には、彼女のよく知る少女が囚われていた。
赤い瞳は固く閉じられ、顔はひどく青褪めて見える。
彼女の胸元には大きな赤い石がくくりつけられ、石の周りには、黒い靄のようなものが浮かんでいた。
何が起きているのか分らない。自分が知る彼女なら、こんな状態、すぐに抜け出せるはずなのに。
だからこそ――アカリは、少女の名前を叫んで手を伸ばした。
「ローズさん!!!」
しかし、その手は宙を掴む。
「また、あの夢……」
アカリは上体を起こすと、天井に伸ばした手を胸に抱いて、額に浮かんでいた汗を拭った。
まだ、心臓の鼓動が収まらない。
「なんで最近、こんな夢ばっかり……」
悪夢だ、と思う。
アカリには何故自分が、何度もこんな夢を見るのか分らなかった。
アカリは溜め息を吐くと、寝台のすぐ側の机を見た。机の上には、ローズとベアトリーチェの結婚式の招待状がある。
「ローズさん……」
結婚式が終わったら、アカリは元の世界に戻ることが決まっている。
『七瀬明』が安全に元の世界に戻ることが出来るタイミングは、天候などの関係もあり、彼女の寿命のうちでは一度しかないとアカリは聞いた。
そして帰還のためには様々な条件が必要になり、アカリは魔法の使用を禁じられていた。
「……これでいいんだ。私が、この世界に召喚された役目は、もう果たされたんだから」
異世界から召喚される『光の聖女』の役目は、魔王から世界を守るために、『加護』の力を与えること。
魔王を討伐し終わったアカリには、今の自分にはもうこの世界のために出来ることは、何もないように思えた。
◇
「ローズさん、とっても綺麗です!」
「馬子にも衣裳とはこのことだな」
「ギルバート様。お嬢様は着飾らずとも美しいのですから、その表現は誤りです」
結婚式が間近に迫り、ローズは衣装合わせを行っていた。
真っ白な白いドレスには、白い薔薇の花の飾りが縫い付けられている。
結婚式の日取りが決まってから、ローズは騎士団に足を運ぶことも少なくなっていた。
今のクリスタロスは、ローズが剣を取る必要もないほど、そして英雄の結婚というめでたい話に花を咲かせるほど、平和そのものだった。
「アカリ、どうかしたのですか? 目が赤いですよ」
結婚式の衣装合せにアカリを招いたのは、ローズ自身だった。
「すいません。寝不足で」
ローズは、自分を見つめるアカリの顔色が悪いことに気がついて、彼女の額にそっと自分の額を合わせた。
「良かった。熱は無いようですね」
「……ろ、ろーずさんっ!?」
ローズの予想外の行動に、アカリは慌てた。
美しいローズの花のかんばせが、突然近くにあらわれてアカリの顔が赤く染まる。
「アカリ? 何をそんなに慌てているんですか?」
「ローズさんはその測り方が普通なんですか……?」
「? お兄様やお父様がこうなさっていたので……」
ローズはあっけらかんとこたえた。
――原因は貴方ですか!
アカリは、原因であるギルバートを睨んだ。
しかしギルバートはどこ吹く風で、アカリは溜め息を吐いた。
「何か眠れない原因があるのですか?」
「……最近、変な夢を見ることが多くて」
「変な夢?」
ローズは、頭を押さえるアカリを見て目をを細めた。
美しい純白のドレスに不似合いな鋭利さが、ローズの瞳に宿る。
その変化に気が付いて、アカリは手を振って言葉を濁した。
――もうすぐ結婚式を迎える人に、こんな話をするわけにはいかない。
「いえ、何でもないんです。多分、私が少し疲れてるだけなんだと思います。だからローズさんは気にしないでください」
「そうですか……?」
大丈夫だというアカリの言葉を聞いて、ローズは目を伏せてから、アカリの手をそっと握った。
「アカリは、もうすぐ異世界に帰ってしまうんですよね。そうなると、こうやって話すことも出来なくなる」
「元の世界に帰っても、私はローズさんのことを忘れません。それにもしかしたら、元の世界に帰っても、ローズさんと連絡を取る方法はあるかもしれないし」
明るく笑うアカリを見て、ローズは頭を下げた。
「……すいません。貴方を、引き留めるような物言いをしてしまって」
「いえ。ローズさんに必要としてもらえることは、私はとても嬉しいです」
アカリは、ローズを気遣うように微笑んだ。
今回の式では、魔王を倒した『剣神』と『神に祝福された子ども』との結婚式ということもあって、世界中から沢山の王侯貴族がクリスタロスを訪れることが決まっていた。
ロイやロゼリアをはじめとした参列者をもてなすために、リカルドは王族の結婚式にのみ用いられてきた王城の使用を許可した。
歴史的な結婚。
二人の結婚は、まさにそう呼ぶに相応しいものだ。
「とてもよくお似合いです。お嬢様」
「ありがとう。ミリア。でも、どうしてそんな顔をしているの?」
「も、申し訳ございません。つい」
ローズの母代わりとして幼い頃から彼女の面倒を見ていたミリアは、ローズの髪を結い上げながら涙を見せた。
「ギルバート様が眠られている間、私はずっとお嬢様の傍でおつかえしてまいりました。私の感情は、間違っていることは理解しております。ただ私はこれまでお嬢様を、妹のようにも娘のように思ってしまう瞬間もありました。だからお嬢様には、誰よりも幸せになってほしい。私はいつだって、そう願っております」
「ミリア……」
ローズはミリアの言葉を聞いて、きゅっと唇を引き結んでから笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも、きっと大丈夫よ。きっと――ビーチェ様となら、私は幸せになれる」
ローズの言葉に、ミリアは目を細めて笑った。
◇
「よっ。ビーチェ。元気か?」
「……ローゼンティッヒ」
式を間近に控え、クリスタロスに再びやってきた兄貴分を見て、ベアトリーチェは顔を顰めた。
「なんで俺の顔見て嫌そうな顔するんだよ」
「私に怒られる自覚がないと?」
――再び音信不通を貫いたくせに!
相変わらず飄々としたローゼンティッヒの態度に、ベアトリーチェは笑顔で拳を握った。
「……いや、まあその……すまない」
「…………」
一歩後ろに退きながら、ローゼンティッヒはベアトリーチェを宥めた。ベアトリーチェは溜め息を吐きつつ拳をおろした。
「貴方のその髪、もうずっとそのままにするつもりなんですか?」
今のローゼンティッヒは、クリスタロスの王族の血を引く者らしく、美しい金髪と赤い瞳という組み合わせである。
おかげで通行人がずっと彼を振り返っている。
当然だ。クリスタロス王国において金髪は王家の印、赤い瞳は強者の証だからだ。
色だけで判断するなら、彼以上にこの国の王に相応しい者はいない。
「ああ。もうすぐこの国の次期国王も決まる。正式に決まれば俺の名を出す奴も居なくなるしな。それより聞いてくれよ。ついに子どもが生まれたんだが、これが最高に可愛いんだ」
「なんですか。自慢ですか?」
「ハハッ! お前も、子どもが生まれたらきっと分かるぞ~~。まあ、お前の場合すぐ子どもに身長抜かれるんだろうけどな!」
ローゼンティッヒは笑顔で、またもやベアトリーチェの地雷を踏んだ。
「少し黙ってくれませんか? ローゼンティッヒ?」
「悪かった」
ローゼンティッヒは、二度目はすぐに謝罪した。
「というより、何故貴方がここにいるのですか? 次は結婚式の時に私に顔を見せると言っていたのに、随分到着が早いじゃないですか。何か用があってはやめに来たのですか?」
「ん? ああ」
てっきり、当日にひょっこり現れるのではと思っていたベアトリーチェは、まだ式まで時間があるというのにやってきた兄貴分を訝しげに見つめた。
「実は大陸の王から、第二王子宛ての手紙を預かったから届けに来た」
「……なんでそんなものを、貴方が」
――ロイ・グラナトゥムがわざわざローゼンティッヒを遣いにだした? 一体何のために……?
ベアトリーチェは少し疑問に思ったが、自分に告げるあたり、そこまで機密性はないのかと思って首を傾げた。
「しばらく教師としてグラナトゥムの学院に身を寄せていたからな。それなりに信頼してくれているんだろう」
「……」
それだけが理由で、あの王がローゼンティッヒに手紙を預けるだろうか? ベアトリーチェは、妙に引っかかった。
「わざわざあの男に頼んだということは、何か重要なことだったのでしょうか……?」
そうでないならば、ロイはローゼンティッヒには任せなかった気がして――ベアトリーチェは少し不安を感じながら、リヒトに会いにいくと言った兄貴の背を見送った。
◇
「君が第二王子か?」
「……そうですが、貴方は一体どなたでしょうか?」
仮にも王族である自分に対し、余りにもノリが軽すぎる。
子どもから不敬な態度をとられることは多くとも、初対面の大人相手にここまでフランクに話しかけられることも珍しく、リヒトは警戒とともに眉をひそめた。
しかも、金髪に赤い瞳だなんて。
リヒトの記憶の中に、そんな色を持つ人間はいない。
警戒の色を見せたリヒトに、ローゼンティッヒは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「ああ、そうか。君からすれば俺は初対面か? 俺の方は一応、君が生まれた時に抱かせてもらったこともあるんだがな」
「?」
「俺は君とは従妹にあたる。自己紹介をしよう。俺の名は、ローゼンティッヒ・フォンカート。リカルド陛下の妹だった母『光の巫女』の一人息子で、以前はこの国の騎士団長を務めていた。今はワケあって、グラナトゥムに身を寄せている」
その名を聞いて、リヒトは魔法学院でギルバートの言葉を思い出した。
つまり目の前の男が、自分の代わりにローズの婚約者にと声が上がっていたにもかかわらず、国を捨てて愛の逃避行を行った人物らしい。
「? なんで貴方がわざわざ俺のところに……」
「それは俺にも分からない。ただ、あの方は君のことを『友人』だと仰っていた。他国の王というより、君個人に用があってのことじゃないかと俺は思うんだが……」
ローゼンティッヒはそう言うと、リヒトに手紙を渡した。
「直接、俺から君に渡してほしいとのことだった。内容についてはわからないが、君にとって大事なことかもしれないと仰っていた」
リヒトは首を傾げて、ローゼンティッヒから封筒を受け取った。
封筒の中には、手紙と共に一枚の『しゃしん』が同封されていた。
「これが、俺の『しゃしん』……?」
血のような赤い色。
薔薇の茨の中心には、彼女のよく知る少女が囚われていた。
赤い瞳は固く閉じられ、顔はひどく青褪めて見える。
彼女の胸元には大きな赤い石がくくりつけられ、石の周りには、黒い靄のようなものが浮かんでいた。
何が起きているのか分らない。自分が知る彼女なら、こんな状態、すぐに抜け出せるはずなのに。
だからこそ――アカリは、少女の名前を叫んで手を伸ばした。
「ローズさん!!!」
しかし、その手は宙を掴む。
「また、あの夢……」
アカリは上体を起こすと、天井に伸ばした手を胸に抱いて、額に浮かんでいた汗を拭った。
まだ、心臓の鼓動が収まらない。
「なんで最近、こんな夢ばっかり……」
悪夢だ、と思う。
アカリには何故自分が、何度もこんな夢を見るのか分らなかった。
アカリは溜め息を吐くと、寝台のすぐ側の机を見た。机の上には、ローズとベアトリーチェの結婚式の招待状がある。
「ローズさん……」
結婚式が終わったら、アカリは元の世界に戻ることが決まっている。
『七瀬明』が安全に元の世界に戻ることが出来るタイミングは、天候などの関係もあり、彼女の寿命のうちでは一度しかないとアカリは聞いた。
そして帰還のためには様々な条件が必要になり、アカリは魔法の使用を禁じられていた。
「……これでいいんだ。私が、この世界に召喚された役目は、もう果たされたんだから」
異世界から召喚される『光の聖女』の役目は、魔王から世界を守るために、『加護』の力を与えること。
魔王を討伐し終わったアカリには、今の自分にはもうこの世界のために出来ることは、何もないように思えた。
◇
「ローズさん、とっても綺麗です!」
「馬子にも衣裳とはこのことだな」
「ギルバート様。お嬢様は着飾らずとも美しいのですから、その表現は誤りです」
結婚式が間近に迫り、ローズは衣装合わせを行っていた。
真っ白な白いドレスには、白い薔薇の花の飾りが縫い付けられている。
結婚式の日取りが決まってから、ローズは騎士団に足を運ぶことも少なくなっていた。
今のクリスタロスは、ローズが剣を取る必要もないほど、そして英雄の結婚というめでたい話に花を咲かせるほど、平和そのものだった。
「アカリ、どうかしたのですか? 目が赤いですよ」
結婚式の衣装合せにアカリを招いたのは、ローズ自身だった。
「すいません。寝不足で」
ローズは、自分を見つめるアカリの顔色が悪いことに気がついて、彼女の額にそっと自分の額を合わせた。
「良かった。熱は無いようですね」
「……ろ、ろーずさんっ!?」
ローズの予想外の行動に、アカリは慌てた。
美しいローズの花のかんばせが、突然近くにあらわれてアカリの顔が赤く染まる。
「アカリ? 何をそんなに慌てているんですか?」
「ローズさんはその測り方が普通なんですか……?」
「? お兄様やお父様がこうなさっていたので……」
ローズはあっけらかんとこたえた。
――原因は貴方ですか!
アカリは、原因であるギルバートを睨んだ。
しかしギルバートはどこ吹く風で、アカリは溜め息を吐いた。
「何か眠れない原因があるのですか?」
「……最近、変な夢を見ることが多くて」
「変な夢?」
ローズは、頭を押さえるアカリを見て目をを細めた。
美しい純白のドレスに不似合いな鋭利さが、ローズの瞳に宿る。
その変化に気が付いて、アカリは手を振って言葉を濁した。
――もうすぐ結婚式を迎える人に、こんな話をするわけにはいかない。
「いえ、何でもないんです。多分、私が少し疲れてるだけなんだと思います。だからローズさんは気にしないでください」
「そうですか……?」
大丈夫だというアカリの言葉を聞いて、ローズは目を伏せてから、アカリの手をそっと握った。
「アカリは、もうすぐ異世界に帰ってしまうんですよね。そうなると、こうやって話すことも出来なくなる」
「元の世界に帰っても、私はローズさんのことを忘れません。それにもしかしたら、元の世界に帰っても、ローズさんと連絡を取る方法はあるかもしれないし」
明るく笑うアカリを見て、ローズは頭を下げた。
「……すいません。貴方を、引き留めるような物言いをしてしまって」
「いえ。ローズさんに必要としてもらえることは、私はとても嬉しいです」
アカリは、ローズを気遣うように微笑んだ。
今回の式では、魔王を倒した『剣神』と『神に祝福された子ども』との結婚式ということもあって、世界中から沢山の王侯貴族がクリスタロスを訪れることが決まっていた。
ロイやロゼリアをはじめとした参列者をもてなすために、リカルドは王族の結婚式にのみ用いられてきた王城の使用を許可した。
歴史的な結婚。
二人の結婚は、まさにそう呼ぶに相応しいものだ。
「とてもよくお似合いです。お嬢様」
「ありがとう。ミリア。でも、どうしてそんな顔をしているの?」
「も、申し訳ございません。つい」
ローズの母代わりとして幼い頃から彼女の面倒を見ていたミリアは、ローズの髪を結い上げながら涙を見せた。
「ギルバート様が眠られている間、私はずっとお嬢様の傍でおつかえしてまいりました。私の感情は、間違っていることは理解しております。ただ私はこれまでお嬢様を、妹のようにも娘のように思ってしまう瞬間もありました。だからお嬢様には、誰よりも幸せになってほしい。私はいつだって、そう願っております」
「ミリア……」
ローズはミリアの言葉を聞いて、きゅっと唇を引き結んでから笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも、きっと大丈夫よ。きっと――ビーチェ様となら、私は幸せになれる」
ローズの言葉に、ミリアは目を細めて笑った。
◇
「よっ。ビーチェ。元気か?」
「……ローゼンティッヒ」
式を間近に控え、クリスタロスに再びやってきた兄貴分を見て、ベアトリーチェは顔を顰めた。
「なんで俺の顔見て嫌そうな顔するんだよ」
「私に怒られる自覚がないと?」
――再び音信不通を貫いたくせに!
相変わらず飄々としたローゼンティッヒの態度に、ベアトリーチェは笑顔で拳を握った。
「……いや、まあその……すまない」
「…………」
一歩後ろに退きながら、ローゼンティッヒはベアトリーチェを宥めた。ベアトリーチェは溜め息を吐きつつ拳をおろした。
「貴方のその髪、もうずっとそのままにするつもりなんですか?」
今のローゼンティッヒは、クリスタロスの王族の血を引く者らしく、美しい金髪と赤い瞳という組み合わせである。
おかげで通行人がずっと彼を振り返っている。
当然だ。クリスタロス王国において金髪は王家の印、赤い瞳は強者の証だからだ。
色だけで判断するなら、彼以上にこの国の王に相応しい者はいない。
「ああ。もうすぐこの国の次期国王も決まる。正式に決まれば俺の名を出す奴も居なくなるしな。それより聞いてくれよ。ついに子どもが生まれたんだが、これが最高に可愛いんだ」
「なんですか。自慢ですか?」
「ハハッ! お前も、子どもが生まれたらきっと分かるぞ~~。まあ、お前の場合すぐ子どもに身長抜かれるんだろうけどな!」
ローゼンティッヒは笑顔で、またもやベアトリーチェの地雷を踏んだ。
「少し黙ってくれませんか? ローゼンティッヒ?」
「悪かった」
ローゼンティッヒは、二度目はすぐに謝罪した。
「というより、何故貴方がここにいるのですか? 次は結婚式の時に私に顔を見せると言っていたのに、随分到着が早いじゃないですか。何か用があってはやめに来たのですか?」
「ん? ああ」
てっきり、当日にひょっこり現れるのではと思っていたベアトリーチェは、まだ式まで時間があるというのにやってきた兄貴分を訝しげに見つめた。
「実は大陸の王から、第二王子宛ての手紙を預かったから届けに来た」
「……なんでそんなものを、貴方が」
――ロイ・グラナトゥムがわざわざローゼンティッヒを遣いにだした? 一体何のために……?
ベアトリーチェは少し疑問に思ったが、自分に告げるあたり、そこまで機密性はないのかと思って首を傾げた。
「しばらく教師としてグラナトゥムの学院に身を寄せていたからな。それなりに信頼してくれているんだろう」
「……」
それだけが理由で、あの王がローゼンティッヒに手紙を預けるだろうか? ベアトリーチェは、妙に引っかかった。
「わざわざあの男に頼んだということは、何か重要なことだったのでしょうか……?」
そうでないならば、ロイはローゼンティッヒには任せなかった気がして――ベアトリーチェは少し不安を感じながら、リヒトに会いにいくと言った兄貴の背を見送った。
◇
「君が第二王子か?」
「……そうですが、貴方は一体どなたでしょうか?」
仮にも王族である自分に対し、余りにもノリが軽すぎる。
子どもから不敬な態度をとられることは多くとも、初対面の大人相手にここまでフランクに話しかけられることも珍しく、リヒトは警戒とともに眉をひそめた。
しかも、金髪に赤い瞳だなんて。
リヒトの記憶の中に、そんな色を持つ人間はいない。
警戒の色を見せたリヒトに、ローゼンティッヒは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「ああ、そうか。君からすれば俺は初対面か? 俺の方は一応、君が生まれた時に抱かせてもらったこともあるんだがな」
「?」
「俺は君とは従妹にあたる。自己紹介をしよう。俺の名は、ローゼンティッヒ・フォンカート。リカルド陛下の妹だった母『光の巫女』の一人息子で、以前はこの国の騎士団長を務めていた。今はワケあって、グラナトゥムに身を寄せている」
その名を聞いて、リヒトは魔法学院でギルバートの言葉を思い出した。
つまり目の前の男が、自分の代わりにローズの婚約者にと声が上がっていたにもかかわらず、国を捨てて愛の逃避行を行った人物らしい。
「? なんで貴方がわざわざ俺のところに……」
「それは俺にも分からない。ただ、あの方は君のことを『友人』だと仰っていた。他国の王というより、君個人に用があってのことじゃないかと俺は思うんだが……」
ローゼンティッヒはそう言うと、リヒトに手紙を渡した。
「直接、俺から君に渡してほしいとのことだった。内容についてはわからないが、君にとって大事なことかもしれないと仰っていた」
リヒトは首を傾げて、ローゼンティッヒから封筒を受け取った。
封筒の中には、手紙と共に一枚の『しゃしん』が同封されていた。
「これが、俺の『しゃしん』……?」