三年前のクリスマスの夜に、彼は私の日常から居なくなった。

 私と彼のクリスマスの過ごし方は独特だった。
 二人ともサンタが大好きで、付き合いたての頃に私が彼の枕元にプレゼントを置いたことをきっかけに、クリスマス・イブの夜には私が、クリスマスの夜には彼が、相手の枕元にプレゼントを置いて翌朝にワクワクしながら開けるという謎の習慣があった。
 そして、そのプレゼントを持つなり身につけるなりして、クリスマスの翌日の夜に、私たちが出会い、付き合い始めた公園で過ごすのが、クリスマスシーズンの恒例だった。クリスマス・イブやクリスマスの夜にはカップルたちが数多くいるこの公園も、その次の日ともなれば、ほとんどいない。そんな静寂に満ちた公園のベンチで肩を寄せ合い、お互いのプレゼントについて感想を言い合ったり、これまでの思い出話に花を咲かせるのが、何より好きだった。

「ねぇ、なんで今年のプレゼントは黄緑色の魔法瓶なの?」

 もっと手編みのセーターとか手袋とかを期待していたのに、と思ってもいない不満を口にしてみる。

「アハハ、ごめんごめん。黄緑色は君らしい色だからってのと、それに見てよ、この魔法瓶。キャップの部分が二重になってて、コップが二つになるんだ」

 この公園で、君が淹れてくれた温かいミルクティーを二人で飲みたくて、と彼は無邪気な笑顔を向けてくる。

 本当に、もう。どこまでも、愛おしい。
 絶対に離さないし、離したくない。

 そう、私は誓っていたのに。彼の手はいとも容易く、私の手からすり抜けてしまった。

 三年前のクリスマスの日、彼はちょっとした出張があった。
 前日の夜に私があげた水色のマフラーを嬉しそうに巻き、「今日の夜ご飯までにはなんとか帰るから」と朗らかな笑顔を浮かべて家を出て、そして――海難事故に遭い、行方不明になった。

 クリスマスの夜は、私たちはいつも家で過ごしていた。ディナーとかイルミネーションとかもいいけれど、私たちにはこっちの方が合っていたから。
 その日も、疲れて帰ってくるであろう彼のためにスタミナのつく料理と、「でも消化の良いものも必要かな」なんて思って特製スープを煮込んでいた。一週間練習した、私の自信作だった。
 あと少しで完成、という時に、クリスマスに合わせた着メロが室内に鳴り響いた。IHの熱を切ってスマホの画面を見ると、彼のお母さんからだった。

「落ち着いて聞いてほしいんだけどね――」

 そう始まったあの日の通話は、もうほとんど覚えていない。
 あの後、私がどう過ごしたのかも思い出せない。
 覚えているのは、プーッ、プーッ、という機械質な和中音だけ。
 年明けから普通に出社できた私は、今思えば本当にすごいと思う。
 ……いや、もしかしたら、忘れるために仕事に没頭していたのかもしれない。

 そして時は流れ……あれから、三年の月日が経った。
 私は今も、彼のことを忘れられていない。
 彼と過ごしたあのマンションで、彼と笑い合ったあのリビングで、彼とプレゼント交換をしたあの寝室で、今日も私はクリスマスを迎える。
 クリスマスには毎年必ず有給休暇を取っていた。だって、この日しか、私は期待を持てないから。

 朝食兼昼食を済ませ、簡単に身支度を整えると、私は材料を買いにスーパーへと向かった。小さな手羽元に生姜、あとスープの材料はキャベツにニンジン、コンソメ……と買い物カゴに次々と入れていく。もう三年も同じ日に同じことを繰り返していたら、慣れたものだ。
 もしかしたら、彼が帰ってくるかもしれない。
 毎年のクリスマス。そう思わずには、いられなかった。

 黄緑色の買い物袋を片手に、まだ日が高い商店街を歩く。
 中央のメインストリートに植えられた木々には、大小さまざまなLEDが巻き付けられていた。もう四、五時間もすれば、青々と光り輝くイルミネーションが見られるだろう。五年前、彼と見に来た時には、それはそれは幻想的な眺めだった、気がする。

「そこのお姉さん!」

「はい?」

 突然、横から声をかけられた。見ると、サンタ帽を被ったおじさんが快活な笑みを浮かべて手を振っていた。

「ひとつどうだい? クリスマスケーキ。今年はちょっと手の込んだアレンジをしてみたから、去年のとは一味違うよ?」

「そうなんですかー」

 チラシを見せながら笑顔で説明するおじさんの話を流し聞きしながら、四年前にも同じようなことがあったな、と記憶の欠片が脳裏に浮かぶ。あの時は確か、やたら長いマフラーを二人で仲良く巻いたカップルサンタの砂糖菓子に私が興味津々で、彼が呆れながら買ってくれたんだっけ。

「――それで、おひとつ、どう?」

 その言葉に、ハッと我に返る。聞いていなかったことがばれたかもなんて思いながら、用意していた言葉を口する。

「ありがとうございます。でも、もうケーキ、買ってあるんで」

 これは半分ウソで、半分ホント。だって、ケーキを買う場所は決まっていて、今からそこへ向かうんだから。

「ありゃ? そりゃ残念。また来年、お待ちしてるぜ~」

 このおじさんは、変にしつこくないから助かる。この記憶の欠片を見つめ続ける忍耐力は、今の私には備わっていないから。
 そんな感想を抱きながら、私は「では」と軽く会釈をして、その場を後にした。

 商店街を抜け、住宅街を通り、大通りに出ると、どこかのお店からクリスマスソングが聞こえてきた。三年前に着メロにしていた、あの曲だった。
 題名は確か、聖夜の贈り物。遠距離恋愛をしている恋人が、クリスマスにサプライズで会いに来た、そんな喜びを歌にしたラブソング。
 私にとっては、全くの真逆になってしまったけれど。

 卑屈な自分の感想に嫌気がさしながらも、私はその哀歌の下を通り過ぎ、目当てのお店へと辿り着いた。

「いらっしゃいませ~」

 聞き慣れた声の主に向かって、私は手を振った。

「こんにちは」

「あ! お姉ちゃん、こんにちは!」

 声の主は、私に気がつくとくしゃっとした笑顔を向けてくれた。
 彼の、妹だ。高校生の頃からこのケーキ屋でアルバイトをしており、大学生となった今でも続けているようだった。

「ショートケーキと、モンブラン。そして、ろうそくを二本、お願いできるかしら?」

 毎年変わらない注文に、彼女は少しだけ表情をゆがめた。

「あの、お姉ちゃん。お兄ちゃんのことは……」

 そこで、彼女は口をつぐんだ。何かを言おうとしているのも、何を言おうとしているかも、わかっていた。私が、彼にずっと未練を抱いていることだ。

「大丈夫! 私はなんともないから! ただ、やっぱりこの時期は彼のために用意しておかないと、ね?」

 彼はすぐすねちゃうから、と精一杯の空元気で作った笑顔を、彼女に向けた。
 本当なら、気を遣ってくれる彼女のためにもこんなことはやめないといけない。そんなことは、わかっている。でも、どうしても、この時期だけは期待せずにはいられなかった。

「はい、わかりました。お兄ちゃんも、喜んでくれていると思います」

 彼女も、屈託のない笑顔で返事をしてくれた。
 またいつか、前みたいにお泊り会なんてして、朝までお話しできる仲の良い本当の姉妹みたいに過ごせたら、なんて思いながら、私はお店を後にした。

 ケーキと夕飯の材料を両手にぶら下げ、帰路につく。
 ふと、冷たい感触が鼻の頭に優しく触れた。

「雪、だ」

 白くて小さな結晶が、ひとつ、またひとつと天から舞い降りていた。それらはゆったりと風に吹かれ、地に落ち、ふっと消えた。

「これは、もしかしたら積もるかも」

 どんどん強くなる雪風の中、そんな独り言を後に残して、私は駆け足で家へと向かう。もと来た道を、必死に風に逆らいながら戻る。そこは既に薄っすらと白くなっており、人通りも少なくなっていた。

 ほどなくしてマンションの自分の部屋の前に着くと、私はかじかんだ手で鍵を開けた。
 上がり框の端に煩雑にケーキと夜ご飯の材料を置くと同時に、背後でバタン、とドアが閉まった。
 薄暗い玄関で、ふぅ、と息を吐く。肺の中に溜まった冷たい空気が、静寂の部屋の空気に触れ、溶けていく。「ただいま」なんて決まり文句を言うこともなく、私はブーツを脱ぐと、ケーキやら材料やらを冷蔵庫に押し込んだ。
 そしてそのまま、キッチンの明かりをつけ、お湯を沸かす。

 本当は、このまま机に突っ伏して寝たい。
 何もせずに、ただただ時間が過ぎ去るのを待っていたい。
 でも、それを一度してしまうと、二度と立ち上がれなくなる気がしてならなかった。

 醤油やみりん、酒などの調味料を混ぜたビニール袋に下準備をした手羽元を入れて混ぜ、空気を抜いて袋を閉じ、漬けておく。

 ――本当は一日漬けておくといいんだけど、一、二時間でも美味いんだよ。

 もし私がこれをやらなくなったら、あの日彼から教えてもらったことが、またひとつ消えてしまう。それだけは、絶対に嫌だ。

 漬けている間に、特製スープの準備。キャベツやにんじんなど、買ってきた材料を一口サイズに切り、生姜をすりおろす。

 ――今日の夜ご飯までにはなんとか帰るから。

 そう言っていた彼の笑顔を、もっと見たくて練習した、私の自信作。あの日の、あの時の私の気持ちを、忘れたくなくて、薄れさせたくなくて……。

 ポタリ、とまな板の上に水滴が落ちた。
 上を見てみても、何もない。それはそうだ。ここは五階建ての三階。雨漏りなんてするはずがない。じゃあ、いったい……。
 そんなことを考えている間に、どんどんその水滴は頬を伝って、まな板に、エプロンに、キッチンの床に、染みを作っていく。

「うっ、ううっ……」

 もう何度も流したのに。止まらない、止まってくれない。もう、いい加減にしてよ。止まってよ。忘れさせてよ。お願い……。

 その時、機械質な音が部屋中に響き渡った。デフォルトの、何の特徴もない着信音だ。

「……はい」

 急いで涙を拭き、電話の相手も確認せずに出た。声を取り繕うことに必死で、そこまで頭が回っていなかった。電話の相手は、彼のお母さんだった。

「久しぶり、元気だった?」

 優しくて、おっとりした母性溢れる声。この声に、私は何回も励まされてきた。

「はい、おかげさまで元気です。それで、どうしたんですか?」

「実はね、息子の持ち物が、新たに見つかったの」

 電話を終えてすぐ、私は部屋を飛び出していた。

  ***

 彼の実家まで、電車で三十分ほど。
 車窓から流れていく景色をぼんやりと見つめながら、私は先ほどの電話での会話を思い出していた。

 ――実はね、息子の持ち物が、新たに見つかったの。

 なんで今さら、と思った。あれから三年。そういったことは一度もなかった。
 いやもしかしたら、彼のお母さんが気を遣って連絡してこなかっただけかもしれない。だって、さっきの言葉の後に、「ぜひあなたに、受け取ってほしいの」と言っていたから。

 私に受け取ってほしいものって、なんだろう。
 考えてもわかるはずないのに、頭の中はそのことでいっぱいだった。

  ***

「いらっしゃい」

「ご無沙汰しています」

 簡単な挨拶を交わし、私は促されるまま奥の部屋へと歩いて行く。
 何度かお邪魔し、その度に感じる彼の実家の独特の香り。彼が生まれてから長い時間を過ごしたであろうここは、私にとって数少ない安らぎを覚えられると同時に、悲しみをより一層深くする場所だった。

「どうぞ」

 そこは、彼の部屋だった。学生時代に、何度も入ったことのある小さな部屋。カーペットやカーテンなど、水色を基調とした配色に、窓辺には観葉植物といったおしゃれなインテリアが、彼らしさを醸し出していた。私があげたマフラーの色も、このイメージがもとになっている。

 そしてその部屋の中央に置かれた小さなテーブルの上に、黒色のカバンが乗っていた。

「これ……」

 私が随分前に、彼の誕生日にプレゼントしたカバンだった。
 彼はおっちょこちょいで、よく傘を忘れてはずぶ濡れになっていた。折りたたみ傘を持って行く癖をつければいいのに、彼は濡れないようにと、ビニール袋に書類やら筆箱やらを入れていた。それを見かねた私が、防水と収納を兼ね備えた、仕事でも使えるカバンをプレゼントしたのだ。

「中を、見てみて」

 その声に押されて、私はおそるおそるテーブルに近づき、カバンに手を伸ばす。
 なんだか、怖い。
 心臓が、さっきからうるさいくらいに高鳴っていた。
 今まで幾度となく見てきたカバンなのに、すごく別物のように感じるのも、この緊張のせいなんだろうか。
 それでも、ここまで来て見ないわけにもいかない。
 中身を確認した後なのだろう。チャックは開いていたので、そのままカバンの口を開き、中をのぞき込んだ。

「これって……」

 壊れないように、慎重に中にあったものを取り出す。
 一番上には、ビニール袋に入った封筒と、手紙。まだ書きかけなのか、手紙は封筒にはしまわれていなかった。封筒の真ん中には、私の名前が書かれていた。
 そして、そのビニール袋が乗っていた下には、これまたビニール袋に入った黄色の紙箱があった。
 そういえば、まだこの癖があったんだっけ。
 忘れかけていた彼の欠片を胸に、ビニール袋の口をほどき、箱のふたを開ける。

「黄緑色の、マフラー……」

 ――黄緑色は君らしい色だから。

 いつかの彼の言葉が、脳裏を横切った。
 黄緑色を基調として、ところどころにチェックの刺繍がほどこされた可愛いマフラーだった。

「手紙も、読んであげてね」

 その言葉に、ハッと我に返った。と同時に、パタンと彼の部屋の引き戸が閉じられた。部屋の中には、私一人になった。

 込み上げてくるものをどうにか抑えつつ、私はビニール袋からゆっくりと手紙を取り出し、そこに綴られている懐かしい筆跡に目を落とした。

 ――せいちゃんへ。

 私と彼だけの、呼び方。
 その始まりだけで、目の前が霞んで、どうしようもなくて、手紙を濡れないように抱きしめるのが精一杯だった。

 ***

 雪は、想像以上に振り続けていた。まさかの一夜にして、ホワイトクリスマス状態。電車が動いているか心配だったが、元々降雪の多い地域だからか、普通に運行していた。
 彼のお母さんからは、もう遅いので泊まっていったらどうかと勧められたが、断った。これ以上彼の気配や思い出が詰まったあの家にいたら、私がどうにかなってしまいそうだったから。

 彼からの贈り物を首元に巻き、私は降りしきる白銀の結晶の中、家路へとついていた。

「寒いね」

 誰に言うでもなく独り言ちる。もちろん、私の傍に誰かがいるわけでもないので返事はない。近くにあるのは、雪の気配だけ。

 ……ううん。彼の気配も、少しだけ私の中に蘇っている。

 私はバックから彼の手紙を取り出し、そっと胸に抱く。くしゃり、と手紙が微かに音を立てた。

 ふと気がつくと、いつの間にか家の近くの公園まで戻ってきていた。
 彼と出会い、過ごし、笑い合った公園。
 あれ以来、一度も入らなかったこの公園に、今なら入れる気がした。

「うん、大丈夫」

 そう自分を鼓舞し、歩道よりも雪が積もった回遊路に足を踏み入れる。時間的にも人通りはなく、静寂に包まれた公園に雪を踏み締める音が響く。
 一度入ると気持ちは決まり、二歩、三歩と足を進め、カーブがかかった道を歩いて行く。
 やがて、私と彼が、クリスマスの翌日によく過ごしていたベンチが見えてきた。そのベンチは、公園内で一番大きな池に向かうように配置されており、茂みに隠れて公園の外からも見えにくいので、私たちのお気に入りだった。私としては、この場所で告白されたっていうのもあるんだけど。

 ベンチの上に積もった雪を払いのけ、私は腰かけた。
 ひんやりとした感触が伝わってきたが、あまり気にならなかった。
 そして、抱きしめるように持っていた手紙を再び開き、その筆致に視線を滑らせる。

『せいちゃんへ。
 メリー・クリスマス! 今年はせいちゃんからマフラーをもらったので、僕もマフラーを選んでみました』

 かじかんだ手で、そっと視界の端に映る毛先に触れる。冷たくて感触はほとんどないけれど、どことなく心が暖かくなった気がした。

『せいちゃんは、付き合った頃からよく黄緑色の物を持っていたよね。休日に映画を観に行った時のポーチだったり、今はあんまりしていないけどシュシュ?(だったっけ?)っていう髪留めだったり、春先に履いていたスニーカーだったり。
 明るくて、笑顔が素敵で、春生まれのせいちゃんにピッタリの色だなって、いつも思っていました』

 いつも言葉ではあんまり言わないのに、よく見てくれてたんだな~と、ちょっと嬉しくなる。私も、あなたの服のアウターとか、筆箱とか、スマホのケースとか、夏生まれのあなたらしいよ~って、言っておけば良かったな、なんてちょっと思う。
 それに、シュシュをよく知らないところも、それを手紙で聞いてくるところも彼らしくて、思わず笑みがこぼれる。

『そうそう。いつもと言えば、これを言わないと。
 せいちゃん。いつも、僕を支えてくれてありがとう。
 せいちゃんが笑って「おはよう」と言ってくれる時、
 せいちゃんが元気良く「いってらっしゃい」と言ってくれる時、
 せいちゃんが嬉しそうに「おかえり」と言ってくれる時、
 せいちゃんが安心したように「おやすみ」と言ってくれる時、
 僕は、心の底から幸せを感じています。
 いつも傍にいてくれて、本当にありがとう』

「私こそ……だよっ」

 雪の滴とは違う温かい水滴が、手紙を湿らす。
 こんなの、ずるい。こんなことを手紙に書かれて、泣かない方が無理だ。それも散々あなたを待ち続けた今になって。

 私は、ずっと怖かった。
 時間が過ぎるにつれて、彼と過ごした日常の記憶が、薄れていくのがわかったから。
 彼との幸せな思い出が、これ以上築けないことに気づいたから。
 彼を失った悲しみまでもが、段々小さくなっていくのを感じていたから。

「でも、このままじゃダメ、だよね……」

 彼が幸せを感じてくれていた時の「私」は、今の私じゃない。
 前を向いて、笑って、大切な人への想いを膨らませていた私。
 もし彼が今の私を見てしまったら、多分がっかりするだろう。
 それに、あの時の「私」までもがいなくなってしまったら、彼と過ごした全ての日常が、思い出が、幸せが、なかったことになってしまう。そんな気がした。

『それとね。本当は、直接言うつもりだったんだけど、なんだか書きたい気分なので書きます。
 せいちゃん』

 手紙は、ここで終わっていた。
 なんてところで終わらせるんだろう、と思った。
 どうせなら、最後まで書いてくれればいいのに。

 でも、この先は、私が紡いでいったらいいのかもしれない。
 彼が私に言おうとしていたことは何かわからないけれど、少なからずそれは、前向きなことだ。
 だったら、前を向いて、彼がまた言いたくなるように、しっかり生きていきたい。

「メリー・クリスマス。ゆうちゃん」

 手紙を閉じ、立ち上がる。
 その拍子に、静かに舞い降りていた雪が軌道を変え、足元でサクサクと音が鳴った。

 あの日以来はじめて、私は舞い散る雪を綺麗だと思えた。