リビングに降りて、母におはよう。と一言声をかけた。
母は少し驚いた顔をしながらも、おはよう。と返してくれた。
私は気分が優れず朝起きれないことも多く、朝リビングに降りていくことなど滅多に無かった為母も驚いたのだろう。
私はいつも通りに振る舞って、久しぶりにちゃんと朝ごはんを食べた。
パンを温め、母に目玉焼きを作ってもらった。
久しぶりに食べた母の目玉焼きは、とても美味しかった。

「紫桜、今日は何かあるの?」
朝ごはんを食べている私の横に座り、母は尋ねてきた。

「ううん、なにもないよ。
ただ、昨日の夜、久しぶりによく眠れたからちゃんと起きることが出来たの。」

そう言うと、母は少し動きを止め、その後ゆっくりと声を発した。

「そっか。昨日のお出かけは、すごく良い日だったのね。
朝、紫桜がリビングに降りてきた時お母さんびっくりしちゃった。正直、朝リビングにおりてくることなんて滅多になくて、ご飯も食べるなんて本当に久しぶりの光景だったからびっくりしちゃって…。」

母は、嬉しそうに少し遠くを見ながら言葉を紡いでいた。その声は、心に優しく溶けていった。

「うん。本当にすごく楽しくて良い日だったよ。
…ねぇお母さん。私、これから頑張るね。
沢山迷惑かけて生きてきたけど、私、もっと前向いて生きていけるように、頑張るから。見ててね。」

母の言葉に心をほだされ、私は昨日いつか言えたらいいなと思っていた心の内を明かした。

母は、静かに綺麗な涙を一筋流した。

「そっか。そっか。紫桜は、また前を向いて進もうとしているんだね。
今までも十分頑張ってたよ。迷惑なんて、これっぽっちも思っていないよ。むしろ、本当に毎日毎日辛い中過ごしているのを凄いなって思ってみていたわ。
私もお父さんも、紫桜が少しでも元気で笑っていてくれて、生きていてくれてるだけで本当に十分なの。
けど、紫桜がこの先、もっと頑張りたいって言うならもちろん私たちは応援するわ。傍で見てる。辛いときは、親のことを頼ってもいいんだからね。」

一筋だった涙は、2つ、3つと増えていき、母の頬には小さな清流が流れていた。

その言葉を聞き、私も気が付いたら頬に小川が出来ていた。

「お母さん…。ありがとう、本当にありがとう。
私、お母さんとお父さんの子供で本当に良かった。転校のことも、病気のことも時間はかかったけどちゃんと受け入れて応援してくれて…。私は本当に親に恵まれた子供だと思えてるよ。
かなたと一緒に、この先のこと、一緒に考えようと思ってるの。高3になって、この後どうするのか、ちゃんと決めたくて。」

「そっか。わかった、かなたくんにもお礼を言わないとね。お母さんとお父さんは、見守ってるね。
2人で一緒に考えるって2人で決めたことを、少し遠くからちゃんと見守ってるわ。でも、2人で決められない、抱えきれないものがあったらちゃんと大人を頼るのよ。
あなたの自慢の両親、ちゃんと頼りなさいよね。」

母は最後、泣きながら笑っていた。
その笑顔は、嬉しそうで安心した顔で優しさが溢れていた。

「うん、ありがとう。」

私はただ、その一言だけ言った。
きっと、このありがとうの一言で全て伝わると思ったから。十分だと思った。