ふとパチパチと小さな粒が破裂しているような心地の良いい音が聞こえてくる。次に自然を感じる暖かさが肌を通して脳に伝わって、それから全身に力が入れられるようになってきて。

「うっ僕は……」
「やっと起きたのね。まぁ十数分ぐらいだったけど」

 僕は仰向けになっていて、目を開けるとオレンジの明かりに照らされていて視界がクリアだった。頭上には葉の間から見える夜空と覗き込む桃奈さんがいる。ゆっくりと上体を起こして周囲を確認。光源はすぐそこにある焚き火だった。集められた枝が火に炙られて、パチパチ悲鳴を上げている。その向こう側にはギュララさんが座っていて、目が合うと手を上げてきたので、軽く会釈した。そして、隣には呆れ果てたという感情を表に出す、ピンクのゴスロリ魔法少女もいて。

「桃奈さん、何故ここに?」
「十時頃、ソラくんに会いたくなって家に向かおうとしたらあんたが女神像の前にいるのを見てね。秘密を知るチャンスと思って見張っていのよ」

 全然気づかなかった。僕は背の高いギュララさんのことを意識し過ぎたあまり、見落としていたのかも。

「そしたら小屋に行ったりして、まさかとは思ったわ。でもそれが的中。こいつと出会ってぶっ飛ばされた上夜の森に追いかけて行って確信した。あんたを止めようとあたしは追いかけた、すぐに見失ったけど、咆哮で位置がわかって見つけ出した」
「じゃあ、僕達の戦いも?」
「ええ、最初から最後までね。正直、すぐにあんたは音を上げると思っていたわ。けれど、諦め悪く立ち向かってボコボコにされて。いつ止めようか凄く悩んでた。そんな中、あんたは勝っちゃった、本当驚きよ」

 今更になって気づいたけど、僕の身体はいつも通りになっている。痛みも無く思うように動かせた。

「……その後に治してくれたんですね」
「全く、あんたはとんだお馬鹿さんよ。いくら何でも無茶し過ぎ。それとあんたも」
「俺もかよ」

 今度はギュララさんにターゲットにする。

「少しは手加減しなさいよ。危うく亡霊にでもなるところだったわ」
「ふん、本気じゃなきゃ意味がないだろ」
「はぁ? 殴り合いに何の意味があるわけ?」

 理解できないといった様子の彼女を横目に、僕はさっきの戦いを思い出す。確かに容赦は無かった。でも、彼の拳には優しさがあったように思う。実際、終盤は明らかに力加減を抑えていた。それに、戦いの中で彼の怖い面だけじゃなく怯えている様子とか、色々な表情が見えて。

「僕は、ギュララさんの言う事が少し理解できた気がします。戦うと取り繕えない本当の姿が見えてくる、さっきのことでそう思えました」
「はははっ。良くわかっているじゃないか、そのその通りだ。だからこそ、拳で語り合う必要がある」
「あんた達マジで言ってるの?」

 ギュララさんとわかり合えた気がして嬉しくなる。彼も同じようで、尖った雰囲気が鳴りを潜め穏やかでいた。僕だけかもしれないけど、不思議な絆みたいなのも感じていて。

「っていうか、殺されかけた相手とよく平然と喋れるわね」
「そんな事はどうでもいいし、多分殺す気も無かっただろうから。それに、会話をするためにこちらから挑んだ戦いだったので」
「そうだったな。約束は果たす」

 ようやく本題に入る。少し炎が弱くなっていたので彼は枝を投げ込んでから、口を開いた。

「俺がクママに持っている未練は、あいつに戦う覚悟を持たせて職に就かせることだ」
「……職?」

 桃奈さんに視線を向けて、その事について説明を求めた。

「この村では、成人してからは各テーリオの人が秘めている力によって振り分けられるのよね。例えばデスベアーは戦闘力が高いから狩りをするみたいな。……クママさんは戦闘力が無いから栽培で生計を立てているのだと思っていたんだけど。村の人も無職だとか言ってなかったわ」
「いや、あいつは無職だ。あれをしているのは、きっと罪滅ぼしみたいなものだろ。言わなかったのは、村の奴らも気を遣ってのことじゃないか」

 まさかの事実に少しクママさんへの印象が変わってしまいそうになる。

「罪滅ぼしですか」
「責任感だけは強いからな。一応、村の人からは不幸で落ち込んでいるから、待ってあげようって感じで助けてくれている。だが、いつまでもそうしていられないだろ」

 周囲の人間から可哀想な人と見られるのは、僕も経験があった。気を遣われていることが明らかで、こちらも心苦しくて。同時に、いつしかそれが失われ蔑まれる視線に変わることを恐れた。

「クママが戦いたがらないのは、俺への罪悪感だけじゃなく、可哀想な状態から一歩進む覚悟を持てないからだろ」

 冷徹に振る舞っていたのは、突き放すことでクママさんを成長させるためだったみたいだ。やはり優しい人だった。

「あんたの今までの態度とか意図は理解したわ。けれど、クママさんの謝罪ぐらいは受け取ってあげてもいいんじゃないの?」
「ただ謝るだけであいつ自身の未練が解決するとは思えない。多分、あいつの性格的に前進した姿になってからじゃないと駄目だと俺は考えてる」
「何だか、クママさんのお兄さんみたいですね。ずっと彼を守っていたみたいですし」

 オレンジ色に照らされたギュララさんの顔にはどこか寂しげにで、揺れる炎を見つめる。

「それが良くなかったのかもな。実際にあいつより年上だし、似た境遇だから過保護になっちまった。そのせいで本来就くはずの仕事の適性を失わせたんだからな。だから俺が亡霊になってでも戦う覚悟を持たせないといけないと思った。これが俺の未練であり贖うべき罪だ」

 そう話しを締めくくる。彼への印象もまた様変わりして、冷たいようで実は凄く熱い心の持ち主しだとわかった。内面はこの焚き火のようにメラメラと燃えたぎっているみたいだ。

「あんたのことちょっと見直したわ。そのついでじゃないんだけど……一つ訊いてもいいかしら。あんたの家のことよ」

 桃奈さんにはさっきまでの敵意がなくなっていて、ギュララさんに尋ねる。

「家のことだと?」
「そうよ。あんたの家とか部屋にメイド服とか他にも色んな服が飾ってあったわ。それに、あの『ギュっとウサたん』のぬいぐるみも沢山置いていた。あれはどういう事なの?」 

 彼女は本題よりも一段と前のめりになっている。瞳は興味津々といった感じで輝いていた。

「俺は狩りの他に母親の影響で衣服やぬいぐるみを副業として作っていてな。部屋にあるのは基本的に俺が作ったものだな」
「ま、まさか、デザイナーのギラだったの? あの『ギュっとウサたん』シリーズを生み出した。それに、あたしのメイド服デザインを形にしてくれた」
「お、お前があれを考えたのか? 良いセンスしてるな」

 二人は歩み寄るとがっしりと握手を交わした。焚き火がそれを祝福するかのようにパチパチという音を鳴らす。

「あたしはとんだ勘違いをしていたみたい。わかり合えないと思ったけど、本当は同士だったようね」
「ああ、まさかお前ととはな。全く何が起こるかわからない」

 何だかドラマチックなセリフが向こう側で展開されているけど、そのテンションに置いてけぼりだった。まぁ、二人が仲良くなってくれて嬉しいけれど。

「あのーそのウサたんって何ですか?」
「あたしがあんたにプレゼントしたあれよ」
「マジですか!?」

 まさか、作者が彼だったなんて。思わず頭を抱えてしまいそうになる。だって、桃奈さんから貰っただけじゃなくギュララさんが作った物となると、いよいよ雑に扱えなくなってしまう。

「なーんか微妙な顔してない?」
「い、いえ! そ、そんな事よりも今はクママさんのことです。どう覚悟を決めてもらうか考えないと!」
「そうだな。俺が正気でいられる時間も残り少なそうだ」

 炎はまた力を失いそうになっていて、僕は燃料を投下。また蘇り辺りを照らしてくれる。

「俺と戦うことが一つの覚悟の証明になると思っている。だからどうにかして焚き付けたい。最悪亡霊になるという手も……」
「それは駄目です! でないとクママさんがあなたに謝れない」
「……そうだな。しかし、他に手段は……」

 全員でアイデアを考えるも、思いつかなくてコクコクと時間は過ぎた。枝が燃える音と風に揺れる葉のさざ波の音な耳に鮮明に入ってくる。

「あたし、いい考え思いついたかも!」

 その沈黙を桃奈さんが破った。閃いたといった驚きと喜びの中間みたいな表情を浮かべる。

「一体それって?」
「ふっふっ、それはね……」

 僕達は桃奈さんの作戦に耳を傾けた。