翌々日に天峰は亡くなった。あれが最後の会話になって、馬鹿らしいと心底思う。わたしもすぐに後を追うだろうと思っていたけれど、案外余力が残っていて、体を起こすことはできていた。立ち歩くことは難しく、少しずつ、終わりには向かっていく。


窓の外を見た。ビルの隙間に白い月が薄らと見えた。月が落ちる場所に行きたいという願いを叶えられていないことを思い出す。それももう、自分の足で探しに行きたいとは思わなかった。次に生まれたときにも、月はたぶんあるだろうし。そんなことよりも、朝に溶けた星々の方が、瞼の奥に焼き付いて離れずにいる。


上体を起こして、ノートを広げた。消せないペンで文字を綴る。毎日、少しずつ書き溜めていた。天峰がいなくなった、あの日から。


『瀬名天峰という人間について。』論文の書き出しのような一文から始まる。天峰がどんな人間か、赤裸々に綴ってやった。馬鹿という単語が何度出てきたかわからない。あの夜に天峰が言った言葉も全部残した。

わたしだけのものにしても良かった。でもわたしがいなくなったとき、同時に天峰の生きた日々も消えてしまうのは惜しいと思った。

もしもこのノートが世の中に出回る奇跡がいつの日か起きたとしても、それを恥じる人間はそのときどこにもいない。


ぽろ、と手からペンが転がり落ちる。もう一度持ち上げるけれど、また転がる。それをまた、手に取った。


『びょう気のなかま、きょうだい、ともだち、家ぞく、こい人』
『わたしと天峰はそのどれにもならなくて』
『でも、世かい中のだれよりも、たいせつで』
『もっと、いきたかった』
『天、山 夆と、いきて、いたかった』


決して天峰には言えなかった望みを今更零しても、足りないのに。切なくて、悲しくて、会いたくて、泣いた。

伏せた瞼の奥には、天峰の瞳に映った星空が今もまだ輝いて、消えない。

こんなときに、天峰との最後の会話を思い出して笑った。

もうじき会えたら、わたしのノートの行方でも見ながら、また軽口を叩き合って飽きるまで過ごそうか。



【瀬名天峰という人間について。】