小間物屋、装飾店、古本屋から、そのほかの雑貨店。優秀な羽鳥の案内で多くを巡ることができた深月だが、とくに物欲をそそるようなものはなかった。

 ひとつひとつの品は申し分ない。たんに深月が買ったところで持て余してしまう気がして、手が出ないのである。

 (なんだか、羽鳥さんにも申し訳ないわ)

 通りを歩いていた深月は、店の陳列窓から確認できる店内の女性客に目を向けた。皆それぞれ楽しげに商品を物色している。

 なにかを買わなければいけない、ではなく、自然と買いたいものを手にしているのだ。

 せっかく羽鳥も非番時に付き合ってくれているのだから、自分もこれだというものが見つけられるといいのに。

 「……あ」

 ふいに、深月の足が止まる。

 「深月さん?」

 「すみません、少しこのお店を見てもいいでしょうか」

 そう言った深月の視線の先には、瓦葺屋根の古びた紺屋があった。その入り口付近の軒下に艶やかな糸が並んでいるのを発見し、吸い寄せられるように近づいた。

 (綺麗な染め糸……)

 見事な藍染の糸に息を呑む。色違いの束がそれぞれ綺麗に並んでおり、藍染といってもこんなに種類豊富なことに驚いた。

 素晴らしい色合いのなかで、最も深月が惹かれたのは――。

 「それは、蒼天。いい色をしているだろう」

 入り口の暖簾を潜り出てきたのは、店主と思しき初老の男性。夢中になって眺めていた深月に、彼は目尻の皺を深く刻んだ。

 「嬉しいねぇ。この時期は若い娘が紺屋なんかに立ち寄るのは珍しいんだが。気に入ってくれたのかい」

 「はい、とても。蒼天色というんですね。ええと、珍しい、ですか?」

 そこまで気に留めたことが奇特だったのだろうか。店主の反応が気になって、深月は聞き返す。

 「いまは永桜祭の時期だろう? 天子さまの永桜にあやかって桜の色を模した装飾がよく売れるんだよ。だから腕の良い紅師は暇なしだが、反対に紺屋のあたしらはからっきしでね」

 そういえば、と。深月は西区画の露店にあった組紐屋を思い出す。

 あのとき店の男が勧めていた組紐も、薄い赤や桃の色といった可愛らしい色合いのものばかりだった。

 「とくにこの組紐は、最近売れ行きが厳しくてな。戦乱の世なら武将が好んで鎧の装飾や刀剣の飾り紐、武具を飾る装身具に必要とされていたんだが。いまじゃめっきり買い手が減ったよ。帯締でならもう少し需要もあるんだが。いやぁ、もっと売れてほしいねえ」

 商品を売り込んでくるのかと思いきや、半分地上が紺屋の商売事情だったが、ふと深月は思案する。

 (この蒼天の染め糸から、組紐のお守りを渡せないかしら)

 妖刀には飾り紐のようなものがあるし、かといって下緒では長すぎて手に負えない。では、自分のようにお守りとして贈れないかと考える。

 数多くの人に世話になっている深月だが、まず日頃の礼を兼ねて伝えたいのは、暁だったからだ。

 (でも、迷惑ではないかしら。わたしから贈り物だなんて、もし渡して困らせてしまったら)

 深月が蒼天色の染め糸をじっと見つめ悶々としていれば、店主がそっと声をかける。

 「その顔、もしや糸を編んで好い人への贈り物でも考えているのかい?」

 「えっ」

 なぜわかったのかと驚いていれば、店主は子気味良い笑い声を上げた。

 「あたしは長く生きてる老いぼれだからな。娘さんの考えることくらいわかるさ。いいじゃないか、迷っているぐらいなら贈ってやれば」

 「けど、迷惑かもしれませんし」

 「迷惑ということはないと思いますけど。組紐は勝機紐といって昔は武士も好んで身につけていたそうですし。あの方の贈り物としては最適かと」

 なぜか羽鳥は店主側に立って意見を述べてくる。深月が誰に贈り物をしたいのかが彼にも丸わかりで少しばかり恥ずかしい。

 「では、この蒼天色の染め糸をお願いします」

 結局深月は購入を決意した。いまのところ組紐以外に自分が用意できる最適なものは思い浮かばないのだ。

 もし暁が必要なさそうなら反応を見せたら、そのときは引き取ってしまえばいい。

 (……でも、本当に綺麗な色)

 深月が選んだ蒼天色の染め糸は、晴れ渡る空と遜色ない清々しい色をしている。春の空のような色だ。