「神殿に行って来る!ルナ、行くよ」

 「はい!」

 「気を付けてね」

 「薬と買い物頼んだよ」


 ヘカテーとナミを見送って、部屋には僕とナミの二人っきり。


 「人間って、どうしてこんなに体が弱いの......?雨に濡れてちょっと走っちゃただけなのに......」

 「ちょっと?」


 僕のせいで皆様に迷惑をかけた記憶はかなり新しいけど、走ったどころじゃないと思う。

 地面が崩れたり、空に投げ出されたりした。

 今考えるとこうして風邪だけで済んでいるのも、奇跡だと思う。


 「ルナに乗っていたから。実は言うとあんまり動いてなかったんだよね」

 「そういえば、ナミってあの時魔法を使った?」


 僕だけじゃなくてナミも落ちた時、ナミから光が出た。

 ヘカテーの魔法の光とは違う色だったけど、その後直ぐにルナが軽くなった、て言ってたっけ。


 「そう、なのかな。あの時はね、もう、諦めてたの。空に投げ出されるなんて初めてで......。でも、ローランと二人が私を奮い立たせてくれて......。だから、出来ることをした。少しでも生きる可能性を上げるために。でも、その後、力が抜けちゃって。ヘカティアちゃんがいなかったら本当に落ちるところだった」


 真ん中にいるナミが手を離して、ルナがいる地面も落ちて、絶体絶命だった。


 「そうだね。だけど、僕は不安はなかったよ」

 「正気⁈落ちているんだよ⁈」

 「だって、ヘカテーが来てくれるって信じてたから」

 「でっち上げ?ローラン、嘘はつかない方が良いと思う」


 ナミは信じてくれなさそう。

 でも、本当だよ。

 ヘカテーがいなくても、ヘカテーみたいな気配がする。

 ナミやルナと会う前、一人で森にいたのに守られている感じがした。

 何か魔法がかかっているのか、それとも気のせいだったのか分からない。

 だけど、誰かの気配がするだけで安心する。

 今も、ナミがこの部屋にいて。

 一人ぼっちは嫌だから。


 「さて、もうひと眠りするか」

 「起きたときにはご飯があるといいな......」





 「ご飯がないね」

 「ヘカティアちゃんもルナも帰ってきてないね」


 太陽がてっぺんにいる。

 寝たおかげでだいぶ楽になった気がする。

 薬はいらなかったかも......。


 「買い物と薬ってこんなに時間かかる?」

 「頼んだのは、今日の昼と夜、明日の朝分の材料と、教会の薬だから、長くても二時間くらいで帰れると思うんだけど」

 「二人が出て行った時間が七時、今は」

 「十二時」


 買い物に五時間は長すぎる。

 あの時は何も思わなかったけど、あの二人って買い物できるのかな?

 ヘカテーはお金を持っているけど、テスカを知らなかったから市場とかで物を買ったことない。

 ルナは今は人?の姿になっているけど、元々魔獣。


 「ねえ、ナミ。重大なことに気づいちゃった。ヘカテーとルナ、お使い初めてだった」

 「?はじめてのお使い⁈可愛いね。でも、それが何か問題ある?」

 「......二人とも買い物したことない。たぶんだけど」

 「え⁈それって大丈夫、じゃないよね?」

 「うん......」


 見た目が幼いから何か事件に巻き込まれてるかもしれないけど、ヘカテーとルナの実力なら大丈夫だからあんまり心配してないけど、買い物できるか心配になってくる......。


 「お腹空いてきたし、何か買って来る?」

 「そうだね。これくらいの外出は許されるよ!」

 「でも、待って、ローラン。私たち今、寝ているってことになっているじゃん?だから、この姿のままいったらだめだと思うの」


 確かに。

 病人が外に出歩いていたらだめだもんね。


 「だから、変装しよ。服はいつものでいいから。私、隣の部屋で着替えてくるね」


 自分の服を持って隣の部屋に行っちゃった。

 変装っていっても、いつもと変わらない服を着て大丈夫なのか不安になる。

 着替え終わって、ナミがこの部屋に来ると


 「ローラン、せっかく着てもらったんだけど、マントとベスト脱げる?」


 マントとベストを脱ぐと下に来ている白い服が見える。


 「それだけで印象は変わるけど、もうちょっと変えたい......。ローラン目を瞑って」


 何が始まるのか全く分からないけど、目を瞑る。

 しっとりした物だったり、液体だったり、毛みたいな物を感じたけど、何をしたんだろう?


 「目を開けて良いよ。これで自分の顔見てね」


 ナミから渡されたのは、長方形の形をした表が黒くて裏が緑の不思議な物体。


 「ほら、こうやって見ると見える?自分の顔」


 黒い画面に映ったのはナミと


 「誰?」

 「ローランだけど?」

 「変わりすぎでしょ⁈」


 髪と瞳の色は一緒だけど、髪型は違うし顔が変わっている......。


 「かなり頑張った」

 「これって僕だけ?」

 「そうだけど」

 「ナミもやっておいでよ」


 僕だけこんなに変わっているんだから、ナミだってしてほしい。

 それに、見たい。


 「時間かかるよ?」

 「大丈夫!」

 「そんなに言うなら、やってくる」


 やった!

 ナミはどんな風になるんだろう?

 わくわくしながら、しばらく待っていると部屋に一人の女性が入って来た。

 不思議なスカーフに毛織物でできた服を羽織っているショーットカットの人って


 「ナミ?」

 「正解!ちょっと大人っぽくしてみました」

 「髪切ったの?」


 ナミってヘカテーほど髪は長くないけどそれなりに長さはある。

 なのに、今は肩に付かないくらい短くなっている。


 「切ってないよ。スカーフを使っていい感じに髪をまとめてみた」

 「そんなことできるんだ......。それに、目の位置とか鼻の高さとかも変えた?」

 「変えるなんて、出来るわけないじゃん!」

 「なら、どうやって?」

 「目尻の方に濃いアイシャドウを重ねてアイライナーをちょっと長めに引いて、ノーズシャドウとハイライトを入れて......」


 アイシャドウ?アイライナー?ノーズシャドウ?ハイライト?

 どれも初めて聞く言葉......。

 異世界の言葉じゃないよね?


 「もしかしてこっちにはない?」

 「物の名前なの?」

 「化粧品の一つなんだけど......。女の人って化粧する?」

 「一般人はそこまで、貴族の人がしているかな」

 「そ、そうなんだ......。ま、まあこんな感じに化粧だけで見た目を変えられるの。これできっと分からないと思うし外にでてもいいんじゃない?」


 異世界とのギャップを感じる......。

 みんな化粧するんだ。

 異世界ってすごいね。


 「あ、そうだね。外で食材を買ってこようか」


 異世界の話は一旦どかしておく。

 この話題は全く話が進まないから。





 「これが市場......!夏祭り以外で市場が出ているなんて......!何作るの?」

 「そうだね......。一応、病人だし、柔らかくて暖かいものを作ろっかなって」

 「それなら、ポトフとかどうかな?野菜とお肉と少ない調味料でできるよ」

 「じゃあそれにしよう!どんな野菜か分からないから、あったら教えてね」

 「そっか、野菜の名前とかも違いそうだよね。この間、ヘカティアちゃんが野菜は一緒だって教えてくれたし、あ、キャベツに!」

 「何玉いる?」


 キャベツって言うんだ。

 覚えておこう。

 いつか、使えるかもしれないしね。


 「一玉で足りると思う」

 「すみません、これ一玉ください」

 「あいよ、150テスカだよ」


 お金を渡してキャベツを貰って別のところに行こうとしたら、


 「あ、コラッ!」


 小さな子どもが野菜をいくつか盗んで走り去った。

 テオドールには生活保護制度がある。

 誰でも衣食住が保証されている珍しい都市。

 だから、今みたいに服がボロボロでガリガリな子どもは見ない。

 きっと、何かあったんだ。


 「すみません!おばさん、あの子どもを追ってきます!」

 「待ってよ、ローラン!」


 幼い子どもの足。

 ヘカテーやルナみたいだったらどうしようかと思ったけど、魔法が使えない子で助かった。


 「ねえ、君の家はどこ?」

 「⁈おにいちゃんにおねえちゃん......。だれ......?」

 「伊邪和那美(いざわなみ)。那美って呼んで。こっちがローラン」

 「ここ......。まーくんのいえはここ」


 マー君がここと言った家は、市場から近いお屋敷だった。

 嘘言っているようにみえないから、ここがマー君の家になるんだけど、お屋敷に住んでいる子どもがこんな姿になるのか?


 「ねえ、ローラン。使用人って待遇悪いの?」


 僕と同じことを考えていたらしいナミが聞いてくる。


 「まさか。テオドールは数ある都市の中でも社会保障が高いって有名なんだ」


 使用人だったとしても、衣食住は保証されている。

 そうではないと、この国の法律違反となる。


 「こんな貧相に見える子どもがいるってことは裏で犯罪をしているかもしれない」

 「おにいちゃんとおねえちゃん、なにはなしているの?」

 「まー君は家に帰らなくて大丈夫なの?」

 「うん!おつきさまがでるまでにかえったらなにもいわれない」

 「マー君、しっかり掴まっててね。ナミ、一旦宿に帰ろう」


 マー君を抱っこしてみると、思ったよりもはるかに軽い。

 エテルよりも軽い。



 「帰り道に材料を買ってご飯にしよっか」

 「ごはん......!」

 「お兄ちゃんとお姉ちゃんが美味しいご飯を作るから、ね、ローラン?」

 「そうだね。お腹いっぱい作るよ」

 「やった!」





 宿に帰る間にじゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、肉を買って、着くと直ぐに作り始めた。


 「これが、ごはん?」

 「いっぱいあるからゆっくり食べてね」


 ゆっくりスプーンを口に持ってて食べるマー君。


 「おいしい!」

 「よかった!ナミ、僕たちも食べよう」

 「そうだね。冷めちゃうし。いっただきまーす」

 「んんん~!」


 とろとろの野菜が体に沁みる......。


 「ヘカティアちゃんの調味料があってよかった~。ねえ、まー君の家って誰がいるの?」

 「あるじさまとあーちゃんとさーくんと、あと、いっぱいひとがいる。あるじさまはまーくんよりもきらきらなふくをね、きてる」


 主様っていうのは貴族で間違いなさそう。


 「アーちゃんとサー君はマー君と同じ服を着ているの?」

 「うん!あーちゃんとさーくんとあと、ほかのともだちもみんな、まーくんといっしょのふくだよ」


 マー君の家は貴族の家だった。

 そして貧しい恰好をした子どもはマー君以外にもたくさんいる。

 奴隷?

 いや、それだったら、外に出ること良しとはしない。

 犯罪はしているのに、何をしているのか分からない。

 ある程度、詳しくしないと、動けない......。

 それに、マー君が本当に神殿に住んでいることも分からない。

 あ、でも、これは、神殿に行けば分かるか。


 「ねえ、ローラン。一つ思ったんだけど、ーーーーじゃない?そうすれば、まー君たちが貧しくて、主様とかいう人が貴族みたいな家にいることも分かる。それに、まー君が外出できるのも分かるんだけど、どうかな?」


 確かに、それなら実現可能な気がする。

 調べるためにはあそこに行かないとだね。


 「ナミ、準備しようか」






 ヘカテーやルナにばれることを気にしない。


 いつもの姿で、ナミとマー君を連れて、教会に向かう。

 勇者っていう身分を思う存分活かしたおかげで直ぐに上の人と会えた。

 貴族は毎年教会に貴族特権の申請をしに行く。

 貴族特権の申請には、名前、住所、家族構成だけではなく月ごとの会計報告も必要になる。

 そして、その情報は国を治める王族に伝えられ、各国の貴族の情報は全教会に渡されて永久に保管されている。


 「これは......本当ですね......!一般の民がたった十年でここまで財をなしている......。しかも、その金額が子ども生活資金と同じ......。すぐに、神殿騎士団を派遣しましょう」

 「神殿騎士団?」

 「神殿の軍だよ。法律に則って牢屋に人を連れて行くことが出来るし、かなり強いんだ」

 「警察みたいな人たちね」

 「まーくんになにかするの......?」

 「怖いことは何もしないですよ。今よりもずっと良くなるんですよ。勇者様、良ければこちらで預かりましょうか?」

 「まー君はどうしたい?一緒に友達を助けに行く?それとも、ここで待っている?」

 「おにいちゃんとおねえちゃんについていく」


 子どもなりに今の現状を理解して決心したのかな。


 「今から退治しに行こうか!」





 「ねえ、どうやって入るの?まさか、無断侵入?」

 「そうだね......。こうやって入るの。すみませーん。勇者のローランと申します。この家の主にお話があって来ました」

 「勇者様、ですか......。少々お待ちください。確認してきます」


 門にいる兵が消える。


 「堂々と入りすぎでしょ⁈さっきから思っていたんだけど、勇者の肩書きってすごいね」

 「それなりに優遇されるからね。貴族とはいえ勇者を追い出したとなると社交界に悪い印象がたつでしょ?だから、きっと中に入れると思うよ」

 「確認が取れました!中へどうぞ」

 「ありがとう。ほら、入るよ」

 「本当に入れちゃった......」





 「今日はありがとうございます」

 「こちらこそ、勇者殿が来てくださって光栄ですぞ。それで、話とは?」

 「こちらの子ども見覚えありませんか?」


 マー君は教会に行ったときに洗って、新しい服を着ている。

 それでも顔は変えていないから、気づくようにはしている。

 きっと気づかないと思うけど。


 「はて、どなたでしょうか?全く存じあげませんね」


 案の定、気づいていない。

 これはただの可能性でしかなかったナミの話が本当になりそう。

 横目で見ると、ナミが軽く頷く。


 「カザック男爵様、あなたは十年ほど前までは一般の平民でした。たった、十年でどのように財を作ったのでしょうか?」

 「⁈こ、これは。そうですよ!市場で売る商品で儲かって......」


 明らかに動揺してる。


 「市場で売られる物は基本的に僕たち平民が作った物で、貴族の物は奥にあるお店で売られていますし、ここ数年で著しく売られた商品はないのですが、置いときましょう。どうやって、財を成したのか、その答えは、こちらですよね、カザック男爵様?」


 僕はマー君を見た。


 「この都市、テオドールは社会保障制度が高いことで有名です。その中には、身寄りがない子どもだったり貧しい者には給付金として、十分な衣食住を得られるようにそれなりのお金を貰えます。後、貴族は使用人やメイドなど家で働く者に対して衣食住を保証しなければいけない義務があります。僕たちと一緒にいる子ども、先ほど知らないとおっしゃた子どもはこちらのお屋敷に住んでいるそうです。僕たちが見つけた時はボロボロな服を着て、かなり痩せていました。マー君、こちらの子どもが言うにはまだ、他にもこのような姿をした子どもが大勢いらっしゃるようで。カザック男爵様、貧しい子どもたちに貰えるお金を横領して自身の財としてませんか?もらえるはずの子どもたちを集めて、より多くのお金を貰ってませんか?」


 いつだって、冷静に。

 感情に流されてはだめだ。

 荒ぶれる感情が漏れて来て、段々強くなってしまった。


 「勇者様とはいえ、こ、このように、嘘をでっち上げるのも、いい加減にしていただきたいぞ。証拠はあるのかね?」


 応えたら、感情が抑えきれなくなる。

 形だけの敬意が消えてしまう。

 横目でナミを見るとナミの口が開く。


 「証拠はありますよ。だって、会計報告に不備がありました」


 僕は教会でカザック男爵の会計報告を見た時は全く分からなかった。


 『......ローラン、この会計報告きれいすぎじゃない?ほら、この収入の項目、全部切りが良い数字になってる。他の項目は切りが悪いのに......。偶然?』

 『切りが良い数字が何かあるの?』

 『うーん。なんか変な感じがするんだよね。買い物とかしていると、ほら、この数字、2300000、みたいに0がこんなに続かないんだよ。それに、これ、2、3か月のペースで増えてる......。......差が十万......?何か意味が......?』

 『参考になるかどうか分かりませんが、貧困家庭に渡す生活保護金が15万テスカ。貧しい子どもに対して10万テスカの子ども給付金。他にも......』

 『それだよ!子ども給付金だよ!子ども給付金を収入にしていたんだよ』


 ナミの金銭感覚と推測のおかげで事実に辿り着いた。


 「十万ヘカテ。2、3か月に増える金額。他の収入よりも低額でしたが、これだけ常に増えています。そんなにこれが売れているんですか?他の分野は徐々に下がっていましたが?」

 「......平民風情が......。どうやら、知りすぎてしまったようですね。口封じをしなければなぁ、勇者様よ?」


 キンッ!

 カザック男爵のナイフと僕の剣が当たる。

 こんな人間でも貴族。

 殺したりしたら、何が起きるか分からない。

 魔物とか魔獣退治よりよっぽどめんどくさい。


 「さすが勇者と言われるだけある......。でも、これなら、どうだ?」


 カザック男爵のナイフが向かった先にはナミとマー君がいた。


 「保護魔法」


 その言葉でナミとマー君を守るようにベールが出てくる。


 「ま、魔法⁈」

 「私たちのことは気にしないで、やっちゃいな」

 「そうだね」


 本当にやりはしないけど、ぎりぎりなことはしよう!

 それぐらいならきっと許される。


 「このカザックを虚仮に回して......!ゆる」


 ドンッ

 鈍い音を立てながら、カザック男爵は床に倒れた。


 「おにいちゃん、なにしたの?」

 「えっと......」


 純真無垢な男の子になんて言えばいいんだろう......?

 マー君からみればただ主様をボコボコにしたやつにしかみえてないよね......。


 「まー君、お兄ちゃんは悪い奴を倒したんだよ」

 「あるじさまだよ?あるじさまはわるいやつなの?」

 「そーだよぉ。わるいこといっぱいしていたから、メってされたの。なにも心配しなくていいよ」

 「メって......」


 そんな一言で全部片づけちゃって大丈夫なのかな?

 幼い子どもと言ってもこんな一言で疑問に思わないのか......?


 「わかった」


 それでいいの⁉

 そんなやり取りをしていると勢いよく扉が開いた。


 「こちらは神殿騎士団です!カザック男爵にお話があって来たのですが......」


 勢いよく入って来たのに、どんどん弱くなっていく騎士団のみなさん。


 「まあ、そうなるよね、ローラン」

 「否定はしない」


 横にいるナミと同情する。

 だって、目的のカザック男爵は床に倒れているんだから。

 それにカザック男爵の近くの壁にはナイフが突き刺さっている。


 「騎士団のみなさん、こいつがカザック男爵です」

 「あ、あの、何があったのでしょうか?」

 「このおっさんが容疑に認めて、私たちを口封じしようとしたんだけど、まあ、見事に負けたって感じですね」

 「は、はあ......。取り敢えず、子どもたちを保護して男爵を監視。後日、詳しく聞くので、教会に来てください」

 「分かりました。ローラン、帰るよ。早くしないと、ヘカテーとルナが帰って来ちゃう」

 「それは不味いな。すみません、子どもたちはどうなるんですか?」


 またお金儲けに使われるなんて、そんなことさせたくない。

 安心して楽しく暮らせるところに行って欲しい。


 「保護した子どもは教会が責任もって育てます。勇者様、ご安心ください」

 「おにいちゃんとおねえちゃんにまたあえる......?」

 「また会えるよ。今度は友達も連れて会いに行くから」

 「ナミの言う通り。魔法使いのお姉ちゃんとペットを連れて行くから」


 ヘカテーの見た目は十歳くらいにしか見えないけど、マー君からみたらおねえちゃんだよね。

 それにルナも人間みたいな姿になったけど、元に戻れば魔獣だし、あんなに可愛いからペットと言っても大丈夫......!


 「うん!マーくん、待っているからね!ばいばーい」

 「それじゃあね、まー君!」

 「またね」


 視界にマー君が映らなくなるまで手を振ってお屋敷から出た。





 「ねえ、あれ、ヘカテーとルナじゃない?」

 「ねえ、どうする?」


 屋敷から出た瞬間、二人の後ろ姿が見える......。

 二人の方が前にいるから、追い越したりでもしたらばれる。


 「よっし、ナミ、こっちだ」


 ナミの手を引いて路地裏に入る。


 「え⁉こっちって、路地裏?」

 「そう、近道するから」


 教会がある表の通りは市場があって夜になっても人通りが激しいけど、一本中に入るだけで人がいなくなる。

 路地裏は入り組んで迷路のようになっているけど、道さえ分かれば表よりも早くつける!


 「なんか曲がってばっかりだけど、道あってるの?」

 「道はあってる、ほら、見えてきたよ」


 出たばかりの月の光が差し込んでそこだけ明るい通路から出ると、見覚えがある建物が見える。


 「す、すごーい......。ほんとに着いちゃった」

 「ほら、急がないと二人が来るよ」


 中に入ると、それからすぐにヘカテーとルナが帰って来た。


 「ねえ、二人ともなんで寝てないの?」


 そういえば、いつもの服だった......。

 パジャマは変装した時に脱いだんだった。


 「えっと、これは......」

 「ローラン様!ナミ様!これを飲んで下さい!もう今日は遅いので、明日話があります」

 「は、はい......」


 ルナの勢いで言い訳がかき消された。

 明日の朝何が待っているんだろう......。

 想像するのも怖い。


 「まって、これ、かなり苦」


 ルナからもらったものをナミが飲んで、感想を喋っていたのに途中でナミが寝た⁈

 そんなに教会からの薬って強いんだっけ......?

 前に飲んだ時、飲んだ瞬間に寝るなんてなかった気がする。


 「ほら、早く飲んで、ローランお兄ちゃん」


 急かしている顔がまあ、何というか、エテルに似ているんだけど、少し怖く感じるのは気のせいかな。


 「い、いきます......。なにこれ⁈」


 今まで感じたことないような苦みと表現しがたい味が口に広がる。


 「初めて」


 呂律が回らない。

 急に眠くなってきた......。

 抗えることができない眠気に襲われて、僕は意識を手放した。