「私のせいですよね......。発想を逆転した方が良いのではなんて提案してしまったので......。」

 「修道女様のせいではないです!ぼくがしつこくローラン様に聞いたので......」


 ローランがいなくなって重くなった空気の中で、修道女さんとルナが自分を責めていた。

 こうなった原因は誰にでもあるし誰にでもない。


 「私、行ってくるね」

 「え?へカティアちゃん、行ってくるってどこに?」

 「?ローランお兄ちゃんのところだけど?」


 今なら追い付けると思う。


 「もう少し、一人にさせたらどうでしょう?きっと、ローラン?様も気持ちを整理したいと思いますし......。こちらの方もお話を整理しないといけませんし......」

 「確かに。そういえば、魔神って私が言ってから、ローランがおかしくなった気がする」

 「魔神って?」

 「魔神とは魔族の方と違って私達人間の害となる存在です。あまりにも強いので魔界から来たと言われていて、基本的に討伐対象ですね。とは言っても、何体いるのかもどこにいるのかも分かりませんが」


 ん?

 ん?

 昔変人が


 『んふふふ。姫様〜、人間どもはこちらを魔界と呼ぶそうです。姫様の威光は人間どもにも知れ渡っていますね!この調子で他の世界にも名前を轟かせましょう!』


 なんて言ってたことを今思い出す。

 あの時はてきとうに流しといたけど、かなりなこと喋っていたんだ。

 魔界=オスクリタ

 で、魔界から来た者を魔神と呼び、討伐対象......。

 私、討伐されるの?!

 絶対に阻止しないと!


 「魔神って、全員が討伐対象?」


 これで一部だけが討伐対象なら、日頃の行いを注意するだけで済む。

 だけど、全員が討伐対象だったら不味い......。

 今以上に魔力を制限して、目立つことなく、表に出ないようにしないと。

 ......もし、討伐対象になったとしても討伐しに来た人には勝てる気がするけど。


 「はい。特別な理由がない限り」

 「特別な理由ってどんなのですか、修道女さん?」

 「そうですね......。私が生まれる前に討伐されなかった魔神がいたと聞いたことがあります。調べて来ますね」

 「修道女さん、それだったら、後ーーーも調べて欲しいんだけど?」

 「分かりました。調べてみますね!あ、私が調べている間、時間が空くでしょうし、神殿の中をご覧になってはどうでしょうか?では、一旦失礼しますね」


 そう言って修道女さんが部屋から出て行った。

 今更だけどこの人の名前って何だろう?

 帰ってきたら聞いてみようかな。


 「神殿の中を見るようなゆとりはこちらにはないですし、今から作戦会議をしましょう!」

 「「作戦会議?」」

 「はい!へカティア様のようにローラン様を追いかけることも大事ですが、時間を置くのも案です。なので、二手の別れませんか?」

 「二手ってどういうこと?ルナとへカティアちゃんと私で役割分担すること?」

 「そういうことです!能力とかを考慮して......」


 三人だから分けるとなると二人と一人。

 ナミお姉ちゃんを二人のところにするとして、ルナと私がどっちにいくか......。

 ルナの実力はよく分からないけど、魔力制御をしている。

 それもかなり上手い。

 解析の精度が高くないと気づけないぐらい。

 となると、少なくとも、私の国の幹部クラスの実力はありそう。

 よし、決めた!


 「ナミお姉ちゃんとルナがローランを追いかけて、私がここに残るよ」

 「でも、へカティアちゃん。私、ローランがどこにいるのか分からないよ?」

 「それなら大丈夫、ルナが分かるから、ね?」


 あれだけの魔力操作ができる実力者なら、魔力探知は持っているに違いないもの!


 「確かに、ぼくは持っていますが......。分かりました。ナミ様と行って来ますね!でも、その間、へカティア様は何をするんですか?」

 「私?ほら、修道女さんが来るかもしれないし、調べたいことがあるから。二人で行っておいで」

 「おっけー!じゃあ、行って来るね、へカティアちゃん。留守番よろしくね」

 「あ、待ってください!」

 「気を付けてねー!」


 ナミお姉ちゃんと追いかけるルナを見送る。

 迎えに行ったときには一人増えているといいな......。







 その頃

 「雨?」

 僕はテオドールから抜け出して森にいた。

 独り言は雨音でかき消される。

 神殿を出た時から重たい雲で空は覆われていたけど、森に入って耐えきれなくなったかのように大きな雫が地上を濡らす。

 分厚い雲で光が遮られて昼間なのに辺りは闇に満ちている。

 まるであの日みたいだな。

 全てを失ったあの悪夢のような日ー。





 『じゃあ、行って来るね、ママ、パパ、エテル』


 みんなに見送られて村を出て、次の日戻ると村があまりにも静かすぎた。

 辺りを見渡しても誰も外にいない。


 『ぱぱ?ママ?エテル?どこにいるの......?』


 その答えは直ぐに見つかった。

 家の中に入ると、パパとママが椅子に座っていた。

 食べかけのご飯、火が付いた台所、明かりが点いたままの部屋......。


 『もう、ご飯中に寝たら......ヒュッ』


 それ以上言葉が出なくて、喉から空気だけが漏れ出す。

 傷一つなくて寝ているように見えたけど、二人は冷たかった。


 『え......。パパ......?ママ......?なんで......?』


 頭の一部では現実を叩きつけられて理解するけど、追いつかない。

 もしかしたら、手が冷たすぎたからかもしれない、なんて思って、竈で暖かくしてから触れたけど冷たかった。

 そういえば、エテルはどこに行ったんだろう......?

 さっき、エテルの部屋を見に行ったけどいなかった。

 エテルは体が弱いから、この近くにいるかもしれない......!

 そんな希望はすぐに砕け散った。

 どの家の中にもエテルはいなかった。

 それに、住民は誰一人動かなくて冷たかった。

 狩り仲間も......友達も......おじいさんも......おばあさんも......。

 誰もいない村の広場に行くと、ちょうど雨が降って来た。

 空が大粒の涙を流しているようだった。

 泣いていない僕の心と同じようにー。





 こんな雨を見ると自然に思い出しちゃう。

 それに、雨だけじゃない。

 魔神の話をしたのもある。


 「はぁ......」


 ヘカテーやナミにルナ、それに、修道女さんにどうしてあんな態度をとったんだろう......。

 魔神って聞いてあんなに動揺するなんて思わなかった。


 「どうやって謝ろう......」


 謝っても許してくれなかったら......。

 あれ......?その後のことを浮かべられない。

 そっか。

 僕はこのパーティーの中にいたいんだ。

 ヘカテーがいて、ルナがいて、ナミがいて、僕がいる......。

 もう、このパーティー以外考えられない......!

 みんなのところに行かないと。

 来た道を戻って、テオドールへ、みんなのところへ足を進めた。

 もうあの時のように空は泣いていなかった。






 「あら~、雨ですか......」

 「ねえ、『傘』ってこの世界にあったりする?」


 ナミ様とぼくが神殿から出ようとすると、ちょうど雨が降ってしまいました。


 「『傘』とは何でしょうか?」



 これも、異世界にあるものなんでしょうか?

 へカティア様には及びませんが、これでも長く生きてきた身。

 それでも知らないものがあるとは、驚きです。


 「ないなら大丈夫。一度、噴水に落ちた身......。雨ぐらい平気だから!それで、ローランってどこにいそう?」


 断定してこないところがナミ様らしいですね。


 「そうですね......」


 ローラン様にはへカティア様の妖気を感じるので、見つけやすいですね。

 ですが、ここって......


 「森の中です。ここから離れているので、乗ってください!」

 「え?乗るって......ぅわあ⁈」


 前にローラン様とへカティア様を乗せて走った魔獣の姿に変身しました!


 「ルナがでかくなった......。よいっしょっと。乗れたよー!」

 「ちゃんと掴まっててくださいね」


 久しぶりのこの姿!

 ぼくはローランの近くにいるところまで全力疾走しました。




 「ローランー、どこにいるのー?」


 ナミ様って、凄いですね!

 ローラン様みたいに酔うかと思ったけど、全く酔わず、乗っている間ずっと声を出していました......!


 「もうすぐ近くまで来たので、元の姿になって丁寧に探して良いですか?」


 魔力探知でローラン様が近くにいることが分かります。

 でも、どうして、へカティア様はぼくが魔力探知を使えるなんて分かったんでしょう?

 妖気を抑えて、魔力も誤魔化していたのに......。

 やっぱり、主様と同じところにいるからでしょうかね?


 「もちろん。ここまで、ありがとう」

 「気にしないでください!」


 今はそんなことよりもローラン様の方が大切!

 現実を見ないとだめでしょ、......ルナ!


 「雨で地盤が弱くなっているから、気を付けてね」

 「地面って水で弱まるんですか⁈」

 「あ、でも、これは、私がいたところの地面だから、こことは違うかも。参考程度にね」

 「あれ?ナミ?」


 ローラン様がこっちに向かって走ってきました。


 「ローラン⁈」


 ナミ様もローラン様のところに走っているんですが、なんか嫌な予感がします......。

 魔力探知で周囲を見ると


 「ローラン様、ナミ様!そこには、崖が......」

 「ナミ、すぐに逃げるって......ぅわ⁈」

 「ローラン、掴まって!」


 ローラン様が地面と一緒に奈落の谷に落ちそうになった時、ナミ様がローラン様の腕を取りましたが、引き上げるのは無理そうですね......。


 「ナミ、僕を話して!じゃないと、落ちる」

 「だい......じょう...ぶだ......か...ら......。絶対に......はな...さ......ないん...だから......!」

 「ナミ様、一緒に引っ張り上げますよ!」


 ナミ様が左手、ぼくが右手を持って引っ張り上げる。


 「じゃあ、いくよ!せーっの!」


 ナミ様の掛け声でローラン様を引っ張り上げる......!

 後、もう少し、と思った時、悲しいかな、ナミ様とぼくがいる地面が落ちてしまった。


 「やばい......。おち、る......」






 「誰もいないね......。モルモー」

 「なんでしょうか、姫様」


 現れた瞬間、跪くモルモー。


 「ローランお兄ちゃんを守って」

 「もうお二方はどうしますか?」

 「ナミお姉ちゃんのことはルナが守ってくれるから」


 モルモーはルナの実力について分かって無さそう。

 いつか気づくと思うし、教えないでおこう。


 「分かりました。それでは、失礼いたします」


 モルモーがいなくなって、また一人だけになった空間。

 魔神で動揺してたから、ローランお兄ちゃんは過去になんかあったと思うんだけど、こういうのって調べない方が良いんだよね。

 気になるけど、いつか、話してくれるまで待つ!

 私だって神様であることを秘密にしているし、ローランお兄ちゃんのことだけ知るのも良くないよね。

 そういえば、前、


 『......10年くらい行方不明の人って生きていると思う?』


 ってローランお兄ちゃんが言っていたけ。

 それについて調べてみようかな。

 行方不明の人がどこにいるのか分かった方が良いよね。

 ローランお兄ちゃんのことを知ってて、私が知っている人物は、あの人しかいない!




 「ねえ、アルノーさん、ローランお兄ちゃんのことで知りたいんだけど」

 「ローラン殿のことかって、え?!へカティア殿?!なんでここに?」

 「私が知っている中でアルノーさんしかローランお兄ちゃんを知ってる人がいないの!ねえ、ローランお兄ちゃんの周りの人で行方不明の人っている?」


 これで知らないって言われたら、別の方法でローランお兄ちゃんを元気づけないと......!

 うーん、ローランお兄ちゃんって何が好き好きなんだろう......?

 何でもおいしそうにご飯を食べるから好きなご飯がよく分からないし......。


 「ローラン殿、ですか......。知っていますけど、これ、俺が話ちゃって良いんですかね?それに、へカティア殿、なんか幼くなりました?」

 「口調をちょっと変えたんだけど、やっぱり本人から聞いた方が良いよね?」

 「そうですね......。へカティア殿ってローラン殿のことどれくらい知っていますか?」

 「これは私の推測なんだけど、身近な誰かが行方不明だったり、この前のクエストで魔物を退治する前に、いつも通りの毎日が消えないように、って言ってたり、神様に二度と進まない時を進めて欲しいってお願いしていたから、前になんかあったのかなって。でも、いつもは明るくて優しいから、そんなこと考えたりしないんだけどね」

 「思った以上に色々と知っていますね......。そうだな、俺から言えるのは、どんな事実であれ、あいつと、ローラン殿と今まで通りでいてくれ......!あ、俺が言ったことは内緒でお願いしますよ?」

 「分かった。忙しいのにありがとね。ねえ、ローランお兄ちゃんって、私達と会う前はどんな感じだったの?」


 ローランお兄ちゃんの子ども時代(今も子どもだけど)ってどんな感じだったんだろう?

 (姫様!)

 急にモルモーから思念が飛んできた。

 モルモーは緊急時以外はほとんど思念を送ってこない。

 ローランの身に何かあったんだろう。

 (ローラン殿とナミ殿とルナ殿が崖から落ちそうです!ルナ殿が木の枝を掴んで何とか耐えている様子......。もう時間がありません!)

 大丈夫よ、モルモー。

 私が行くから。


 「ごめん、アルノ―さん。ちょっと緊急事態なの。また来るわ」


 私はそう言い残して、モルモーのところまで転移をした。


 「あ、ちょっと!......はぁ。あいつは、下手くそな笑顔を張っつけていたぞ。今と違ってな......」


 一人残されたアルノ―さんの答えは私には届かなかった。







 「やばい......。おち、る......」


 足元の地面が割れて、私はローランと一緒に落ちる......。

 この間も空から落ちたのに、今日は崖からか、なんて現実逃避を始める。

 だって日本じゃこんなことなかったんだよ⁈

 落ちるといっても命綱が絶対にあったし!


 「ナミ様!諦めるのはまだ早いですよ!」


 ルナが何も持っていない左手を掴む。


 「ナミ、諦めるんだったら、どうして僕の手を掴んでいるの?」


 ローランが私の右手を強く握る。

 二人がその気なら、私も現実逃避している場合じゃない!

 絶対に生きてへカティアちゃんの元に帰るんだから......!

 今一番大変なのが二人分の体重がかかっているルナ......。

 その重さが少しでも軽くなれば、可能性は上がるはず......!

 でも、どうしたら......?


 『味方を元気づけたい、強くしたいって強く願えばきっと使えるようになるよ。魔法はイメージの世界。君のイメージが現実世界に現れるのが魔法』


 重さが軽くなるイメージ!

 もっと強く!もっとはっきりに!


 「ナミから光......!」

 「すごいです!ナミ様!急に軽くなりました......!」

 「あ、あり、が、とう......」


 急に力が抜ける。

 せっかく魔法が使えて、ルナの負担を減らしたのに......。


 「ナミ⁈」

 「ナミ様⁈」


 私の手がルナから、ローランから離れる。

 ポキッ


 「ぼくを一緒に落ちますよ。木の枝折れたので」


 (本当はただの魔獣で通したかったですが、無理そうですね......。光の......)


 「重力操作!みんなよく頑張ったね!」


 灰色に染まった空から、一筋の光がこちらを差しこむ。

 真っ白な光が降り注ぐ中、私達の目の前に現れたのは......。







 私がモルモーの傍に転移した時は何故かナミの魔力が減ってて、もう保てないところまで来ていた。

 モルモーが上空にいたせいで、ここからはかなり距離が離れている。

 このままじゃ、魔法は途中でかき消されしまう。

 それに、ただでさえ、魔力が少ないのに転移魔法を二回しているでいでもう魔力が尽きる。

 正体がばれることとみんなを助ける......。

 そんなの天秤に乗せて比べなくても分かる。


 「姫様......⁈そのお姿は......」


 やっぱりこの姿の方が楽ね。


 「これ、ギュンダーには内緒でお願い。私、行って来るから」

 「承知しました」


 (きっとばれてますよ⁈姫様)


 「重力操作!」


 重力に従って落ちるみんなの動きが止まる。

 私が重力操作をかける前に、一瞬だけルナの魔法が見えた。

 しかも、それが光魔法......。

 ルナのことは後で本人から聞くとして、


 「みんなよく頑張ったね!」

 「えっと、どなたでしょうか?」

 「あ、そっか。この姿初めてだもんね」


 一部、見たことある子がいるけど。


 「へカティアだよ。忘れちゃったの?ナミお姉ちゃん?」

 「え⁈へカティアちゃん⁈確かに、面影はあるけど......」

 「これが前に話したヘカテーの大人姿か。見慣れないよね」

 「へカティア様、どうしてぼく達が落ちるって分かったんですか?」

 「帰りが遅いんだもの」


 重力操作は魔力をほとんど使わないから、元の姿に戻っても大丈夫だけど、念のためこの姿のままにしている。


 「その姿だとしっくりきますね。では、ここで話しましょうか」

 「え⁉空に浮かんでいるなんてなんか落ちないけど、落ちそうな感じがするから一旦降りない?」

 「なんか落ち着かないよね。そうだな......ヘカテー、あの辺に降りれる?」


 アルノ―が指を指したところは鮮やかな緑青色が広がる丘だった。

 そこなら、地面が落ちたりしなさそう。


 「分かった」


 全員を丘に移動させて、幼い姿に変身すると、体からごっそり魔力が減る。

 今は一割ぐらいしか残っていない......。


 「あのさ、今日は本当にごめんなさい。僕が神殿から飛び出したせいでみんなに心配をかけて、崖から落ちたりして」

 「こっちもだよ......!ローランお兄ちゃんにしつこく聞いちゃって、ごめんね」

 「ごめんなさい......」

 「すいませんでした」

 「ううん、みんなは悪くないよ!僕が魔神って聞いて動揺しちゃって......みんなに八つ当たりして......」


 やっぱり......。

 様子おかしかったもんね。


 「もう、話しちゃうね。僕はね、今から十年ぐらい前に故郷が無くなったんだ。昨日までいつも通りだったのに......。その日帰ると両親は冷たくなってた。妹と僕以外の村人が、全員、死んでたんだよ......。もう二度と動かなくなって......。時間が止まったみたいだった。お昼時だったから火があったみたいで、どこからか燃え始めた。村の広場で泣くしか出来ない僕を拾ってくれたのが、当時の勇者だった」


 推測していたからあまり驚かないけど、ナミお姉ちゃんやルナは驚いて、言葉が出ていない。

 口が魚みたいにパクパクしているから、何か言おうとしてるのかな?


 「ヘカテ―は驚かないんだね」

 「何となく予想してたからね。当たるとは思ってなかったけど」


 正直言うと当たらないで欲しかった。

 いつも通りが毎日来る、そんな生活して欲しかった。


 「当時の勇者、先生は剣術と知識をくれて育ててくれた。僕の村が一日で無くなったのはおそらく魔神が来たから、って教えてくれたんだ」

 「家族の仇が話に出てきたら、誰だって動揺するよね......」

 「当時の勇者ってどんな人間ですか?」

 「勇者って言っていたけど、引退して家族がいたんだ。でも、みんな、優しくて。冒険者をやっている息子さんとよく摸擬戦をしてたよ......なつかしいな......」

 「誰としていたの?」


 ローランお兄ちゃんが剣を使っているところ見たことあるけど、かなりきれいで正確で速かった。

 幼いとはいっても、そんなローランと摸擬戦できるなんて、剣術はかなり上手そう。


 「ヘカテ―は一度会ったことある人物だよ」


 会ったことある人物?

 あ!


 「もしかして、アルノーさん?」

 「確か自由都市で支部長をしている人だっけ?」

 「正解!アルノ―との摸擬戦で剣術を鍛えて組合に入ると、すぐにAランクになって......勇者試験に受かって、勇者になった。そのころ、故郷周辺で僕の村みたいに人がいつの間にか死んでいるみたいなことが起きた」

 「魔神が出現したんですね」

 「おそらく。魔神がいる領域はパーティーしか入れなかった。だから、パーティーを作った。最初は誰でも良かった。パーティーになってくれればそれだけで良かった。仲間の絆、チームワークなんていらないと思っていた。でも、ヘカテーが入って、ルナが入って、ナミが入って......。もう、このみんなしか考えられない......!考えられなくなちゃった」


 ローランの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。


 「......ヘカテー、ルナ、ナミ、こん......な僕だけ...ど、みんな...と......一緒に」


 最後の方は何を言っているか分からないけど、意味は伝わったよ、ローランお兄ちゃん......!


 「もちろんだよ!」

 「同じく!」

 「ほら、泣かないで下さい!」

 「みん......な......!」

 「あ、見て!空が晴れたよ!」


 灰色の雲から光が差して、青い澄んだ空がぼやけて見える。

 こんなに空って綺麗だったんだ......。

 緑青色の花びらが風に乗って空から舞い散る光景......。

 目から溢れてくる。

 私も、嬉しいのかな......。

 みんなと一緒にいられて......。


 「ヘカテ―、泣いてるの?」

 「ローランお兄ちゃんも言えないでしょ」


 長く生きてきたけど、こんなに感情が動くのは久しぶり......。

 人間界に来て、ローランお兄ちゃんじゃないけど、みんなに会えて良かったよ......!

 これから先、何が待っているのか分からないけど、私達の旅は何とかなりそうな気がする。


 「ンフフッ......」

 「何か面白いことあったの?」

 「秘密!」


 何も確証はない。

 それこそ、ナミがいた異世界みたいな夢物語。

 それでも、そう思ってしまわずにはいられない。

 寝っ転がって空を見上げると、色とりどりの橋が空に架かっていた。