「一人で平気?」
「うん、いってらっしゃい」
十八時前、お父さんとお母さんが出かけていった。
車が発進する音をドア越しに確認して、バタバタ二階に上がる。洗面所まで行くの面倒だから、メイク落としはシートでいいや。それと、主役のアイシャドウたち。
それらを机の上に並べると、それだけで頬がふにゃふにゃした。
メイク用品ってなんでこんなに可愛いんだろう。メイク出来るだけで優秀なのに、それを入れるケース自体も可愛いなんて、こんなの毎日眺められたら幸せだろうな。
『親が出かけたからメイクしてみる』
朝川さんに送ると一分で返信が着た。
『見たい見たい。出来たら送って』
僕はそれにOKのスタンプで返す。勢いで了承しちゃったけど大丈夫かな。僕、リップしか塗ったことがないんだけど。
スマートフォンを動画画面にして机に置く。大変なことになったぞ。慣れないメイクを朝川さんに送ることになってしまった。
初めてだから完璧にやれるとは思わないけど、人に見せても焦らない程度のクオリティにしないと。僕は普段からよく勉強させてもらっている動画クリエイターさんの画面を開いた。
『皆さんこんにちは。マイです』
マイさんがすっぴんで登場する。美容系の人、すっぴんからメイクする動画が多いけど、女性がすっぴんを晒すのってどれだけの勇気が必要だろう。でも、そのおかげでメイクの仕方がすごく分かりやすくてありがたい。
『今日は、プチプラ縛りでフルメイクやっていきたいと思います』
買ってきたコスメに合わせて動画を選んだので、今の僕にぴったり。ベースメイクのところを早送りして、アイメイクの手前で動画を再開させる。
『まずは一番淡い色をアイホール全体に、左下のを二重幅にのせます』
「待って待って」
動作が速くて追いつかない。一旦動画を止めて、ゆっくり鏡を見ながら進めていく。
まずは一番淡い色をアイホールに。次は淡いブルー。可愛いものが好きだけど、目元はちょっと涼し気で。二重幅ちょっとオーバーしちゃった。まあ、ぴったりで強調するより自然でいいか。
鏡に向かって右や左を向いて確認する。おかしくはない、多分。
『アイライナーはリキッドとペンシル二本使います』
「えっ」
手元にあるアイライナーと画面を見比べる。手元にはペンシルタイプのアイライナー一本しかない。
「二本使うんだ」
多分、二本使わなくても出来るんだろうけど、初心者の僕には見本が無いのはきつい。
「リキッドの部分もペンシルでやってみよう」
今から買いに行く時間は無いから、これで工夫するしかない。
『ペンシルでアイラインを引いていきます。目尻の三角の部分は丁寧に』
「全部をぐるっと引くんじゃないんだ」
場所によって薄く引いたり、濃く引いたり。こんな大変なこと毎日しているんだ。すごい。
「難しい……」
アイシャドウはどうにかなったけど、ライン引くのが難しすぎる。上まぶたを引っ張り上げて薄く引いてるけど、手が震えてガタガタする。絵心がないと無理じゃない?
マイさんはペンシルだけでも十分綺麗で、その上をなぞるように目尻部分だけリキッドを使っていた。僕の方はもう聞かないでほしい。
格闘して二十分。どうにかこうにか工程を終えた。なんかちょっと、変だけど。
「これを朝川さんに送るのか」
今日はマスカラは無しでビューラーで上げただけだけど、他のアイメイクは全部やった。遠目から見れば、なんとなく見られる、かな。
スマートフォンをインカメラにして画面を凝視する。いつも思うけど、インカメラってなんか顔が変になる。鏡では気にならないのに、インカメラにした途端、顔が伸びるというか、ほんの一ミリだけ魚眼ぽくなるような。まあ、カメラに文句言っても仕方がない。僕はなるべくマシになる角度を探して写真を何枚も撮った。
「──よし、送ろう」
三十枚以上撮った中で一番見られる顔の写真を朝川さんに送る。あと、少しだけ肌が綺麗に見えるよう写真を明るくした。見苦しい足掻きだ。
送信後、たったの一分で返信が着た。え、早。もっと遅くていいのに。読むのが怖い。かといってこっちから送ったのに未読無視はよくない。
恐る恐るメッセージを開いてみると、絵文字全開のハイテンションだった。
『か、可愛い!! 良良良の良! カメラ越しだから控えめに見えるけど、アイシャドーが発色良くて素敵♡ 実物見たいから今度一緒にメイクやろうね』
「うわぁっ」
褒められるなんて一ミリも思っていなかったから、驚きでしゃがんでいた状態から尻もちをついてしまった。ちょっと痛い。
初めてで、上手くいかなくて、それでも肯定してくれる友だちがいる。それだけで未来が眩しく見えた。朝川さんと出会えたことが僕の一番の宝物だ。
『ありがとう。また学校でも話そうね』
『うん、よろしく!』
「あっ」
アプリを閉じてスマートフォンの時計を確認したら、予定の時間を越えてしまっていた。慌ててメイクを落とす。危ない、親に見つかったらせっかくメイク用品を捨てられてしまうかもしれない。そうなったら、僕はきっと家にいられない。
「うん、いってらっしゃい」
十八時前、お父さんとお母さんが出かけていった。
車が発進する音をドア越しに確認して、バタバタ二階に上がる。洗面所まで行くの面倒だから、メイク落としはシートでいいや。それと、主役のアイシャドウたち。
それらを机の上に並べると、それだけで頬がふにゃふにゃした。
メイク用品ってなんでこんなに可愛いんだろう。メイク出来るだけで優秀なのに、それを入れるケース自体も可愛いなんて、こんなの毎日眺められたら幸せだろうな。
『親が出かけたからメイクしてみる』
朝川さんに送ると一分で返信が着た。
『見たい見たい。出来たら送って』
僕はそれにOKのスタンプで返す。勢いで了承しちゃったけど大丈夫かな。僕、リップしか塗ったことがないんだけど。
スマートフォンを動画画面にして机に置く。大変なことになったぞ。慣れないメイクを朝川さんに送ることになってしまった。
初めてだから完璧にやれるとは思わないけど、人に見せても焦らない程度のクオリティにしないと。僕は普段からよく勉強させてもらっている動画クリエイターさんの画面を開いた。
『皆さんこんにちは。マイです』
マイさんがすっぴんで登場する。美容系の人、すっぴんからメイクする動画が多いけど、女性がすっぴんを晒すのってどれだけの勇気が必要だろう。でも、そのおかげでメイクの仕方がすごく分かりやすくてありがたい。
『今日は、プチプラ縛りでフルメイクやっていきたいと思います』
買ってきたコスメに合わせて動画を選んだので、今の僕にぴったり。ベースメイクのところを早送りして、アイメイクの手前で動画を再開させる。
『まずは一番淡い色をアイホール全体に、左下のを二重幅にのせます』
「待って待って」
動作が速くて追いつかない。一旦動画を止めて、ゆっくり鏡を見ながら進めていく。
まずは一番淡い色をアイホールに。次は淡いブルー。可愛いものが好きだけど、目元はちょっと涼し気で。二重幅ちょっとオーバーしちゃった。まあ、ぴったりで強調するより自然でいいか。
鏡に向かって右や左を向いて確認する。おかしくはない、多分。
『アイライナーはリキッドとペンシル二本使います』
「えっ」
手元にあるアイライナーと画面を見比べる。手元にはペンシルタイプのアイライナー一本しかない。
「二本使うんだ」
多分、二本使わなくても出来るんだろうけど、初心者の僕には見本が無いのはきつい。
「リキッドの部分もペンシルでやってみよう」
今から買いに行く時間は無いから、これで工夫するしかない。
『ペンシルでアイラインを引いていきます。目尻の三角の部分は丁寧に』
「全部をぐるっと引くんじゃないんだ」
場所によって薄く引いたり、濃く引いたり。こんな大変なこと毎日しているんだ。すごい。
「難しい……」
アイシャドウはどうにかなったけど、ライン引くのが難しすぎる。上まぶたを引っ張り上げて薄く引いてるけど、手が震えてガタガタする。絵心がないと無理じゃない?
マイさんはペンシルだけでも十分綺麗で、その上をなぞるように目尻部分だけリキッドを使っていた。僕の方はもう聞かないでほしい。
格闘して二十分。どうにかこうにか工程を終えた。なんかちょっと、変だけど。
「これを朝川さんに送るのか」
今日はマスカラは無しでビューラーで上げただけだけど、他のアイメイクは全部やった。遠目から見れば、なんとなく見られる、かな。
スマートフォンをインカメラにして画面を凝視する。いつも思うけど、インカメラってなんか顔が変になる。鏡では気にならないのに、インカメラにした途端、顔が伸びるというか、ほんの一ミリだけ魚眼ぽくなるような。まあ、カメラに文句言っても仕方がない。僕はなるべくマシになる角度を探して写真を何枚も撮った。
「──よし、送ろう」
三十枚以上撮った中で一番見られる顔の写真を朝川さんに送る。あと、少しだけ肌が綺麗に見えるよう写真を明るくした。見苦しい足掻きだ。
送信後、たったの一分で返信が着た。え、早。もっと遅くていいのに。読むのが怖い。かといってこっちから送ったのに未読無視はよくない。
恐る恐るメッセージを開いてみると、絵文字全開のハイテンションだった。
『か、可愛い!! 良良良の良! カメラ越しだから控えめに見えるけど、アイシャドーが発色良くて素敵♡ 実物見たいから今度一緒にメイクやろうね』
「うわぁっ」
褒められるなんて一ミリも思っていなかったから、驚きでしゃがんでいた状態から尻もちをついてしまった。ちょっと痛い。
初めてで、上手くいかなくて、それでも肯定してくれる友だちがいる。それだけで未来が眩しく見えた。朝川さんと出会えたことが僕の一番の宝物だ。
『ありがとう。また学校でも話そうね』
『うん、よろしく!』
「あっ」
アプリを閉じてスマートフォンの時計を確認したら、予定の時間を越えてしまっていた。慌ててメイクを落とす。危ない、親に見つかったらせっかくメイク用品を捨てられてしまうかもしれない。そうなったら、僕はきっと家にいられない。