なんでこうなっちゃったんだろう。
僕は今、ほとんど会話をしたことがないクラスメートの朝川さんとカフェに入っている。しかも、僕はちょっと可愛めの私服で、朝川さんに至ってはゴリゴリのロリータだ。はちゃめちゃに可愛いけど。
学校では地味にしていた朝川さんの意外な一面を見てしまった。これって見てよかったのかな。脅されたりしないかな。
それにしても可愛い。甘ロリだ。ヘッドドレスのレースが凝ってて、ツインテールもレースのリボン。スカートがすごく広がってるからパニエも豪華なんだろうな。僕はTシャツの裾を掴んだ。
「よく分かったね、頼田君」
「えっ」
思いがけず名前を呼ばれて、僕は顔を上げた。朝川さんは笑っていた。いつもマスクをしている彼女の笑顔を見たのは初めてだった。
「僕の名前知ってるんだ」
「うん。クラスメートの中でも可愛いなって思ってたから」
「か、かわ」
「うん」
彼女の言葉に俯いてしまった。中途半端なリップを拭いてしまいたい。
「だから、髪型変わってたけど気付いたんだ」
「そ、そっか」
「頼田君だって気付いてくれたじゃん」
もう、どこを見ればいいのか分からない。コップの中にある氷がカランと鳴った。
「あの」
「なに?」
「こういう恰好、好きなんだ」
「うん。好き」
声に釣られて顔を上げたら、真っすぐな瞳に出会った。どこまでも澄んでいて、これが嘘じゃないことを理解する。
「学校だと校則が厳しくてアレンジ出来ないから、放課後になったらこうやって自由にしてるんだ」
「そっか。そうだよね、放課後だもんね」
慌てて飲んだメロンソーダは驚く程甘かった。朝川さんのすぐ後ろの窓ガラスには、薄っすらと僕が映っている。
「頼田君はどういう恰好が好き?」
「どういう……」
僕は答えられなかった。俯いた僕に、朝川さんは何も言わなかった。
「ねぇ、会えた記念に二人で遊ばない? それとも用事があって来た?」
「ううん、無い、無いよ。遊ぼう」
何度も頷くと笑われた。あ、えくぼだ。
まずは連絡先をとスマートフォンをお互いに出す。朝川さんのスマホケースは白を基調にした、右下にお花があしらわれているデザインだった。意外だったけど、学校に持っていくものだからだと思い直して納得した。
「ありがと。じゃ、行こっか」
「うん」
すっかり飲み干されたメロンソーダは汗を掻いていて、僕の心を見透かしているようだった。
「どこ行くの?」
「う~~ん……」
朝川さんが悩みながら周りを眺める。そして、僕の手をぱっと掴んだ。
「あっちにしよ。服とか見たいんだけど、付き合ってくれる?」
「いいよ」
速まる鼓動に気付かない振りをして、僕は繋がれたまま横断歩道を渡った。
渡った先は、ネット上の中とまるで同じだった。
右を見ればゴスロリにパンク、左を見れば個性的なスーツ姿。もちろん、普段見かけるファッションの人や学生も沢山いるけれど、そこに非日常が自然に溶け込んでいる。誰も何も言わないし目も向けない。これがここでの日常なんだ。
いつの間にか手は離れていた。朝川さんが少し先にあるお店を指差す。
「あそこ」
僕は黙って付いていった。朝川さんには言っていないけど、この駅に来たのは初めてで、どこに何があるのかなんて何も分からない。こうやって歩いているだけでドキドキする。
店の前には朝川さんが着ているものと似た服が飾られていた。ここで買ったのかな。
「いらっしゃいませ~」
中に入ると、店員さんが一人いて服を畳んでいた。一瞬身構えたけど、こちらに来ることなく作業を続けていた。
「迷ってる服があるんだけどね、意見を聞きたくて」
「え、僕の?」
「うん、そう」
僕の意見なんて、その辺の雑草より役に立たなさそうだけど。それでも朝川さんが楽しそうにしているから、とりあえずいいか。朝川さんがハンガーに掛かっているブラウスを二点持ってきた。
白と薄い水色で、どちらも襟元に可愛らしいレースがあしらわれている。
「色違い?」
「ほとんど一緒だけど、レースの柄がちょっとだけ違うの」
「ほんとだ」
両方花柄レースだけど種類が違う。どっちも細かくて綺麗だから悩むなぁ。
「色は白かなぁ、レースは……」
僕が唸っていたら、朝川さんが頭の上にヘッドドレスを載せてきた。
「可愛い」
「えっと、そうかな」
「ほら、鏡」
近くにある姿見の方を向かされる。僕の心臓はもうどこかへ飛んでいってしまった。鏡には引きつった顔の僕が黒いヘッドドレスを付けていた。
「似合わないよ、男だし」
「なんで男じゃダメなの?」
「それは──」
いよいよ僕の言葉は力の無いものになった。
僕だって駄目だとは思わない。でも、世間の目を押しのけられる強い何かを持ち合わせていなかった。
朝川さんが僕を見つめて言う。
「じゃあ、男とか女とかじゃなくて、頼田君はどうしたい? ヘッドドレス、付けたい? 付けたくない?」
その言葉の舟に捕まった僕は、赤ちゃんより頼りなさげに小さく答えた。
「……付けたい」
「いいじゃん!」
朝川さんの声に僕の体が震えた。
「付けてみたら? 買う?」
慌てて僕は首を振る。
「ううん、さすがにそれは」
「そっか。じゃあ、今度私の貸そうか。お揃いで」
「えっふ、双子コーデ……?」
「そうそう」
本当は遠慮して断らなければならないのに、勢いに釣られて話に乗ってしまった。どうしよう。
その後もいろいろ見て回ったけど、はっきり言って何も覚えていなかった。多分、何か会話もしたと思うけど記憶に無い。
お店の白い袋を下げた朝川さんと途中の駅で別れる。朝川さん、買ったんだ。結局どっちにしたんだろう。それともヘッドドレスかな。どれも朝川さんに似合っていた。髪の毛が長かったのも、こういうファッションに合わせていたのかもしれない。
──黒いマスクしてたのは多分あれだよね。
小ぶりで最初は気が付かなかったけど、口元にピアスをしていた。あれも似合ってたけど、痛そうだった。そんなこと言ってたら一歩進んだファッションは出来ないか。
乗り換えの電車に乗り込み、ドア横に立ってドアに映る自分の顔を見た。
「朝川さん、自信満々だった」
いや、ちょっと違う。自信があるとかないとかじゃなくて、誰かの目を気にすることなく好きなファッションを身に着けていた。僕とは正反対だ。
そこで、さっきの会話を思い出した。
言っちゃった。
付けたいって。
誰にも、家族にさえ言ったことがなかったのに。
今日初めて遊んだクラスメートに。
でも、朝川さんは誰かに言いふらしたりはしなさそう。なんとなくそう思う。
手を見たら、ちょっと震えていた。
僕は今、ほとんど会話をしたことがないクラスメートの朝川さんとカフェに入っている。しかも、僕はちょっと可愛めの私服で、朝川さんに至ってはゴリゴリのロリータだ。はちゃめちゃに可愛いけど。
学校では地味にしていた朝川さんの意外な一面を見てしまった。これって見てよかったのかな。脅されたりしないかな。
それにしても可愛い。甘ロリだ。ヘッドドレスのレースが凝ってて、ツインテールもレースのリボン。スカートがすごく広がってるからパニエも豪華なんだろうな。僕はTシャツの裾を掴んだ。
「よく分かったね、頼田君」
「えっ」
思いがけず名前を呼ばれて、僕は顔を上げた。朝川さんは笑っていた。いつもマスクをしている彼女の笑顔を見たのは初めてだった。
「僕の名前知ってるんだ」
「うん。クラスメートの中でも可愛いなって思ってたから」
「か、かわ」
「うん」
彼女の言葉に俯いてしまった。中途半端なリップを拭いてしまいたい。
「だから、髪型変わってたけど気付いたんだ」
「そ、そっか」
「頼田君だって気付いてくれたじゃん」
もう、どこを見ればいいのか分からない。コップの中にある氷がカランと鳴った。
「あの」
「なに?」
「こういう恰好、好きなんだ」
「うん。好き」
声に釣られて顔を上げたら、真っすぐな瞳に出会った。どこまでも澄んでいて、これが嘘じゃないことを理解する。
「学校だと校則が厳しくてアレンジ出来ないから、放課後になったらこうやって自由にしてるんだ」
「そっか。そうだよね、放課後だもんね」
慌てて飲んだメロンソーダは驚く程甘かった。朝川さんのすぐ後ろの窓ガラスには、薄っすらと僕が映っている。
「頼田君はどういう恰好が好き?」
「どういう……」
僕は答えられなかった。俯いた僕に、朝川さんは何も言わなかった。
「ねぇ、会えた記念に二人で遊ばない? それとも用事があって来た?」
「ううん、無い、無いよ。遊ぼう」
何度も頷くと笑われた。あ、えくぼだ。
まずは連絡先をとスマートフォンをお互いに出す。朝川さんのスマホケースは白を基調にした、右下にお花があしらわれているデザインだった。意外だったけど、学校に持っていくものだからだと思い直して納得した。
「ありがと。じゃ、行こっか」
「うん」
すっかり飲み干されたメロンソーダは汗を掻いていて、僕の心を見透かしているようだった。
「どこ行くの?」
「う~~ん……」
朝川さんが悩みながら周りを眺める。そして、僕の手をぱっと掴んだ。
「あっちにしよ。服とか見たいんだけど、付き合ってくれる?」
「いいよ」
速まる鼓動に気付かない振りをして、僕は繋がれたまま横断歩道を渡った。
渡った先は、ネット上の中とまるで同じだった。
右を見ればゴスロリにパンク、左を見れば個性的なスーツ姿。もちろん、普段見かけるファッションの人や学生も沢山いるけれど、そこに非日常が自然に溶け込んでいる。誰も何も言わないし目も向けない。これがここでの日常なんだ。
いつの間にか手は離れていた。朝川さんが少し先にあるお店を指差す。
「あそこ」
僕は黙って付いていった。朝川さんには言っていないけど、この駅に来たのは初めてで、どこに何があるのかなんて何も分からない。こうやって歩いているだけでドキドキする。
店の前には朝川さんが着ているものと似た服が飾られていた。ここで買ったのかな。
「いらっしゃいませ~」
中に入ると、店員さんが一人いて服を畳んでいた。一瞬身構えたけど、こちらに来ることなく作業を続けていた。
「迷ってる服があるんだけどね、意見を聞きたくて」
「え、僕の?」
「うん、そう」
僕の意見なんて、その辺の雑草より役に立たなさそうだけど。それでも朝川さんが楽しそうにしているから、とりあえずいいか。朝川さんがハンガーに掛かっているブラウスを二点持ってきた。
白と薄い水色で、どちらも襟元に可愛らしいレースがあしらわれている。
「色違い?」
「ほとんど一緒だけど、レースの柄がちょっとだけ違うの」
「ほんとだ」
両方花柄レースだけど種類が違う。どっちも細かくて綺麗だから悩むなぁ。
「色は白かなぁ、レースは……」
僕が唸っていたら、朝川さんが頭の上にヘッドドレスを載せてきた。
「可愛い」
「えっと、そうかな」
「ほら、鏡」
近くにある姿見の方を向かされる。僕の心臓はもうどこかへ飛んでいってしまった。鏡には引きつった顔の僕が黒いヘッドドレスを付けていた。
「似合わないよ、男だし」
「なんで男じゃダメなの?」
「それは──」
いよいよ僕の言葉は力の無いものになった。
僕だって駄目だとは思わない。でも、世間の目を押しのけられる強い何かを持ち合わせていなかった。
朝川さんが僕を見つめて言う。
「じゃあ、男とか女とかじゃなくて、頼田君はどうしたい? ヘッドドレス、付けたい? 付けたくない?」
その言葉の舟に捕まった僕は、赤ちゃんより頼りなさげに小さく答えた。
「……付けたい」
「いいじゃん!」
朝川さんの声に僕の体が震えた。
「付けてみたら? 買う?」
慌てて僕は首を振る。
「ううん、さすがにそれは」
「そっか。じゃあ、今度私の貸そうか。お揃いで」
「えっふ、双子コーデ……?」
「そうそう」
本当は遠慮して断らなければならないのに、勢いに釣られて話に乗ってしまった。どうしよう。
その後もいろいろ見て回ったけど、はっきり言って何も覚えていなかった。多分、何か会話もしたと思うけど記憶に無い。
お店の白い袋を下げた朝川さんと途中の駅で別れる。朝川さん、買ったんだ。結局どっちにしたんだろう。それともヘッドドレスかな。どれも朝川さんに似合っていた。髪の毛が長かったのも、こういうファッションに合わせていたのかもしれない。
──黒いマスクしてたのは多分あれだよね。
小ぶりで最初は気が付かなかったけど、口元にピアスをしていた。あれも似合ってたけど、痛そうだった。そんなこと言ってたら一歩進んだファッションは出来ないか。
乗り換えの電車に乗り込み、ドア横に立ってドアに映る自分の顔を見た。
「朝川さん、自信満々だった」
いや、ちょっと違う。自信があるとかないとかじゃなくて、誰かの目を気にすることなく好きなファッションを身に着けていた。僕とは正反対だ。
そこで、さっきの会話を思い出した。
言っちゃった。
付けたいって。
誰にも、家族にさえ言ったことがなかったのに。
今日初めて遊んだクラスメートに。
でも、朝川さんは誰かに言いふらしたりはしなさそう。なんとなくそう思う。
手を見たら、ちょっと震えていた。