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「内面も外見も関係ない。当たり前であることを当たり前に行う。今の議会でもそうじゃないか、審議中に眠り込む厄介者、手だけを振って金をもらい、年中クーラーの聞いた部屋でくつろぐ暇人。それはきっと、子どもの頃から指導されてこなかった根本の問題だ。義務教育から高校生までにこのプロジェクトを組み込めば、彼らのような失敗作は現れない!」
それは議会で見向きもしない、現状維持で安全圏を保っている議員に対しての暴言だった。しかし、次第に周囲の支持を集め、結果的に文部科学大臣へ就任した芹野弘宗が、まず初めに取り掛かった政策こそ『みらい成長プロジェクト』である。
髪が黒いのは当たり前。
制服は着崩さず指定通りに着るのが当たり前。
女の子がスカートを履くのは当たり前。
男の子は強いのが当たり前。
女性は家庭に入り、内側から家族を支えるのが当たり前。
男性は仕事に没頭し、外側から家族を支えるのが当たり前。
愛す相手が異性でなければならないのは当たり前。
それが当たり前だと定義を付けた大臣は、プロジェクト実施前に病死。息子で当時秘書をしていた慶介に引き継がれ、五年前についに実施した。
その奮闘を間近で見てきた当時中学一年生の響は、祖父と父親の背中を蹴り飛ばしたくて仕方がなかった。
その頃からだ。彼が「隕石が落ちてこないかな」などと繰り返すようになったのは。