供 述 調 書

 私は、いま話した住所に父と姉と一緒に住んでいる、美しが丘高校二年生の御《み》笠《かさ》雅《みやび》といいます。
 今日は、私の同級生の永岡光平くんのことについて話します。
 私と永岡くんは、お互いに小さなときからよく知っている幼馴染みです。
 私はいつもは永岡くんのことを『こうちゃん』と呼んでいるので、今日もここからは『こうちゃん』と言って話します。
 こうちゃんは、とっても頭が良くて、優しい男子です。
 成績は、全教科いつも学年で一〇番以内に入るくらい優秀です。
 特に理系は得意で、二年生になってすぐの実力考査では物理で満点を獲っていました。
 でも、そんな優秀なところを自慢したり、ひけらかしたりすることは全くなくて、先生に褒められてもいつも黙っています。
 ただ、この黙っている態度が気取っているように受け取られたり、目が悪いので人を睨みつけているように見えたりするので、それを誤解してこうちゃんを嫌っている人も居ます。
 また、口下手でときどき相手を傷つける言葉を言ってしまうこともあるので、そのせいで余計に誤解を受けます。
 でも、本当はとっても優しいです。
 私を含めて、こうちゃんの近くに居る人はみんな、こうちゃんが本当はとっても優しい男子だと知っています。
 去年、高校一年生の夏休みに、私が自転車の鍵を失くして駅の駐輪場でとっても困っていたとき、こうちゃんは駅員さんに尋ねたり、一緒に交番に行ってくれたりしました。
 そして、日が暮れるまで、ずっと一緒に鍵を探してくれました。
 学校では、桜台さんが階段から落ちたのは、こうちゃんのせいじゃないかという噂が広がっていますが、私はそれは絶対に違うと思います。
 こうちゃんはクラス副委員長で、委員長の桜台さんの補佐をしています。
 桜台さんはけっこうわがままで、あまりよく考えずにいろんなことを思いつきでやってしまうので、補佐をするこうちゃんはいつも困っているようでした。
 でも、こうちゃんは桜台さんを嫌っていたんじゃなくて、心配していたんだと思います。
 いつか、教室の鍵を掛け忘れたことで、こうちゃんが先生からすごく怒られたことがありました。
 でも本当は、鍵を掛けるのは委員長の桜台さんの仕事です。
 こうちゃんは、桜台さんの吹奏楽部がコンクール前で忙しいから、自分が代わりに教室の鍵を掛ける役をやっていたと言っていましたが、これはたぶん嘘で、本当はこうちゃんが桜台さんを庇ったんだと思います。
 こうちゃんはそういう人です。
 こうちゃんは、桜台さんに振り回されて嫌な思いをずっとしていましたが、それで桜台さんを階段の上から突き落とすような男子ではありません。
 きっと、落ち着きのない桜台さんが自分で足を踏み外したんだろうと、私は思っています。
 もっとよく調べてもらうようにお願いします。

                                        御笠 雅







     供 述 調 書

 私は、ただいまお話しいたしました住所地に家族とともに暮らし、県立美しが丘高等学校で英語の教師をしている若《わか》宮《みや》誠《せい》一《いち》と申します。
 今日は、私が担任をしております当校の生徒、永岡光平くんの人となりについてお尋ねですので、日ごろの様子を交えつつお話いたします。
 永岡くんは現在当校の二年生であり、私は昨年度から二か年連続で彼の担任を勤めております。
 彼は非常に成績が優秀で、特に理数系に長《た》けており、こと物理に関しては教師陣も舌を巻くほどであり、来年はおそらく優秀大学への難関を突破して素晴らしい結果を残してくれるものと期待する有望な生徒です。
 部活動はやっておりませんが、時折、物理科学部の活動に臨時参加して共に実験を行ったり、研究発表の補助などを務めたりしているようです。
 入学から現在に至るまで特段問題となる素行はなく、どちらかといえば目立たない生徒と言え、感情表現が豊かでないことと併せ気軽に談笑する姿などをあまり見せないことから、彼の交友関係は非常に狭い印象があります。
 唯一、クラスメイトで物理科学部の原《はる》田《だ》治《はる》紀《のり》くんとは懇意にしているようですが、いまのところ彼以外に濃密な友人関係を持つ相手は居ないように見受けます。
 しかし、孤独を好んで独善的に集団行動を乱すような素行はなく、グループ作業などでも輪を乱さず熱心に取り組む、生来、実直な人柄のようです。
 クラスでは副委員長を務めており、これは今年の四月、今回の問題の当事者となっている桜台風子さんが委員長に選出された折になした彼女本人の指名を請けたもので、現在まで委員長の補佐として充分にその責務を果たしています。
 一部では永岡くんと桜台さんの仲は険悪であったと噂されていますが、私自身はそう感じたことはありません。
 誰にでも明るく接する桜台さんが前傾姿勢でクラスを引っ張り、それを彼が後ろからサポートするといった感じの、どちらかといえば相互に協力しあう良好な関係であったと認識しています。
 ただ、彼は非常に口下手で、意見を述べる際に言葉の選択を誤って他者への配慮を欠いてしまうことが度々あり、これによって招いた誤解が彼の評価を著しく下げてしまっている事実はあります。
 しかし、これは彼の本意ではなく、彼に対して反感を持っている他の生徒たちも彼の真意を知れば、必ず彼を理解してくれるものと思います。
 今回の桜台さんの件については、ただただ慙《さん》愧《き》の念に堪えません。
 教育現場においてこのような由々しき事態が発生したことを、教師として厳に重く受け止めております。
 今後も、警察の捜査に対しては全面的に協力をいたします。
 一日も早く事実が解明されて、校内に明るい雰囲気が戻ることを期待しております。
 必要であれば、またいつでもお話いたします。

                                        若宮誠一



「諸田部長、なんだ? これは」
「あ、下見係長。なんでしょう?」
「俺の指示と違うだろ。俺は永岡光平の悪質性を裏付ける調書を取ってこいと言ったはずだ」
「そうですか? 彼の人となりが浮き彫りになる供述を集めて来いと仰ったので、そのとおり、彼をよく知る幼馴染みと担任教師から供述調書を取ってきたんですが」 
「贔屓《ひいき》目《め》でしか見ないヤツの供述を集めてどうするんだっ! 事実に反するだろ! 人ひとり死にかけてるんだぞ? お前、なに考えてるんだ!」
 パシッ!
 丸めた調書用紙で、下見係長が私の頭をはたいた。
 あからさまなパワハラ。
 さらにその棒状の用紙が、私の額にぐいぐいと押し付られる。
「桜台風子の制服から永岡光平のDNAが出た」
「知ってます」
「近々、ヤツの逮捕状を請求する。ちゃんと永岡の悪質性に関する供述を拾って来い!」
「彼の人となりは調書のとおりです。DNAだって出て当たり前じゃないですか? 落ちてゆく桜台さんを止めようと手を出したって彼が言ってるんだから」
「なんだとっ? 貴様、誰に向かって――」
 そのときだ。
「あああーーーーーーっ!」
 ガチャン!
 突然響いた、陶器が割れる音。
 続いて、私に罵声を浴びせようと前傾姿勢になっていた下見係長の足元に盛大に熱々のお茶が散らばった。
「うわっ! あちぃっ! どこに目ぇ付けてんだっ!」
 下見係長がのけ反りながら怒号を飛ばした先に居たのは、前屈みになってお盆を持っている、例の年上新任くん。
「あらー、すみません。ちょっと手が滑ってしまって」
「お前、ほんっとなにやらせてもダメだなっ!。もう警察辞めて田舎に帰れっ!」
「いやぁ、田舎って言われてもここが地元なんで」
「やかましいっ! さっさと片付けろっ!」
 鬼瓦のような顔の下見係長。
 私に向いていた毒気が一気に失せたのか、新任くんを睨みつけた下見係長は「ふん」と鼻を鳴らして自分の席へと戻った。
 新任くんが体を起こしながら、放心している私を見てにっこり笑う。
「すみません、諸田部長。お茶、かかりませんでしたか?」
「う、うん。だいじょう……ぶ。その……、あ、ありがと」
 そっか。
 彼……、私を助けてくれたんだ。
 新任くんとはいえ、やはり私よりふたつ歳上の良識ある大人の男性。
 私はやっぱりバカだ。
 完全な大人のなり損ない。
 こんなにも、色眼鏡が人の感覚を狂わせるものだなんて。
 私は恥ずかしい。
『俺の目に狂いはない。あの永岡の目は被疑者の目だ』
 この捜査が始まるとき、下見係長は私に自信満々でそう言った。
 長年にわたって少年係で係長をやってきた警部補から言われた言葉……。
 うかつにも私はこれを鵜呑みにした。
 たぶん……、永岡光平は違う。
 根拠はない。
 たぶん違うと、直感的に思うだけだ。
 この捜査は、このまま確固たる証拠が集まらなければ、嫌疑不十分という形で終わりを迎えると思う。
 法律的にはそれでおしまいだ。
 逮捕状なんて出るわけない。
 永岡光平はおそらく、この捜査が『犯人が居たとも、居なかったとも、完全に証明できない』という結末を迎えたあと、そのまま放免される。
 しかし、それではダメだ。
 それでは永岡光平へ向けられた疑いの目がそのまま残ってしまう。
 そのままでは彼を救えない。
 彼を救ったことにならない。
 事実は桜台風子だけが知っている。
 しかしいまは、生命維持装置によって塞がれている彼女の口からその真実を聞く事は叶わない。
 彼女の転落が誰かの手によるものだとしたら、その犯人を捕まえることは警察の重大な責務だ。
 それに、もしかしたら、転落は彼女自身の過失によるものかもしれない。
 それらの事実が明らかとならず、なにもかもがうやむやなまま、『永岡光平は犯人ではない』と確定されずにこの件が終わりを迎えることは……、私の警察官としての誇りと使命感が許さない。
 もう一度、永岡光平に会おう。
 会って、ちゃんと向き合うんだ。
 私のお父さんなら、きっと……、きっとそうするだろうから。



「風子、今日はちょっと大人しくしといてくれ」
『大人しくって?』
「妹が帰って来るんだ」
『おおう、入院中の妹ちゃん? 退院するんだ! よかったねー』
「いや、一時退院な。というか……、ずっとこれの繰り返しなんだけど」
 体育祭が終わって、襟元を通り過ぎる風が急に肌寒く感じるようになった。
 自転車に乗って、颯爽と放課後の正門へと坂道を下りる。
 今日は、妹の愛《まな》が一時退院して帰ってくる日だ。
 愛は小学六年生。
 でも……、学校へはぜんぜん行けてない。
 愛は三歳のときに、お医者さまから、『よくもって十歳から十二歳が限界』だと、余命を宣告された。
 遺伝子が原因のとても特殊な病気で、体が成長しても臓器や循環器の能力が追いついていかず、結局その限界を迎えたときに緩慢に死にいたるという奇病。
 今年、愛は十二歳になる。
 実は、いつ死を迎えてもおかしくない状態。
 父さんは、『これは神さまが与えてくれた最大の試練』と、神の愛に感謝しているらしい。
 正気じゃない。
 『愛』という名前は、僕の『光平』と同じように神学的なイメージで付けられた。
 神の無限の『愛』である『アガペー』そのものであり、そして旧約聖書の中に登場する、イスラエルの民がカナンの地に着くまでの四十年間ずっと神が降らせた食物『マナ』を想起させる。
『ふうん。入退院の繰り返しなんだね。愛ちゃんって言うの? かわいい?』
「ふふん。僕が言うのもなんだが……、かわいいぞ?」
『うわ、光平のそんな顔初めて見た。えっと……、それって、女の子として、かわいいって思うってこと?』
「妹としても、女の子としてもかわいいな……って、そんなこと聞くな。恥ずかしいだろ」
『いやー、光平がどんな女の子が好みなのか、ちょっとばっかし知りたくなって』
「好み? そうだなぁ……、大人しくて、おしとやかで、唐突に文化祭で無計画な演劇をやりたいなんて言い出さないような……、そんな女の子だな」
『なんですとー? それって、あたしピンポイントで除外されてるじゃん!』
「いいじゃないか。僕から好みだなんて言われたら気持ち悪いだろ」
『そそそ……、そんなこと……ないもん』
「ほら、そろそろ着くよ? 愛がびっくりして倒れたらいけないから、しばらく風子とのお喋りはお休みね」
『うぇーい』
 風子はなにか言いたそうな感じだったけど、仕方がない。
 愛は心臓も弱いから、僕が話しているのが実体のない謎の相手だと知ったら卒倒してしまうかもしれないし。
 風子との会話を終えたとき、ちょうど我が家の教会の駐車場に父さんの車が入って行くのが見えた。
 バタバタと玄関前に滑り込ませた自転車。
 スタンドを立てて、何事もなかったかのようにチェーン錠を掛ける。
 そしてちらりと横目で見ると、ちょうど父さんの車の後部座席から母さんに手を引かれた愛が降りるところだった。
 大きく息を吸って、平静を装う。
「ちょうど一緒になったね。おかえり、愛」
 長く、美しい黒髪。
 透き通るように白い肌。
 この世のものとは思えないくらいに愛らしい笑顔が、真っ直ぐに僕を捉える。
「ただいま。兄さん」
 愛の白いワンピースを染める、柔らかな落陽。
 僕に微笑み返した愛はちょっと空を見上げて、それからゆっくりと家の中へ入った。
 愛が家に帰って来られるのは、年に数回。
 今日から十日ほどは家に居るけど、体調が悪くなればまたすぐ病院へ帰らなくちゃならない。
 いつも誰にも座られることのないダイニングテーブルの四つ目の椅子が、今日は主《あるじ》を迎えてなんだか誇らしげに構えているように見えた。
「今日は愛の好きなホワイトシチューよ? いっぱい食べてね」
 父さんも母さんも、いつもよりずいぶん饒《じょう》舌《ぜつ》だ。
 普段は僕も父さんもほとんど喋らないから、いつも夕食の時間はしんとしている。
 こんなに楽しい夕食は本当に久しぶり。
「主《しゅ》よ。愛をここにお連れ頂きましたあなたの祝福に感謝いたします。愛? 病院では長い髪を洗うのは大変だろう? 切らなくていいのかい?」
「うん。お父さんお母さんが許してくれるなら、愛はこのままがいいな」
「そうか。 愛がそうしたいのならそれでいいよ?」
 楽しい団らん。
 あと何回、こうやって愛を囲んで楽しい食事ができるんだろうか。
 愛の病院は、この辺りでは一番大きな総合病院。
 交通事故などの負傷者が最初に運ばれる救急病院でもある。
 実は、あの『病院の風子』が入院しているのも、同じ病院だ。
 夕食の間、僕はすっかり『うしろの風子』のことを忘れてしまっていた。
 スマートフォンは二階の机の上に置いたまま。
 食後、愛と楽しく話していた僕は突然そのことを思い出して、ぬるくなったコーヒーの残りをパッと飲み干した。
「愛? また明日、たくさんお話しようね?」
 愛におやすみを言うと僕はいつもの僕に戻って、それから少し早足でトントンと階段を駆け上がった。
 本来の愛の部屋は、僕のとなりの部屋。
 でも、今回の帰宅の間は、ずっと一階で母さんと一緒に寝るらしい。
「風子のヤツ、ほったらかしたからちょっと怒ってるかもな」
 そう独り言を言ったあとで、こんなことは前の僕なら思いもしなかっただろうなと少々笑った。
 いつの間にか、風子がそばにいるのが当たり前になっている。
 いつまでこの状態が続くんだろう。
 あれから、謎解きはまだ中途半端のまま。
 僕とハルダの見解は、『原因は不明だが、突然、僕のスマートフォンの中に風子とそっくりの思考や言動をするAIプログラムが仕組まれた』というものだけど……、特殊なアクセス権限が設定されているのか、どう解析してもその関連ファイルを見つけられないでいる。
 鍵を握っている『病院の風子』の意識もまだ戻っていない。
「お待たせ、風子」
『うぇーい』
「ご機嫌ナナメだな」
『べつにぃ。愛ちゃん、かわいいね』
「そう思うか?」
『光平、ああいうタイプが好みなんだ』
 愛が好みのタイプ?
 まぁ、妹としても女の子としてもかわいいと思うけど、好みのタイプかと聞かれると……、ちょっと違うかも。
「それは見た目の話だろ? 愛の見た目はすごくかわいいって思うけど、僕は顔かたちだけで好きにはならないんだ」
『へぇー。えっと……、いま、好きな人っているの?』
「え? 残念だな。それは公開不可の極秘情報だ」
『なんですとー? ちょっとだけ! ねぇ、ヒント!』
「うるさいの。さ、課題やんなきゃ」
『もー、いいじゃん。ちょっとくらいー!』
 トントン。
 風子の声の残響がまだイヤホンの奥に残っていたとき、不意に僕の部屋のドアがノックされた。
 慌ててスマートフォンの自撮りカメラを終了する。
「あ、えっと、母さん? ちょっと電話中」
 そう声を上げたあとの、数秒の無言。
 なんだろうと思って立ち上がり、僕はそっとドアを開いた。
「兄さん」
 愛だ。
 シャワーを浴びたのか、やや濡れた髪にピンク色のパジャマ姿。
 その上に白いカーディガンを羽織った愛が、ちょこんと廊下に立っていた。
「どうしたの? ひとりで大丈夫なのか? 母さんは?」
「大丈夫。今日はずいぶん具合がいいから」
「そう。まだお話足りなかった?」
「うん。兄さんにちょっと聞きたいことがあって」
「そっか。じゃ、もうちょっとだけね」
 そう言って、僕は愛を部屋に招き入れてベッドに座らせると、僕も椅子をベッドの方へ回転させて腰掛けた。
 愛がふわりと僕の部屋を見回している。
「どうかした?」
 すーっとシーツを撫でながら、ベッドの上に視線を置いて柔らかく言葉を返した愛。
「兄さん……、なんか、前と変ったね」
「変った? そうかな」
「なんだか、前よりとっても穏やかになった」
「穏やか?」
「うん。すごく優しい目になった。もしかして、大切にしたい人ができた?」
「え? そう……だね。愛のことはいつも大切にしたいって思ってるよ?」
「違うの。愛じゃなくて」
 愛はそう言ってゆっくりと顔を上げると、その美しい瞳を真っ直ぐに僕へ向けた。
「ねぇ、兄さん。その、後ろに居る女の子、だぁれ?」
「えっ?」
 一瞬、息が止まる。
 スマートフォンを持つ手が机に触って、コトリと小さな音を立てた。
 愛は満面の笑みだ。
『な、な、な、なんですとー?』
 次の瞬間、突然、スマートフォンがスピーカーモードに切り替わって、飛び出しそうな風子の声が部屋に響いた。
「うわっ、突然でかい声出すなっ!」
『だってぇ!』
「ちょっと黙ってろ! ……ええっと、愛? この子が見えるのっ?」
「うん、すごくかわいいね。兄さんの彼女?」
 そう言った愛はちょこんと肩をすぼませながら、首を傾げてゆらゆらとゆらめく瞳を僕の左後ろの空間へと向ける。
『あっ、あたしがかかか、彼女っ?』
「い、いや、突っ込むとこはそこじゃないだろっ」
『光平っ! あたし、妹ちゃんと、おっ、おっ、お話ししたいっ!』
「ちょ、ちょっと落ち着け、風子」
「ふぅん、フウコちゃんて言うんだ。かわいい名前」
 この異常な現象に、全く驚いた様子を見せない愛。
 スピーカーからは、風子がキャーキャーと喜んでいる声が聞こえている。
 これはとんでもなくでかい検証材料だ。
 初めて、このスマートフォンを通さずに風子の姿を見ることができる者が現れたんだから。
 もしかしたらこれがきっかけで、この『うしろの風子』の謎が解けるかもしれない。
 外はもう満天の星空。
 僕は高鳴る胸の鼓動を鎮めるようにゆっくりと深呼吸しながら、『うしろの風子』を見つめる愛の瞳に、いつの間にか吸い込まれそうになっていた。