『可愛いものが好きじゃダメなの? 男は髪が短くないとダメなの?』
那留が何度問いかけても、両親は曖昧な答えしか口にしない。彼らだってきっと、確立されたものを知らないのだ。それなのに子どもに押しつけてくるのはおかしいと訴えると、また頬をぶたれた。
それからの学校生活は地獄だった。クラスメイトには笑われ、貶される日々。
試験官との面談も、毎日行われた。
『いいですか、三七八番。これ以上両親に悲しい思いをさせたくないでしょう? 大丈夫、我々の声だけを信用していればいいのです』
田畑試験官は他の試験官と違って気味が悪かった。普通、試験官の役割はカウンセラーと同様のものだが、田畑の距離の詰め方や甘ったるい声色。洗脳にはもってこいの謳い文句ばかりだった。
那留は大きな溜息をついた。
『試験官さんは心と体が違う人間は、清く正しい大人にはなれないと思いますか?』
『ええ、それが国の――』
『勝手なエゴをこっちに押しつけないでくれませんか。僕は――いいや、私は、私らしく生きるためにこの学校を選んだんです! 個性だと受け入れてくれたこの学校で、何もしがらみもない、ありのままの姿でここに来たかったんです!』
『……呆れました。そんな綺麗事を言う生徒がいるなんて。そんなことだから――』
誰からも愛されない欠陥品なんですよ?
田畑の言葉が深く突き刺さり、那留は目の前が真っ暗になった。
それから那留が屋上から身を投げたのは、数日後のことだった。
飛び降りた直後に事務員が見つけ、病院に搬送。一命は取り留めたものの、昏睡状態にあった那留は、一年後に目を覚ます。飛び降りたときのことは何も覚えていなかった。
両親は目を覚ましたことに安堵したものの、那留が学校を辞めたいと頼み込んだ途端、様子は一変。『これ以上変な気を起こさないためにも学校に通え』と退院早々にまた一年生からやり直すことになった。
それからは順当に進級していたが、昨年のプロジェクトの考査結果で留年が決定。
那留は、この学校でプロジェクトとともに五年目を迎えていたのだ。