「昨日はたくさん遊んだことだし、今日こそは目的につかないとだね」


 今日はローランが酔わないように徒歩で移動。

 歩きたくないので、地上スレスレを重力操作で移動中。


 「休憩で一日無くなるのは初めてだよ」

 「あそこに川があったのでつい......。もともとはローラン様が帰ってくるまでだったんですけど......」

 「分かるよ、ルナ。止まらなくなるよね。私も『生チョコ』を食べた時を思い出した......。一口食べたら止まらなくなっちゃって、いつの間にか全部なくなってたんだよね」


 これから大物を倒しに行くって言うのにこのほんわか空気。

 変な感じがするけど、この空気が落ち着くんだよね。

 でも、それはもう終わり。


 「森が白い......」

 「魔神の影響かな?」


 (これは......生気が取られた後です。これほどの生気を抜き取るなど、吸血鬼を超えています......)

 吸血鬼を超えるって普通に強い分類に入るけど、まあ納得。

 急に魔力探知がモルモーと同じくらいの魔力を持った相手を感知したんだから。

 (ヘカティア様、どうしますか?相手の実力はともかくかなりの魔力を持っています。ローラン様やナミ様を守りながら戦うとなるとちょっときついですね)

 ルナ、おそらく相手はローランの家族を奪ったやつと同じかもしれないんだよ?

 自分の手で仇は打ちたいから、ローランは自分から行くと思うよ。

 ナミお姉ちゃんも魔法が使えるし、アポロンの加護があるから、大丈夫でしょ。

 (確かにそうですね。ヘカティア様の言葉を聞いたら安心しました!)

 それなら良かったよ。


 「あまりにも静かすぎる......」

 「生気を吸い取られて、仮死状態になっていますからね」

 「ねえ、ローランお兄ちゃん。どうして、そっちに魔神がいると思うの?」


 今はローランお兄ちゃんとナミお姉ちゃんが先に歩いて、ルナと私が後ろを歩いている。

 魔力探知から相手の場所は分かっているけど、私はまだ言っていない。

 魔力探知がないローランお兄ちゃんは何で分かるの?

 勇者の勘とか?


 「何となくかな。そこまでの意味はないよ。ここの先には僕の故郷があるんだ。だからかな」

 「へー」

 「ねえ、二人とも、楽しく話しているところ悪いんだけど、逃げた方が良いと思うよ」

 「ナミ様、逃げるってどういう......ぅわ⁈」


 なんかやばい奴が追いかけてくる⁈

 どういうこと⁉

 魔力探知に引っ掛からなかったんだけど⁈


 「ここから先にたぶん開けているところがある。そこに逃げ込もう!森の中は戦いづらいから」

 「みんな早すぎ⁉ま、待って......」


 みんなと差がつけられて、もう後ろにはいる。

 振り返って、攻撃する?

 でも、私の魔力探知には引っ掛かっていない。

 攻撃するにしても何もすればいいのか分からないよ⁉


 「いつも運動しないから......ナミとルナはこのまま真っすぐ走って!僕はヘカテーを取って来るから」

 「ローランは大丈夫なの?」

 「大丈夫じゃないけど、このままにしておけないからね」


 前を走っていたローランが逆走してきた。


 「いやいやいや。ローラン、私のことはいいから」


 そんなことよりも自分の方が大事じゃないの?


 「ほら、行くよ」


 ローランお兄ちゃんは私の警告を聞かずにこっちまで戻ってきて、私は荷物のように抱かれた。

 ......どんくさくてごめんなさい......。

 あっという間にナミお姉ちゃんやルナのところまでついた。


 「よくできたね......」

 「ローラン様って......」

 「ルナ、ナミ、話は後!ほら、見えてきたよ」

 「ねえ、ローランお兄ちゃん。あの、言いにくいんですけど、ローランお兄ちゃんが目指しているところから魔力探知が反応しているよ」

 「一人が二人になっても変わらないよ」

 「いや、変わるでしょ、ローラン!」


 ナミお姉ちゃんのツッコミを聞きながら、森が切り開かれたところに着くとヤバい奴は消えた。

 本当に何なの、アイツ?


 「......ねえ、何しに来たの?」

 「⁉」


 廃れた広場のようなところにいた。

 禍々しい妖気に満ちている。

 服はボロボロなのに傷一つない首に付けているネックレスに目が無意識に移動する。

 あれ、魔道具じゃない?

 この少女の瞳のように濁った黒になっているけど、妖気はここから出ている。

 (ヘカティア、今大丈夫?)


 急にアポロンから思念が飛んできた。

 うーん、一触即発みたいな空気になっているけど、大丈夫だよ、アポロン。

 (今、ルナの目から見ているんだけど、どうやら僕の魔道具があの女の子を主と選んだみたいで、たぶん願い叶えちゃったんだよね)

 そういえば、欲が満たされるんだっけ。

 でも、満たされるだけなら、こんないかにも敵ですよ、妖気流さなくない?

 (今からそっちに行くから、ヘカティアはその魔道具を無効化して)

 通信が切れた。

 あのネックレス、どうやって壊すの?

 直接言ってみる?


 「ねえ、あなたのネックレス、壊していいかな?」

 「......」

 「もうちょっとオブラートに包んだら?警戒しちゃうし」

 「そうだね、ナミお姉ちゃん。ネックレス、欲しいです!」

 「......ぃゃ」

 「え?」

 「嫌。嫌なの。これは私のもの。エテルのもの。これでエテルの願いが叶う......。誰にも邪魔させない......!」


 魔法陣が空に描かれていく。

 何の魔法か分からないけど、うん。

 逃げよう!

 ナミお姉ちゃんはルナが見ているね。


 「ローランお兄ちゃん、逃げるよ」

 「エテル......」






 「エテル......」


 僕よりも薄い緑の髪にあの服。

 忘れもしないエテルを最後に見た星まつりの服。

 信じたくない。信じられない。

 エテルが父さんと母さんを、村の人を殺したなんて思いたくない。


 「エテルの願いは元気になること。生きること。このネックレスはエテルの願いを叶えてくれるんだから。それじゃあね。生気吸収」


 黒いもやが襲いかかってくる。

 これは逃げれないな。

 でも、近くにいるヘカテーだけは逃がさないと。

 ってあれ?

 ヘカテーがいない⁉


 「ヘカ......」


 下ばかり見つめていた僕には気が付かなかった。


 「ローラン、しっかりして!ローランがここでいなくなったら、私たちのいつも通りが変わるんだよ!無くなるんだよ!勝手に諦めて、許さないんだから」


 突如、ヘカテーの叫び声にも近い声が流れてくる。

 ヘカテーは、靄をここまで来ないように守ってて、横目で見えるナミとルナはエテルの気を引いていた。

 前を向かないと分からないことはいっぱいある。

 後ろを向くことはいつでもできるけど、前を向いて頑張れるのは今だけ。

 全てを失った僕は普通の毎日がどれほど特別で幸せであることを一番知ってる。

 いつも通りの毎日を守らないと!


 「エテル、すぐに楽にしてあげるから」


 ヘカテーの後ろで隠れるだけだった僕は剣を鞘から引いて前に出た。





 「エテル、すぐ楽にしてあげるから」


 ローランが元に戻ったみたいだね。

 良かった......!

 それにしてもこの靄がヤバいね。

 すごい力で押してきて油断したら結界が割れる。

 形がないせいで、消すことができない。

 このもやを出してる魔法陣を消すか壊すかしないとだね。

 私はこの結界で動けないし、ナミお姉ちゃんはルナに加護魔法をかけて動けない。

 ルナはナミお姉ちゃんを守りながら戦っているので、無理。

 ローランは動けるけど、人間だから森みたいに灰になって消えるかもしれない。

 動ける者は......

 モルモー、あそこの魔法陣を壊して。

 (ですが、私が表に出てしまったら......)

 私の正体なんかよりも少しでも攻撃を減らして安全にする方が大事だから!

 それに、ばれたらルナを巻き添えにすればいいから。

 (分かりました)

 私の影からモルモーが出て来て、魔法陣を壊す。

 これで、私はルナとナミお姉ちゃんのところに行けるわ!

 (姫様、ローラン様の援助をしてもよろしいですか?)

 戦力が増える!

 もちろん


 「モルモー、いいわよ。でも、殺さないでね。あのネックレスを狙って」

 「承知しました。ローラン様、短い間ですが、何卒よろしくお願いします」

 「君のことはよく分からないけど、こちらこそ。ネックレスを狙えばいいんだね?」

 「はい!ローラン様、おそらくあのネックレスを壊せば落ち着くと思います!」


 私の代わりにルナが応えてくれる。

 モルモーのおかげこっちは大丈夫そうね。

 ナミとルナのところに行くと、森で追いかけて来たヤバい奴と交戦していた。


 「ナミ、ルナ、大丈夫?」

 「ヘカティア様、それなら、あいつを解析してくれませんか?魔力探知に反応しないんですよ。攻撃事態は避けれますし、ナミ様の魔法で余裕はありますが、それでも解析まで手が回らないんです......」


 うーん。

 実力は押さえているといっても天使のルナがてこずるなんて、並み大抵の魔物ではない。

 そもそも、魔力探知できないと解析できないんだよね。

 魔力探知ってある範囲で妖気を出していたり魔力を持っているものに反応するから......ん?......反応しないってこと魔獣とか魔物じゃないってこと、だよね。

 ってことは、こいつ魔法で生み出されたのね。

 それなら、魔法消去で消しちゃおっか。


 「魔法消去」


 魔法が溶けて、光の粒子となって消えていく。


 「魔法で生み出されたものだったんですか。魔力探知が出来ないのも納得ですね!」

 「残りはあそこにいるエテルっていう子だけど、ローランともう一人で戦っているのかな?早すぎて全く見えないんだよね」

 「ヘカティア様、あのネックレスを壊せばいいんですよね。それなら、やってみたいことがあります」

 「何か思いついたの?」

 「はい!でも、相手が魔力探知を持っていないことが条件ですよ」

 「あ、それなら、私に任せて」


 何かいい物ないかな?

 異空間をあさっているとちょうどいい物が出てきた。


 「ヘカティアちゃん、それは?なんか力が出ているけど」

 「私の妖気に浸かった魔石。これをエテルって子の後ろに置いて、気が付いたら魔力探知はもっているんじゃないかな?」

 「見てわかるほどの妖気が出ている石が見ることはできない後ろにあれば、魔力探知が出来る者は一度確認をしますよ。ちょうど、後ろを向いているようですし、投げますね」


 私の妖気に染まった石がエテルのすぐ後ろに転がった。

 モルモーは一瞬そっちを向いたけど、エテルは全く気づいていない。

 (姫様、あのような石、どうしたのですか?姫様の濃い妖気に浸かっている物は魔力探知が出来ない低位な者でもみたら分かりますよ?)

 この石にエテルは気が付いていないよね?

 確認でエテルの近くにいるモルモーにも聞いてみる。

 (はい。魔力探知がないのか全く気づいていません)

 よっし!


 「ルナ、エテルは持っていないよ」

 「それならできますね!ローラン様とモルモー様に一回だけエテルから離れるように伝えてくれませんか?ぼくはモルモー様には伝えられないので」

 「ねえ、ルナ。何をしようとしてるの?」

 「ナミお姉ちゃんの言う通りよ」

 「ヘカティア様、ナミ様、もし、自分より格下の相手と戦う時、本気を出しますか?」

 「手を抜くかな」

 「ナミお姉ちゃんと一緒。本気を出そうとしてもやっぱり手を抜くし、あまり意識しないかな」


 本気を出そうとしても、出す前に相手がいなくなっちゃうんだよね。

 意識していない子が急に来ると一瞬動きが止まって.........ん?

 何か気づいた......?

 気づきそうで、気づけない、このもどかしさ。

 気持ち悪い。


 「ルナ、早く答え教えて!」

 「⁉結論を言いますと魔力を消したぼくがあのネックレスを壊します。弱い者が急に予想もしない動きをすると向こうは動揺して、スキが生まれるんですよ」


 頭がすっきりした!

 確かに急に来ると考えてしまうせいで止まるんだよね。


 「ルナよりも私の方が弱いよ?」

 「そんなことないです!エテルは人間でありながら魔法を使えるナミ様を警戒してます。ローラン様もモルモー様もこちらに意識を向かせられないほどエテルを追い詰めています。最初に結界を出して防いだヘカティア様は言うまでもありません。その一方で、今は魔獣姿のぼくは警戒されていません。エテルに向かって石を投げても何もされなかったぐらい」

 「本当に出来そうだね!ヘカティアちゃん、お願い」

 「まかせて!」


 ローラン、聞こえる?

 (⁉ヘカテーの声が頭に響く......。これは、魔法だね。何かあった?)

 驚かないんだね。

 (何回か不思議な体験をして慣れちゃった)

 ローランが驚くくらいの魔法を今度見せることにして、ねえ、私の合図でエテルから離れること出来る?

 (できなくもない、かな。隣にいる人がどう動くか分からないけど)

 あーね、それなら大丈夫。

 モルモーには言っておくから。

 というわけでモルモーよろしくね。

 (......分かりました)


 「ルナ、行ける?」

 「はい!いつでも大丈夫です」

 「じゃあ行くよ、せーっの!」


 私の合図で始まる。

 ローランとモルモーが下がって出来た空間にルナが表れる。


 「光の矢!」


 ルナが出した矢に胸を射抜かれて、辺りは何も見えなくなるほどの黄色の光に包まれた。