桜の花びらが一枚、宙を舞った。

 私の視線は、それの行く先を追う。
 不特定多数に踏まれてしまうような場所に落ちるのかと思えば、それは前を歩く人の髪に引っかかった。
 その髪色は明るすぎない金髪。

 大学では黒髪が当たり前ではない。
 知識としては知っていたけど、実際に髪を染めている人を見たのは、これが初めてだった。

 それもあって、その後ろ姿を凝視してしまった。

 風は金髪をなびかせるけど、桜の花びらは落ちない。
 その状況に驚くと同時に、少し面白くて、私は小さく笑みをこぼした。

 本当はここで桜の花びらの存在を教えてあげるのが優しさなんだと思う。
 でも、私には見知らぬ人に声をかけるような気量はなかった。

 それも、相手は金髪で、後ろ姿からして男の人。
 声をかけられるわけがない。

 ほかの優しい誰かが教えるだろう。

 そう思って、私は花びらから目を逸らす。
 それよりも、どこから桜の花びらが運ばれて来たのかが気になって、あたりを見渡した。

 桜の木は、案外近くにあった。
 中庭のような芝生を挟んで、向こう側。
 等間隔に何本か植えられている。

 赤色になろうとしている空と薄桃色の桜の組み合わせは美しく、その景色を残したくなった。

 私はスマホを取り出して、カメラを起動させる。
 スマホを横向きにし、シャッターボタンを押した。
 カシャ、という無機質な音が鳴り、私は今撮った写真を確認する。

 結構綺麗に撮れている。

「ねえ」

 一人で満足していると、誰かに声をかけられた。

 画面から視線を上げると、さっきの金髪の人がそこにいる。
 少し怒っているように見えるのは気のせいだろうか。

 もしかして、花びらのことを言わなかったから、怒りに来た?
 でも、そんな小さなことで怒るだろうか。

 理由はわからないけれど、怒られるかもしれないということと、相手が男の人ということで、私の身体に恐怖が走った。

「今、写真撮ったよね?」
「え、あ、はい……」

 私の声は震えていた。
 桜の木を撮ったことを注意されるなんて、思ってもなかった。

「困るんだけど。盗撮とか」
「……え?」

 盗撮とは、なんのことだろう。
 もしかして、この人のことを撮ったと勘違いされている?

 だとしたら、これほど怒っているのも頷ける。

 でも、勘違いである以上、訂正しなければ。

「いえ、あの、ち、違います。私が撮ったのは、あの桜の木で……」
「は? 嘘は」

 私は証拠としてスマホの画面を見せる。
 彼の表情から怒りが消え、焦りが見えた。

「うわ、マジか……ごめん、普通に自意識過剰だったわ。本当、ごめんね?」

 慌てて謝る様子を見ていると、最初の怖いイメージが一気に崩れる。

 そんなに悪い人ではないのかもしれない。
 そう思いながら、首を横に振る。

千翔(ちか)ー、どうしたー?」

 お互いに気まずくなっていたところに、遠くから声がした。

「なんでもない!」

 チカと呼ばれた彼は、大きな声で返す。
 少しだけ私から視線を逸らしたことで、後頭部が見えた。
 桜の花びらは、まだ彼の頭に居座っている。

 教えてあげるべきか悩んでいると、彼と目が合ってしまった。
 私は慌てて視線を逸らす。

 さっきとは違って、申し訳なさそうにするその表情には優しさが滲み出ている気がした。

 それでも、気まずいものは気まずい。

「えっと……本当にごめんね?」
「いえ……」

 私が言うと、彼は背を向けた。

 ダメだ、気になってしまう。

「あの……!」

 私が呼びかけると、今度は穏やかな表情で振り返った。

「あの、あ、頭に、桜の花びらが……」

 どのあたりに付いているかを教えるために、私は自分の頭を指さす。
 彼は右手で髪を撫でた。
 桜の花びらを見つけると、ますます恥ずかしそうに微笑んだ。

「恥ずかしいところばっかり見せたね。ありがとう」

 そして、今度こそ彼は去って行った。
 一人になり、緊張感から解放されたのか、大きく息を吐き出す。

 最後にお礼を言ってもらえたことで、私は言ってよかったと思えた。

 しかしながら、さっきの桜の写真。
 上手く撮れたと思うけど、少しリセットさせたい。

 もっと近くで撮ったら、より綺麗に残せる気がする。

 中庭を横切って、桜の木に近寄る。
 近くで見れば、その迫力に心を奪われた。

 そして満足のいく写真が撮れるまで、何枚かシャッターを押した。

 もう少し。
 最後は、全体を映してみよう。

 そして桜の木から離れてスマホ画面を見ていると、赤と薄桃色の世界に、金色が混ざった。

 私が気付いたことに、向こうも気付いたらしい。
 ちょっとだけぎこちなく、手を挙げる。
 私は挨拶だと思って、頭を下げる。

 彼は私に近付いてきた。

「さっきは本当にごめんね」
「いえ、全然」

 慌てたように否定することしかできない、自分のコミュニケーション能力が嫌になる。

「君、一年?」
「そうですけど……」

 質問の意図が見えずに答えると、彼はにやりと笑った。

「じゃあ、先輩がいいお店に連れて行ってあげよう」
「え?」

 あまりにも唐突な提案に、間抜けな声が出てしまった。

「安心して、俺のおごりだから」

 そんなことは心配していない。
 いや、むしろ気まずくて仕方ない。

「そんな、申し訳ないです」

 彼は、抗議する私の手を引いて、進んだ。

 金髪の先輩は、たぶん、ただそこにいるだけで目立つ。
 そんな先輩が女子を引っ張って歩いているのだから、もっと目立つ。

「あの、先輩、手……」

 私が声をかけると、先輩は振り向いた。
 そして手元を見る。

「おっと、ごめん」

 気にしていたのは、私だけらしい。
 それだけ、異性に慣れているということなのかもしれない。

 この世界で、私は生きていけるだろうか。

 そんな不安に襲われながら、先輩の背中を追う。
 さっきは落ち着いた金色に見えていたのに、夕日に照らされたことによって、それはとても眩しく感じた。

「そう言えば、名前聞いてなかったよね。俺は真城(ましろ)千翔」
春瀬(はるせ)です……春瀬美音(みお)
「おっけ、春瀬ね」

 ただ名前を教えただけなのに、先輩は満足そうな笑みを浮かべた。

 これは確かに、女子からの人気を集めそうだ。

 そして歩くこと五分。
 到着したのは、中華料理屋さん。
 外見からはそこがお店だとはわからないけれど、暖簾があることから、間違いなくお店なんだとわかる。

「ここの麻婆豆腐、めちゃくちゃ美味いんだよ」

 先輩は得意げに言いながら、引き戸を開けた。
 中に入ると、店員さんが暖かく迎え入れてくれる。
 先輩とのやり取りを聞いていると、先輩がよくここに来ることがわかった。

「春瀬、こっち」

 店内に見惚れていると、先輩に手招きで呼ばれた。

 四人掛けのテーブル席。
 私は先輩の前に座った。
 こうして先輩の視線から逃げられない場所に来ると、変に緊張してしまう。

「春瀬、好きなもの頼んでいいよ。俺のおごりだから」

 先輩はそう言いながら、メニュー表を渡してきた。

「え……」

 改めてしっかりと言われると、さっきのは冗談ではなかったのだと思った。

「さっき、俺の勘違いで春瀬を怖がらせたでしょ? そのお詫び」

 気にしなくてもいいのに。
 だけど、こういうときはお言葉に甘えるのがいいんだって教えてもらったことがある。

「……ありがとう、ございます」

 メニュー表を見ると、美味しそうなものがたくさんあった。
 これだけあると、迷ってしまう。

「俺はやっぱり麻婆かな。春瀬は?」
「えっと……じゃあ、私も、同じもの……」
「本当に? 遠慮せず、好きなもの頼んでいいんだよ?」

 先輩の眼は、それでいいの?と聞いて来ている。

 よくはない。
 辛いもの、苦手だから。

 私はもう一度メニューを見る。

「……天津飯で」
「了解」

 先輩の笑みを、真正面から見るのはなかなかの破壊力がある。

 そして先輩は慣れたように注文をした。

「春瀬って、写真が好きなの?」

 注文した品が届くまでの間、気まずい時間が流れるのかと思えば、先輩が話題を振ってくれた。

「好き、というか……日記みたいなもので」

 先輩は「へえ」と、興味がありそうでなさそうな相槌を打った。

「普通は文章で書くのが日記だと思うんですけど、私は言葉で気持ちを残すのが苦手で。だったら、見たものを残そうと思って、写真を撮っているんです」
「いいじゃん」

 お世辞かもしれない。
 それでも、そう言ってもらえてうれしかった。

「じゃあ、もっとSNS映えする店に行けばよかったかな」
「あ、いえ、そういうのは気にしたことなくて。だから、友達にもよく、私の投稿は地味だって言われるんですけど」
「春瀬、投稿とかしてるんだ? 見たい」

 興味津々のこの表情を見て、逃げられる人はいるだろうか。

 私は自分のアカウントを表示させて、先輩に見せた。

「みおって、美しい音って書くんだね。綺麗な名前」

 先輩はさらっと言って、自分のスマホを触っている。
 先輩は慣れているのかもしれないけど、一切免疫のない私は、まんまと体温を上げている。

「あ、鍵垢じゃん。春瀬、フォローしていい?」
「は、はい」

 そう言ってすぐに、フォローリクエストが届いた。

『千翔』

 これが、先輩の名前の漢字なんだ。
 千に翔るなんて、かっこいい名前。
 そう思っても、私は言えないけれど。

 スマホを操作していく先輩は、ふと笑みをこぼした。

「本当に、SNS映えとか気にしてないんだね」
「友達に生きてるってことを証明するためのアカウントなので」
「生存確認? 春瀬、もしかして自分の命、粗末にしちゃう人?」

 先輩に聞かれて、そう勘違いさせてしまうような言い回しになっていたことに気付いた。

「ち、違います。私、SNSが苦手で、メッセージのやり取りも続けられないんです。その子とは高校も違ったし、私は県外進学だから、ちゃんと元気にやってるか知りたいって言われちゃって」
「なるほどね。このカホって子かな?」

 先輩がどうして花帆の名前を知っているのかと思ったけど、私のフォロー欄を見ればすぐにわかると気付いた。

「はい、そうです」

 たった二人しかフォローしていないアカウント。
 できれば、もう一人については触れないでほしい。

「リクは?」

 私の願いは、届かなかった。
 まあ、二人しかフォローしていなくて、一人が誰かわかれば、もう一人が気になるのは必然的なことか。

「……元カレ、です」

 正直に答えると、先輩は少しだけ驚いた表情を見せた。
 そこにどんな意味が込められているのか、私には読み取れない。

 私みたいな人に彼氏がいたことに驚いているのかな。

「別れてもフォローしてるんだね」

 どう、答えればいいんだろう。

 フォローを外すタイミングを失ったとか。
 友達に戻っただけだからとか。

 いくらでも言い訳は思いつくのに、私の口から出てこない。

「春瀬?」

 先輩は私の様子を伺うように名前を呼んだ。

「……未練がましい、ですよね」

 結局、やり取りしてなくても、繋がっていたくてフォローし続けているだけ。
 こんなの、未練がましい以外、なんて言うんだろう。

「ごめん、責めたわけじゃなくて……」

 先輩の申し訳なさそうな声を聞いて、私のほうこそ申し訳なく思う。
 こんな空気にしてしまうくらいなら、明るく、適当に振る舞えばよかった。

 重たくなってしまった雰囲気の中で、料理が運ばれてきた。
 いつもなら写真を撮って食べ始めるけれど、この気持ちを残しておくのは気が引けてしまって、私はスマホに手を伸ばさなかった。

 お互いに食べ終わるまで、さっきの話題には触れなかった。

「そういえば、さっきの桜の写真、まだ投稿してないんだね」

 食後の水を飲みながら、先輩は言った。

「投稿するタイミングがなかったので……」
「そっか、あれからすぐにここに連れてきたんだった」
「今、しますか……?」

 投稿を促されているような気がして言うと、先輩の目に期待の色が見えた。

 私はろくに画像の加工もせず、投稿文も簡潔に『夕焼けと桜』とだけ記し、桜のアップ写真を投稿した。
 すると、すぐにいいねをされたという通知が届いた。

 目の前にいる、先輩からだ。

 先輩を見ると、いたずらっ子のように微笑んでいる。

「一番乗り」

 なんだか年上に見えなくて、私はつい笑ってしまった。

「そんなの狙ってたんですか?」
「いいじゃん」

 そんなやり取りをしているうちに、また通知が届いた。
 今度は、花帆からだ。

『大学の桜? めちゃくちゃ綺麗だね!』

 メッセージが届き、返信のために文字を打っていく。

『でしょ?』

 メッセージを送信して、自分のタイムラインに新着があることに気付いた。
 花帆もなにか投稿したのかと思って、タイムラインを更新させる。

 表示される新規投稿。

 それを見た瞬間、楽しかった気持ちは一気に行方不明になった。
 シンデレラの魔法でも、もう少しゆっくり魔法が解けていくのに。
 本当に、一瞬だった。

 結論から言えば、数秒前に投稿されたそれは、花帆のものではなかった。
 何か月も動いていなかった、凌空のアカウントからの投稿。

 写真は、いわゆるカップルフォトと言われるもの。
 遊園地のお城の前で、手を繋いだ二人の背中がそこにあった。

 私がアトラクションがニガテだって言えなくて、重たい空気にしてしまった場所。
 私はそれもいい思い出だと思っていたけど、凌空にとっては違ったのかもしれない。

「春瀬、どうした?」

 先輩に声をかけられて、私は現実に戻った。

「いえ……なんでもない、です……」

 こんなにもわかりやすい反応をしてしまったら、先輩は納得しないだろう。

 だけど、私がそれ以上踏み込んでほしくないということが伝わったのか、先輩はただ「そっか」としか返さなかった。

 それから先に先輩が言っていた通り、私はご馳走になり、店を出る。
 外はすっかり、日が暮れていた。

「先輩、今日はご馳走様でした」
「いえいえ。春瀬、家はここから近いの?」
「はい」
「じゃあ、送ってくよ。まだ明るいけど、夜だからね」

 先輩は、どこまでも優しかった。
 そこまでしてもらうのは悪いと断ろうと思ったけど、正直、今は一人でいたくなかった。

 それなのに、お互いに話題を探す間は無言の時間になってしまって、どうしてもさっきの凌空の投稿のことを考えてしまう。

 どうして、ずっと動かしていなかったのに、急にあんな投稿をしたんだろう。
 私とは縁を切りたいって、暗に言ってるのかな。
 だとしたら、なにも言わずにフォローを外したらいいのに。
 私から外せってことなのかな。

 それとも、私のことなんて忘れちゃった?

「春瀬?」

 ぐるぐると思考の迷路に入ってしまっていたのを、また先輩の声により、抜け出した。
 その瞳は、私の身になにがあったのかを心配しているように見える。

 もう、甘えてしまいたかった。

 私の足はその場に止まる。

「教えてください、先輩……元カノとの繋がりがあるアカウントで、新しい恋人との写真を投稿する理由って、なんですか……」

 先輩を困らせる。
 そうわかっていても、もう心に溜めていた声が溢れて止まらない。

「私、忘れられないんです。二人で行った場所とか、会話の内容とか、笑いかけてくれた表情とか、全部、全部、全部。私の耳にはまだ、凌空の声が残ってるんです」

 美音って、優しく呼んでくれた声も、まだ、忘れられない。

 別れて三ヶ月が経とうとしているけれど、まだ。
 私の心には、ずっと凌空がいる。

「でも……凌空の中には、もう私はいない……」

 その事実が、耐えられなかった。

 先輩のことなんて気にせず、ただ思うがままに本音を言ってしまったから、先輩を困らせてしまっていると、空気で伝わってきた。

 こんなことで迷惑をかけるなんて、私、なにやってるんだろう。

「……ごめんなさい、急に変なこと、言っちゃって……」
「春瀬、まだ時間ある?」

 言葉のキャッチボールができていない。
 予想外の言葉が返ってきて、私は、先輩が迷惑だと感じていないのだと知った。

「ちょっとだけ付き合って」

 やっぱり、先輩は強引だ。
 戸惑う私の手を引いて、辿り着いたのは先輩と出会った場所。

 こんな夜に学内に来たのは初めてで、悪いことをしているような罪悪感と、なにがあるのだろうという期待感が、入り交じっている。

「見て、春瀬」

 先輩は右手の人差し指で遠くを指した。
 私はその指に操られたかのように、視界を動かす。

 そこには、ライトアップされた桜の木があった。

「綺麗……」

 夕焼けに染まる桜も美しかったけれど、闇の中で人工的な光に照らされた桜も、綺麗だ。

 私はただただ、その光景に目を奪われた。

「ねえ、春瀬。ここでカップルっぽい写真撮ろうよ」
「……え?」

 先輩の口から出てくるのは突拍子のないことばかりで、私は間抜けな声を返す。

 隣に立つ先輩は、桜を見上げている。
 その横顔からは、なにを考えているのか、全く読み取れない。

「……さっきの答えだけどさ。俺だったら、こんな俺のことなんて、もう忘れてよって思いでやるかなって思って」

 言葉が、返せない。

 凌空がそんなことを思ってるなんて考えたくないとか。
 私は、凌空のことを忘れたくないとか。

 言いたいことはたくさん思い浮かぶのに、先輩に言っていいのか、わからなかった。

「そういうときは、相手が、俺のいないところで思いっきり幸せにしてるところが見たい」
「……だから、カップルっぽい写真?」

 先輩は得意そうに頷く。

 凌空もそう願っているのかは、私にはわからない。
 だけど、一理あると思っている私もいた。

「……そこまで先輩に迷惑かけられないです」
「んー……俺的には、顔が映らなければ全然迷惑じゃないから、気にしなくていいよ。例えばほら、桜を背景に手でハート作ってみるとか」

 先輩は左手を挙げ、ハートの半分を作った。
 その様子は楽しそうで、迷惑ではないというのが、嘘ではないんだと感じた。

「どうして、こんな私に、そこまでしてくれるんですか?」
「んー……春瀬の笑った顔が、可愛かったから?」

 理由になっているようで、なっていない。

 その変な理由を聞いて、ふと私は考えすぎているのかもしれないと思った。

「……一枚だけ、いいですか?」
「もちろん」

 そして私は、先輩の左手に合うように右手でハートを作り、シャッターを押した。

「じゃあ、帰ろっか」
「あ、もう少しだけ、待ってもらえますか?」

 先輩は不思議そうにしながらも、待ってくれた。
 ただ、立ちっぱなしにさせておくのは申し訳ないと思って、近くのベンチまで移動する。

 この気持ちと写真を家に持ち帰ったら、きっと、私は投稿しない。

 だから、勢いのまま、写真を投稿する。
 メッセージはなにもない。
 どんな言葉がこの写真に適しているのか、考える余裕がなかった。

 すると、一分も経たないうちに、メッセージが届いた。
 凌空だ。

『お幸せに』

 それといいねの通知が来て、私のフォロワー欄から凌空が消えた。

 私の恋は終わってしまったのだと、一気に実感した。
 恋心がまだ消えていないのに、こんな一瞬で終わってしまった。

 徐々に悲しみに染められていって、私の感情は涙として溢れていく。

 先輩はそんな私の様子を伺うように、そっと私の頭に触れた。
 私の身体はすっかり先輩に甘えてしまい、私は先輩の胸を借りて泣いた。


   ❀


「落ち着いた?」

 先輩に声をかけられて、私は何度か頷く。
 夜で人がいなかったのは幸いだけど、先輩の前でがっつりと泣いてしまったのが、恥ずかしくてたまらない。

「じゃ、帰りますか」

 先輩は身体を伸ばしながら言う。
 こんな時間まで付き合ってもらって、申し訳ない思いと感謝でいっぱいだ。

 私も先輩に続いて立ち上がろうとしたとき、手に持っていたスマホに通知が届いていることに気付いた。
 花帆と、先輩からのいいねのお知らせ。

 それを見て、ふと気になったことがあった。
 私のフォロー数は、まだ二のまま。

 私はフォロー欄を開いて、凌空のフォローを外す。
 そして、先輩のアカウントをフォローした。

「春瀬、帰るよ」

 先輩に名前を呼ばれて、私は笑顔を返した。