「ありがとうございました……」

 車から降りる足が重くて、作り笑いが上手く出来ない。
 私の気持ちを察しているのか、かとま君のお母さんが運転席の窓を開けて声をかけてくれる。

「また遊びに来てね。大丈夫よ」
「ななこちゃん、また遊ぼうね」

 助手席に座っていたかとま君が、ワンちゃんと一緒に手を振ってくれている。
 暗くても見える彼の眩しい笑顔。少しだけ、ほんの少しだけ心が晴れるような気持ちになれた。

 動き出した車を見えなくなるまで見送り、団地の外玄関に入って階段を昇っていく。
 家に入りたくないせいか、階段を昇る足がゆっくりで、むしろやっぱりまた外に引き返してしまおうかなと時折足が止まってしまう。
 三階にある私の家のドアノブを、心臓が止まりそうになる程激しく脈を打ちながら、ゆっくりとドアを開けた。
 あれ?
 玄関にはお母さんの外靴が無くて、そのまま居間のドアを開けると、誰も居ないのにストーブだけがついていた。
 灯油代は高いから、出掛ける時は絶対ストーブを消しなさいと、口酸っぱく言われていた筈なのに。

 なんだ。お母さんも出掛けたのか……。
 じゃあ帰る必要なんて無かったのかもしれない。
 かとま君の白くてモコモコした上着を脱いで、ハンガーにかける。洗濯して返した方が良いのかな?それともクリーニングに出すとかになったら、またお母さんに怒られるかな……。
 色々な事が考えたくなくて、部屋のベッドでうつ伏せになって倒れ込む。
 もう何も考えたくない。
 もう何も言われたくない。
 行ける気力すらもない学校の事も、怖くて仕方ない。
 眼鏡をかけたままソッと目を瞑ると、思い出すかとま君の顔と、壁に飾ってあった色とりどりの絵。
空の色が茶色かぁ。……凄いなぁ。大好きな色だから塗ったと言える、かとま君は本当に凄い。

 私には、真似出来ない。

 結局は皆と同じ、ブルーの色を使った空を使うだろう。
 お母さんの顔は、きっと笑った顔を書くだろう。
 だってそれが普通で、それが当たり前だと思っていたんだ。

 大好きだから

 そんな簡単な理由で自分を貫けることは決して容易くない。
 私なんか、自分の好きな事を否定されただけで、こうやって学校に行けなくなってしまうくらい弱いんだ。

 大好きだよ、漫画。
 朝も昼も夜も、いつだって漫画を書くことが楽しくて仕方ないくらい大好きだよ。

 なのに、どうして私は自信が持てないの?

 教えてよ、かとま君の強さの秘訣。

 疲れと、沢山の考え事で、瞼がどんどん重くなり気付けば私はうつ伏せのまま、ベッドで眠りについてしまった。


「ななこ!!!」

 気付けば夢の中で、お母さんが私の名前を呼ぶ声。

「ななこ!!!」


 あれ?夢……じゃない?
 ゆっくりと目を開けると、お母さんが泣いていた。