私たちツインレイ。
 同じ生年月日に産まれた女性と男性。
 誕生日は十二月二十五日。
 私、東名美兎が女性。
 彼、西川雅也が男性。
 しんしんと降り積もる雪の日が、私たちの産まれた合図だった。
 何よりも清らかな、この善き日に。私たちツインレイが産まれたのは、奇跡で必然だった。

 「ねえ、その漫画貸してくれよ。」
 「えー。何よ、唐突に…。私がこの漫画、読み終わったらね。」
 これは小学生の会話ではなく、大人の社会人の会話である。
 私は美兎と、彼は雅也の会話だ。
 私たち二人は、大学生の頃に知り合って『同じ生年月日である』ことで盛り上がり、その上お互いに漫画やゲームやノベルが大好きなオタクだと知り、意気投合。勝手気儘に大学生活を謳歌した。
 そのまま同じ会社に就職。そして現在のコレに至る。なんら代わり映えがない無邪気な関係性の私たち。
 同じ会社の同じ部署。休日も勿論同じなので、ユルく友人として遊んでいる。こうして二人して、つるんでるものだから、お互いに恋人は、いない。
 「…なあ美兎。十二月二十五日、俺とデートしない?」
 「…うそっ!私も誘おうと想ってた。」
 「おっ!マジで?」
 雅也は嬉しそうに返事する。
 予定の無いクリスマスの日だったので、暇潰しに雅也を誘おうと思っていたのは事実だ。雅也も暇潰しのつもりなのだろう。
 「そーだ。買おうよ!ケーキ!ホールのおっきいヤツ!」
 私は満面の笑顔で雅也に告げる。
 何も説明を付け足さなくても、雅也は判ってくれた。
 「俺たちの誕生日だからな。買おうぜ、ホールのケーキ!」
 大人になっても他愛なく。純粋にキラキラと輝ける、私たち二人だった。

 来る十二月二十五日。
 デートという名目のホールのケーキ買い出しに出かける。
 私はフカフカでフェイクファーの毛並みの綺麗な白いマフラーを首に巻き付ける。クリスマスの日に、隣を歩く雅也に恥をかかせまいと、念入りに身嗜みを整えて女になった。
 化粧台の引き出しの奥に眠っていたハイブランドの口紅を取り出して、なんとなく祈るように、私の唇に口紅をひく。折角のクリスマスだから、こう、上手くいきますように。とか、そんなお願い事。
 意を決して玄関を出ると、
 あの日のように、雪がしんしんと降っていた。

 待ち合わせ場所である、駅の近くの公園向かうと、公園のベンチに雅也が座っていた。雪が降る中で待っていてくれたのかと、なんだか心と鼻先がキュッとした。
 「今日はなんだか格好いいね、雅也。」
 口から唐突に出てきた言葉に自分でも驚く私。
 驚く私の数十倍も、雅也の方は驚いていた。
 「格好いいね。とか、クリスマスデート楽しむ気満々かよ!」
 「いいじゃない、デートなんて数年も久しぶりなんだから。」
 数年も久しぶりのデート。この言葉に、なんか雅也は瞳を大きくして、何かがひっかかったみたいな顔してた。

 カップルがゾロゾロと歩き回る不思議な日の街中を、私と雅也はぎこちない距離で歩いた。変に間隔を空けてる男女が異様なのか、逆に街行く人々の視線を浴びた。
 クリスマスには、男女二人なら中睦まじく、腕でも組んで歩くのが懸命だった。
 「ん。」
 雅也が観念して腕を差し出してきたので、ありがたく私は雅也と腕を組んだ。

 目的地にしてた流行りのお洒落なケーキ屋さんで、予約済みのホールのケーキを受けとる。ここは俺が。と、雅也が代金全部を支払って、私はペコリと彼にお辞儀した。私の為の、雅也の彼氏仕草に、自然と私の口の端が緩んだ。
 ニマニマと笑顔してる私をじっと見て。雅也は歯を魅せて笑顔とグッドサインを向けていた。私もグッドサインを返す。グッジョブ、雅也。

 『このケーキ、ホテルで喰おうぜ。』
 なるほど、ホテルで。
 グッジョブ、雅也。私もそう想ってた。

 ホテルは予約済みとの事。雅也の誘ってきたデートに、抜かりはなかった。
 大人同士のデート、夜のデート。デート先がホテルって知ってたら、替えの可愛くて綺麗な下着でも、持ってくればよかった。
 ホールのおっきなケーキを携えて、私達は部屋へ着く。扉を開ける。
 パッと目に飛び込んできたのは、大画面の薄型テレビで、やっぱり持ってくるならゲーム機持ってくればよかった。
 「じゃじゃーん。これ。」
 雅也はデート仕様な鞄から、ブルーレイを取り出す。パッケージを見ると、私が大好きな米国のラブコメディ映画だった。

 ラブコメディ映画なのに、泣いちゃった。
 映画を観終わると同時に、ホッと温かな温もりに包まれた気がして、泣いてしまった。
 直ぐ隣を見つめると、真面目な顔して雅也が私を見ている。何時になく。
 「お前の好きな映画、今日観れてよかったよ。」
 雅也がコップを差し出してきたので、ジンジャーエールを乾杯した。
 ホールのケーキを半分こ。ハーフサイズのケーキを一人ずつに。
 笑って、泣いて、温かくて。そんな今日、クリスマス、誕生日に満たされる私は。
 同じ生年月日に産まれたツインレイ・雅也のおかげで満たされている。
 「ありがと、雅也。最高の誕生日だよ。」
 「ん。俺の方こそ、ありがとな。美兎、一緒に居られて幸せ。」
 「一緒に居られて幸せ」の、ニュアンスが、熟年夫婦同士で交わす言葉そのもののニュアンスで笑った。ああ、お腹が捩れちゃいそう。胃の中が、ふわふわする。ケーキ半分も食べたのに。
 「っはっ。うんうん、幸せだね。こうして一緒に居られるの。」
 雅也からの言葉を真似て、私たち熟年夫婦になっちゃった。気がした。
 私たち二人とも上機嫌になって、一つしかないベッドで一緒に眠ることにした。

 ベッドの中では一転して、静まりかえる。
 ここがそれなりに高級なホテルであることを思い知らされるように、静かな窓辺からは宵闇が細やかに星星を輝かせていた。窓辺は、美術館から絵を盗って切り取り、張り付けたような名画だった。
 クリスマスの夜だから、私たちが産まれてきた日の夜だから。神聖さが注がれる。
 雅也の寝顔に月光が仄かに射す。
 柔らかな光が彼の頬に落ちて、生まれたての時を想いを馳せる。
 私は心をこめて、雅也の唇に、私の唇を重ねる。淑やかな口づけが、ちゅっと落ちる。
 雅也がじんわりと眼を開いた。
 人魚姫が海に身を投げる前のシーンみたいな空気が張りつめる。雅也は人魚姫の王子みたいだった。
 「美兎、お前…。」
 「ううん。前々から、雅也にキスしたかったの。」
 雅也の顔は、徐々に悲愴感に染まる。
 すがるように雅也は、直ぐ様、枕元の彼のスマートフォンを手に取り、メッセージを打ちはじめる。
 相手はきっと、会社の年下の、あの娘。
 「…なあ、俺たち、親友のままでいればよかったな。なんか、キスされて覚めたというかさ…。」
 「付き合わない、そういう関係じゃないのに、目茶苦茶仲良しなのが、ドキドキできたっていうか。」
 雅也の独白は続く。
 「ごめん、美兎。俺、年下の女と付き合って結婚して…、家庭持ってじゃないと死ねそうにない。」
 「男の浪漫は、やっぱり男の浪漫なんだよ。知らずに死ねるか。」
 揺るぎない決意と逆ギレ混じりに、雅也は吟醸を語りきった。

 私は心の中で、綺麗に澄んだ海を描いて、海中へと泡となり沈んだ。
 私は人魚姫と同じ、王子様が二番目に好きなお姫様。意志疎通の出来ない王子様の、お気にいりの二番目の。
 「そっか、わかった。こっちこそ、ごめんね。」
 同じ生年月日に産まれた、同い年の私たち。
 同い年で、ごめんね。
 でもね、同じ生年月日に産まれたから、誕生日のホールのケーキを半分こできたんだよね?
 やっぱり雅也は、私にとって無条件に温かくて、大好きな男だよ。

 私たちツインレイ。
 私と雅也の魂は、これから歳をとってやがて死んだ時に、温かな天国の同じ場所へと昇るでしょう。
 無条件に、信じられる。